時任可愛い
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ここは久保田クリーニング。
の地下。
知る人ぞ知る、荒磯商店街の隠れ雀荘だ。
オープンするのは店主の気が向いた時。
本日卓を囲むのは、玄奘家の三人と店主の久保田だ。
「受験勉強は大丈夫?」
手元の牌を積みながら久保田は尋ねた。店主の強い拘りにより、手積みの麻雀卓だ。
「まだ夏だぜぇ~?余裕余裕」
「不良だなぁ」
「保護者同伴で不良も何もねーだろ」
悟浄は渋い顔で、向かいと右隣に座る二人の顔を交互に眺める。
二人とも、お揃いの読めない微笑を浮かべている。
八戒と打つのは初めてだが、悟浄は本能的に手強そうだと感じていた。
久保田も初めて打つ八戒の腕前に興味があるようだった。
「八戒さんと花喃さん、どっちが強いんですか?」
「僕は花喃ほどじゃあないですよ。嗜む程度です」
「お手並み拝見」
「お手柔らかに」
牌が積み終わり、一局目が始まる。
起家は花喃、南家が久保田、西家が悟浄、北家が八戒だ。
手牌は、四萬、四萬、七萬、八萬、四筒、五筒、五筒、八筒、四索、五索、東、東、西、白。
……カスだな。
舌打ちしそうになり、心の中に留める。
他の三人の空気は勿論揺らがない。
粘れなくはないが、それを許してくれる面子だろうか。
白を捨てる。
「若旦那業には慣れました?」
「まだまだ修行中の身です。お義父さんにも怒られっぱなしで」
八戒は頭を掻いた。
クソジジイの下でまぁ良くやるよなぁ、と祖父と反りの合わない悟浄は心からそう思う。
実際、三蔵は昔気質の無口で頑固な老人だったが、八戒は健気に奮闘し、三蔵とまぁまぁ上手くやっているようだった。
「見た目ほど怒ってないのよ?内心、やっと跡取りが出来て嬉しいみたい。最近は腰の具合も良いみたいだし」
「それは良かった」
八戒は心からそう思っているようだった。
「親父もノブ兄も自由人だからなぁ」
久保田が捲った牌を捨てた。北だ。
悟浄も牌を捲った。五萬だ。
狙うは平和か、タンヤオか。
西を捨てる。
「人のこと言えないわよ」
「男には追うべきロマンがあるからな」
八戒が三索を捨てた。
「チー」
迷ったが、鳴く。東を捨てた。
「とかいって、悟浄くんは何だかんだずっと家に居たりして」
「いーや!あんな家早いところ出ていってやる!クソうるせぇ金髪ジジイと飯ばっか食うクソ猿と……」
「……と?」
花喃は笑顔を向けた。圧を感じる笑顔だ。
「……何でもないです」
祖父には常に反抗的な悟浄だが、逆らってはいけない人物くらいは弁えている。
發だ。捨てる。
「八戒さんって料理上手なんですよね?うちのが夕飯ご馳走になったとき、ウマかったって褒めてました」
「そうそう!八戒が来てからうちのQOLめっちゃ上がったわ。全般的に家事が上手いよな」
「恐れ入ります」
「カナ姉の料理、ウマいんだけど大味なんだよな。豪快っつーか、ざっくりっつーか……」
またしても無言の笑顔を向けられて悟浄は黙った。
「僕の料理の腕が上がったのは花喃のお陰ですけどね。味にうるさいから」
「自分はざっくりなのに……」
「悟浄?」
「……何でもないです」
失言が過ぎたようだ。そろそろヤバいかもしれない。
一筒。捨てる。
「うちのもそうだけどね」
「そりゃアンタが甘やかすからだろ」
「僕のもそういうことです」
「惚気かい」
ケッと毒づくと、久保田も八戒も同じような笑顔を浮かべた。
きっと惚気ている男の顔なのだろう。胸焼けがする。
四筒。東を捨てる。
花喃が四萬を捨てた。
「ポン」
悟浄はまた鳴いた。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索。
「久保田さんにご相談したかったんですけど」
捲った牌を捨て、おずおずと八戒が切り出した。
