時任可愛い
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悟空の朝はとても忙しない。
目覚ましが鳴っても二度寝してしまうし、朝食もご飯は必ず大盛り三杯食べたい。
結果ギリギリになって、毎朝迎えに来てくれる時任にいつも文句を言われる。
時任は口も目つきも悪いのに、意外に真面目だし意外にちゃんとしているのだ。
今日も今日とて、愛機筋斗雲を駆り、時任と並んで通学路を爆走する。
今のところ事故は一度も起こしていないが、人を轢き殺しかねないので止めろといつも言われている。
毎朝反省しているのだが、今日もやっぱり始業ギリギリになってしまった。
同時にドラフトして駐輪場に自転車を停める。
先を争うようにして校舎に向かい、教室に駆け込むと、席に着いたタイミングでチャイムが鳴った。
セーフだ。
肩で息をしていると、同じくぜぇぜぇ息を切らしている時任に睨まれる。
ごめんの意味を込めて両手を合わせる。
時任は仕方ねぇなーという風に表情を緩めた。結局許してくれるのだ。
直ぐに教師が入室し、ホームルームが始まる。
悟空はふわぁと大きな欠伸をした。
今日の時間割はグラマー、数B、現文、世界史B、体育、古典だ。
得意教科は勿論体育だったが、古典もちょっと好きだった。
詩吟を嗜む祖父の影響だろう。
午前中の授業は何事もなく終わる。
数学が全くのチンプンカンプンだったので、帰宅したら八戒に聞かねばならない。
時任と一緒に久保田に教えてもらうという手もある。
授業の後、時任に、
「センセーが何言ってるか分かった?」
と問うと、
「全然」
という応えが返って来たので悟空は安心した。
時任も分からないのなら問題ないだろう。
得意教科は違うが二人の学力は似たり寄ったりだった。
時任が椅子と昼食を持って悟空の席にやって来る。
昼休憩は、体育と調理実習の次に好きな時間だ。
二人とも、休憩時間に購買で買ってきた焼きそばパンとカツサンドを齧る。
八戒が持たせてくれた弁当は二限と三限の間に食べてしまった。
「三日目の自由時間、どこ行くか考えて来た?」
時任の言う三日目とは、修学旅行の三日目のことだ。
「まだ~めっちゃ悩んでる。おきなわワールドでハブとマングースの戦い見てぇし、国際通りで食べ歩きしてぇし、パイナップルパークでパイナップル食べ放題してぇし」
「ハブとマングースはもうやってねぇよ」
「マジで!?なんで!」
「知らねぇよ。動物愛護とかじゃね?」
「そんなぁ~」
「ハブはいるらしいぜ。鍾乳洞は俺もちょっと見てぇかも」
片手でスマホを弄りながら時任が言った。
おきなわワールドについて調べているらしい。
「じゃあおきなわワールドは決定な。もう一ヶ所くらいどっか行きてぇよなー」
「海行こうぜ海。俺、サーフィンやりてぇ」
「10月って海入れんの?」
「最高気温、29度らしいぜ」
「夏じゃん」
「朝、海行ってどっかでソーキそば食って、午後おきなわワールド行くのはどーよ」
「完璧じゃん」
「さすが俺様」
「さすが時任。楽しみだなぁ~沖縄ってめっちゃ肉美味いんだろ!?」
「小遣い、食費で無くなりそうだな」
「二万じゃ足りねぇ~銭湯の手伝い増やしたら小遣い上げてくれるかなッ!」
「八戒さんなら交渉の余地はありそうだけどな」
「時任は小遣い足りんの?」
「どーかなー。お前ほどじゃねぇけど俺も食いたいものいっぱいあるし、お土産もいっぱい買いたいし」
「木刀買うのか?」
「買わねぇよ。京都で買っただろ」
「そういえばじーちゃんには紅いもタルト買ってこいって言われた」
「俺は久保ちゃんに変な味のちんすこういっぱい買う」
「フツーに喜びそう。久保田さん、食の趣味ちょっとおかしいもんな。ってか、またこっそり同じホテルに泊まってたりするのかな」
「心配性なんだよなぁ」
心配性ってレベルじゃないと、心の中で悟空はツッコミを入れる。
修学旅行先に隠れて着いてくる保護者など聞いたことがない。
久保田はその手の過保護エピソードに事欠かない。
「まぁ、それで安心するならいいんじゃね?」
時任は久保田のことになると偶に悟空も驚く程、度量が深いところを見せる。
釈然としない気持ちを最後の一口と共に悟空は飲み込んだ。
昔は、久保田は時任の兄のような存在なのだろうと思っていた。
でも、自分と悟浄の関係とはあまりにも違う。
どちらかといえば捲簾の方が近いように思えた。
