時任可愛い
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時任が見知らぬ男性と連れ立って歩く花喃と会ったのは、肉屋にお遣いに行った帰り道だった。
お遣いの内容はコロッケが四つ。
夕飯にコロッケが食べたいと時任が急に我が儘を言い始めたためだ。
時任に甘い久保田はカレーからコロッケへの献立変更を二つ返事で了承した。しかし生憎準備はしていなかったので、未だ店に立つ久保田の代わりにひとっ走り買いに行ったのだ。
おまけにもらったメンチカツでご機嫌な時任は、正面から歩いてくる花喃に気付くと会釈をした。
「あら時任君、おつかい?」
花喃は立ち止まって、時任に声を掛ける。
頷きながら、花喃の隣に立つ男をちらちら伺う。
顔立ちの綺麗な、眼鏡を掛けた男だ。
背は高いが中肉で、良く言えば優しそう、悪く言えばなよっちい。
どちらかといえばやや柄の悪い玄奘家とは全く違うタイプだ。
「お隣の時任君よ」
「こんにちは……」
紹介されて挨拶するも、花喃は何故わざわざこの男に自分を紹介するのだろうと時任は不思議に思う。
まさか、恋人でもあるまいし。まさか。
「カナ姉の彼氏?」
そう聞いた声音には本気よりも冗談の色が濃かった。
「ええ、今度結婚するの」
さらりと返され、時任に電撃が走る。
目も口もまん丸に開いて直立不動に固まった。
「さっきの悟空と同じ顔をしてるわ」
花喃と婚約者だという男は可笑しそうに笑った。
聞けば、つい先ほど家族に挨拶をしてきたばかりだという。
悟空をはじめ家族全員引っくり返っただろうなと時任は思った。
恋人の存在も知らなかったのに結婚など晴天の霹靂も良いところだ。
「八戒といいます。よろしくお願いします、時任君」
花喃の婚約者は名乗って、丁寧にお辞儀をした。
八戒の口元にはずっと柔らかな微笑が浮かんでいる。
良く似た二人だと思った。好きな人には似てくるというが、表情や物腰柔らかな態度、特に雰囲気が驚くほど良く似ている。
前世は双子だったのかと思うほどだ。
それだけで深く想い合った二人であることが分かってしまう。
これは反対できなかっただろうな、と時任は再び玄奘家の面々を思い浮かべた。
「では、僕はこれで」
「ええ、今日はありがとう」
二人は一瞬だけ指を絡めると、八戒は一人、駅の方へと歩いて行く。
その背中を見送る花喃の横顔を見ていると、急に大きな感情が心臓の奥から洪水のように溢れて氾濫しそうになる。
「……ちゃうの……」
「え?」
「カナ姉、結婚したらあの家、出てっちゃうの……?」
花喃は、久保田を除けば最も世話になっている人物である。
隣に越してきた当初から、玄奘家へ遊びに来ている時は勿論、そうでない時もずっと気にかけ、何くれとなく面倒をみてくれた。
隣に行けばいつでも優しい笑顔で迎えてくれた。
毎日のように顔を合わせていたのに、そんな存在が遠くに行ってしまうかもしれない。
自分でも手に負えない凶暴な寂しさに顔を歪ませる。
花喃は膝に手を置いて身を屈め、近い距離で時任の顔を覗き込んだ。
「出ていかないわ。旦那様と私があの銭湯を継ぐのよ」
優しい笑みを湛えたまま、まだ幼い頃の時任に言い聞かせる時のような口調で断言する。
「ほんと……?」
ほっと緩めた表情は時任が自覚するよりもずっと安堵に満ちていた。
「これからもよろしくね、時任君」
「おう!」
満面の笑みを浮かべ、力強く頷く。
「結婚式にも招待するから久保田さんと来てね」
「結婚式、初めてだ」
それから初めて気づいたように、
「カナ姉、おめでと!」
祝いの言葉を伝えた。
「ありがと」
時任の素直な気性を花喃は改めて可愛く思う。
「いつか、私も時任君の結婚式に招待してね」
それは何気ない一言だった。
しかし、時任が次に発した言葉は花喃の予想を大きく逸脱していた。
「俺、久保ちゃんと結婚するんだけど……結婚式していいのかな」
時任は至極真面目な顔をしている。
花喃は一瞬、回答の『正解』を探して言葉に詰まった。
だが、すぐに思い留まる。
『正解』は時任が定義すべきものだ。
男同士では、ましてや養い親と結婚できないなどと、他人や社会が定義すべきではなかった。
「結婚式は結婚したい人とするものだから、駄目だなんてことはないわ。時任君は久保田さんと結婚したいの?」
時任は迷いなく頷いた。
「うん。俺が責任取らないと、だから」
何の責任かしら。
何となく聞けない花喃だった。
「ウェディングドレスはどっちが着るのかしら」
「俺も久保ちゃんも似合わないと思う……」
「じゃあタキシードね」
「結婚式って何すんの?」
「神様と集まってくれた皆にこの人と幸せになりますって誓うのよ。後は友達が余興でお祝いしてくれたりするわ」
「じゃあ俺、悟空に頼んどく!」
「とびきり派手にお祝いしてもらいましょ」
花喃は想像する。
緊張しながら友人代表でスピーチをする悟空を。
それを冷やかす悟浄を。
捲簾はカメラマンだろう。
信人は来るかわからないが祝儀は弾みそうだ。
乾杯の挨拶は父がして、お祝いと称して酷いムービーを流すに違いない。
脚本と演出はきっと天蓬だ。
自分の結婚式でも、家族はきっと同じように主役そっちのけでどんちゃん騒ぎをするに違いない。
「楽しみね、時任君の結婚式」
心からそう言って、私は泣いてしまうかも、等と思う。
「それにしても、声ガラガラねぇ。声変わり?」
「……うん」
指摘され、時任は渋い顔をした。
聞き苦しい声が一番、気に障っているのは当の本人なのだ。
その顔が可愛がっている甥っ子にあんまりにも似ているものだから、花喃は嬉しそうに笑った。
「悟空と一緒だわ。本当に仲良しね、あなた達」

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