「商店街の大抽選会で景品を各店から提供しないといけないんですよね。ここはセオリー通りに一回無料券とかでしょうか」
「うちはクリーニングの割引券にしようかと思ってる。四等の景品だしね」
そういえばそんな時期かと思う。
荒磯商店街では年に一度、抽選会を実施している。
商店街を上げての一大イベントだ。
銭湯の切り盛りだけでなく商店街の雑務までやらねばならない八戒を気の毒に思う。他人事の様に。
八筒を捨てる。
「券を一緒に刷ります?パパッとやっちゃいますよ」
「本当ですか?助かります。まだ勝手が分からなくて」
八戒は久保田という協力者を得てほっとしたようだった。
今日の対局はこれを切り出す為にセッティングされたものなのかもしれない。
花喃から珍しく誘われたと思ったら、そういうことか。
昔から彼女は良く見ているのだ、自分の家族を。
一筒。捨てる。
久保田が三筒を捨てた。
「チー」
鳴いて、五萬を捨てる。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索、三筒、四筒、五筒。
殆どオープン麻雀だ。
何をそんなに鳴いているのかと花喃が目で語りかけてくる。
自棄のようだが、ここまで牌の巡りが悪ければなりふり構っていられない。
待ち牌は三筒か六筒。
引けば和了。
恐らく読まれているだろう。後は自力で引くしかない。
「毎年良くやるよなぁ~一度も一等当たったことないけどな」
「商店街の人間が当てちゃ駄目でしょ」
「時任が一昨年、二等のA5牛当ててましたけどね。俺はオマケしか当たったことないけど」
「それは運無さすぎじゃね?俺でも四等くらいはあるわ。麻雀の引きはいいのにな」
とはいえ今回の配牌はあまり良くなかったらしい。
久保田も、他の二人にも目立った動きはない。
淡々と牌が捨てられていく。
「麻雀は技術だから。俺の運はあの日に使い果たしちゃったんで」
「あの日?」
七萬。八萬を捨てる。
「地震の日」
「大きな地震でしたからね……」
二萬。捨てる。
「久保田さん、もう一つお願いがあるんだけどいいかしら」
「何なりとどうぞ?」
お願いの内容を聞く前に、久保田は二つ返事で了承する。
それにクスリと笑って、
「悟空に数学を教えてあげて欲しいの。そろそろ期末テストだけど、あの子、中間テストの結果が散々だったから……」
隣の八戒をそっと伺う。
「この人も教えるの上手なんだけど、暫くは自分の仕事を覚えるので手一杯だと思うから」
「いいですよ。悟空くんには返せない借りがありますからね」
「猿に?」
普段から世話になっている花喃にというなら分かるが、悟空にというのは何だか妙だと悟浄は思った。
五索。捨てる。
「リーチ」
やにわに花喃が宣言した。
場に一瞬、緊張が走った。
流石はカナ姉。もってるな。
悟浄は手強い叔母に感心しながら牌を捲った。
七索。
場の捨て牌を見る。七索はある。危険牌ではなさそうだ。
思い切りよく捨てる。
「時任くん、引っ越して来たばっかりの頃は全然喋らなかったじゃない?」
「ああ……失語症だっけ?地震の時のアレだろ?PTSD?」
五萬。捨てる。
「悟空くんと遊ぶようになってからまた喋るようになりましたからねぇ。思いきってここに引っ越して来て良かったです。俺だけじゃ駄目だったから」
「ああ見えて色々抱えてるんだなぁ~~アイツも」
何年も前、かくれんぼの最中にパニックになって泣いていた姿を思い出す。
失語症に閉所恐怖症。PTSD。
普段の、悟空とはしゃぐ元気いっぱいで生意気な姿に上手く結び付かない単語だった。
また七索。捨てる。
中々待ち牌は来なかった。先ほどリーチを宣言した花喃も沈黙している。
……こりゃあ、流れるか?
八戒も牌を捨てる。
牌を捲って花喃は微笑んだ。
「ツモ。立直、門前清自摸和。……裏ドラ」

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