久保田は時任の保護者だから当然と言えば当然なのかもしれない。
そして、最近は在りし日の八戒と花喃のようにも見える。
悟空は久保田との関係を時任に尋ねたことはない。
昔から時任は久保田と結婚すると言っているが、その真意を確かめたこともない。
二人が恋仲のような素振りをしているところを見たことはないが、きっと好きなのだろうし、結婚式をするのなら友人代表のスピーチは引き受けようと思っている。
だが、二人の間でもし何かあれば、その時は絶対に時任の味方をすると心に決めていた。
親友だからだ。
ダラダラ駄弁っていると直ぐに昼休みが終わる。
五限の体育は腹ごなしに丁度良いと思う。
マラソンが近いので、一時間ひたすら走り込みだった。
悟空は体が動かせれば何でも良いので苦ではないが、時任はタルそうだった。
時任は瞬発型なので持久走は合わないのだろう。
汗をかいて火照った体に秋風がとても気持ちいい。
体育の後の六限はとても眠かった。
古典が漢詩でなければきっと寝落ちしていただろう。
漢詩は好きだ。
以前習った『勧酒』という詩が心に特に残っていた。
井伏鱒二の訳も。
15:30には全ての授業が終了する。
ホームルームと掃除が終わればいよいよ放課後だ。
部活は、家の手伝いがあるので二人とも帰宅部だ。
腕っぷしを買われて生徒会執行部に、運動能力を買われて運動部に、彼ら二人は引く手数多で正直やってみたい気持ちもあるのだが、銭湯『最湯記』は家族経営なのだ。
娘婿の八戒やニートの兄貴に任せっきりにせず、家族で助け合わねばならない。
銭湯の業務は多岐に渡る。
毎日の浴槽・脱衣所の清掃は勿論、衛生管理、備品管理、ボイラーの整備、売上管理等々。
その内、悟空が手伝える業務は微々たるものだが、猫の手でもないよりはマシだ。
だが。
「悟空、時任、今日はうちの部に混じっていけよ。」
「1ゲームだけな」
やっぱり青春も謳歌したい。
誘われれば運動部の模擬戦に混ざることもある。
今日はバスケ部からのお誘いだ。
二人は別々の陣で睨みあう。
「絶対に負けないぜッ!」
「言ってろ!」
クラス対抗の球技大会でもなければ、悟空と時任が同じチームになることはない。
一度、二人が抜群に息の合ったコンビネーションで対戦相手にトラウマレベルの圧勝を見せつけた結果、二人は別々のチームに入ることが暗黙の了解となっていた。
運動能力の拮抗している二人なので、卓球やリレーなどは白熱したとても良い勝負になる。
そういうお膳立ても体育祭では積極的になされた。
どうせなら強い相手と勝負したいので二人に否やはない。
そうやって切磋琢磨してきた二人なのだ。
本気でゲームして1時間存分に汗をかく。
結果は、悟空の属するチームの勝利だった。
時任は物凄く悔しそうだ。
敗北が確定している状況でブザービートを決める負けず嫌いは流石だった。
「くそー!次は負けねぇッ!」
「次はサッカーかな」
いつの間にか集まって来たギャラリー(何故か漫研の女子部員が多かったが)の黄色い歓声に手を振り、体育館を後にする。
着替えて、家路を急いだ。
他愛もない話をダラダラしているとあっという間に家だ。
「今日はうちの店、行くわ。今日30%オフの日だから久保ちゃん忙しいだろうし」
「おう!じゃーなー」
昔はバイトと称して店でゲームをしていたが、最近はちゃんと店番を勤めている。
時任が店番をすれば、久保田はその分バックヤード作業に専念できるので助かると言っていたと時任は嬉しそうに言っていた。
普段、思うさま甘えているように見える時任が、肉親ではない久保田に一方的に庇護されていることを密かに思い悩んでいることを知っている。
だから久保田の役に立ちたいのだ。
しかし久保田は時任を世話し甘やかすことに生きがいを感じているので、加減が難しいと時任は真面目な顔をして悩んでいた。
悟空は親友のこういう惚気のような馬鹿馬鹿しい悩みを聞くのが好きだった。
手を振って、家の前で別れる。
直接銭湯に向かって、八戒に手伝いを申し出る。今日は番台に立った。
営業時間が終わると、一緒に後片付けをする。
そして大好きな家族と夕食を食べ、ジープの散歩に行って、ちょっとだけ宿題をして、眠くなって布団に入った。
悟空は目を閉じる。
今日も西に旅をする夢が見れるだろうか。

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