時任可愛い
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「……」
「……」
喫茶芸夢で二人の男が向かい合っていた。
一人は老舗銭湯のご隠居。年齢を感じさせない金髪を今日も美しく煌めかせている。
一人は銭湯の隣で営業するクリーニング店、店主。荒磯商店街唯一の雀荘の店主でもある。
無口なウェイターが珈琲を二つ運んで来た。
三蔵は会釈して受け取り、一口啜る。
向かいの久保田もそれに倣った。
「……」
「……」
三蔵は内心、気詰まりなこの状況に困惑していた。
相談があると久保田にこの喫茶店に呼び出されたが、当の久保田は中々用件を切り出さない。
三蔵も口数が多い方ではないが、しかし呼び出した張本人がだんまりはないだろう。
大体、何故俺なんだと三蔵は思う。
同じ主夫としての悩みや話題を共有する八戒とはそれなりの交流があるようだが、三蔵は極たまに雀荘に打ちに行く時か、久保田が玄奘家に顔を出した際に挨拶する程度だ。
三蔵が番台に立っていた頃の方がまだ顔を合わせていた程だ。
珈琲の湯気で眼鏡が曇り、絶妙に久保田の表情を隠している。
店の経営に関することか?
実務的な店の切り盛りは八戒に継がせたが、銭湯の主は三蔵だ。
業務提携?
……まさか。銭湯とクリーニング屋の業務提携にどんなシナジーが生まれるというのだ。
それとも、クリーニング店拡張の為に、土地の権利譲渡を迫る気だろうか。
いや、店を拡張したところでターゲットは商店街近隣の住人だ。
投資に見合うだけの来客は得られまい。
大体、経営拡大を目論むほど、久保田が仕事に熱心だとはとても思えなかった。
珈琲を半分に減らしたところで久保田はやっと重い口を開いた。
「悟空くん、最近反抗期じゃないですか?」
うちの馬鹿猿……?
思いがけない一言に、三蔵の脳裏に呑気そうな孫の顔が浮かぶ。
凡そ反抗とは無縁の表情だ。
今日も朝から元気に飯を三倍お替りしていた。
確かに、世間一般の男子高校生を鑑みれば反抗期でもおかしくない。寧ろ遅いくらいだ。
その分、兄の方はグレにグレていたが。
全く、あいつら足して二で割れば丁度良いものを。
心の中で毒づき、三蔵はハタと気づいた。
呼び出された趣旨は子育て相談という訳だ。
「いや、そんな素振りはねぇが」
煙草に火を付ける。意外と長い話になりそうだった。
「最近アイツ、学校の話を全然してくれなくなって。こっちから話を振っても無視するし」
久保田も懐からセッタを取り出し、火を付ける。
吐き出した煙は正しく溜息の形をしていた。
「何か隠してるみたいなんですよねぇ」
正直、家族だろうが秘密の一つや二つあって当たり前だと考えている三蔵には大した問題に感じられなかったのだが、存外久保田は深刻に悩んでいるようだった。
一見、飄々とした外面は崩れていないように見えるが、煙草を咥えたまま二本目に火を付けようとしている。無言で腕を掴んで止めた。
「ぶん殴って口を割らせればいいじゃねぇか」
そう言いつつも久保田はできないだろうなと三蔵は思う。
久保田はせいぜい宥める程度で、叱ることも怒ることも時任にはしなかった。
そしてねだられれば大抵のものは買い与え、せっせと甘やかしていた。
久保田がそんな調子で、時任はよくぞあそこまでマトモに育ったものだと思う。
確かに我が儘な嫌いはあるが、根は素直でどちらかといえば良い子だ。
しかし、思い返せば花喃か自分が代わりに叱っていたような気もする。
「俺は、ご隠居さんみたいにあいつを上手く叱れないんで」
三蔵が今まさに考えていたことを言い当てるようにして久保田は言った。
自覚はあったらしい。
「三蔵さんにも花喃さんにも、八戒さんにも感謝してるんですよ。悟空くんと分け隔てなくあいつを叱ってくれて。本来は俺の役割なのに……俺が駄目だから」
「なんで叱れねぇんだ、お前は」
「……いつでも時任が正しいと思ってるから、かな」
久保田の答えに、三蔵は片眉を上げる。
嫌われたくないから、好かれたいからではなく、時任が「正しい」から?
「ガキに大層な重荷を背負わすじゃねぇか。人間は誰しも間違うんだよ」
「神様でも?」
保護者として面倒をみている子供と引き合いに出すにはあまりにも相応しくない存在を引き合いに出して、久保田は問うた。
久保田の問いをを演繹法的に考えれば、それは。
「神でもだ」
三蔵は断言した。
久保田はへらりと笑う。
「流石、ご隠居が言うと説得力があるなぁ」
世辞は言うが同意はしない。嘘は吐かないが本当のことも言わない。
三蔵はこの短いやり取りの中で久保田の為人を掴みかけていた。
「あいつが間違ったら何か困るのか?」
「……困りますね。とっても。俺たちの関係の正しさを定義できるのはアイツだけだから」
「……おい、まさか手ぇ出しちゃいねぇだろうな。成人した後はとやかく言う気はねぇが、未成年とは合意の上でも犯罪だぞ。お前が逮捕されたら誰が時任の面倒をみるんだ?」
「……犯罪、か」
「あ?」
「いえ、モチロン手なんて出していませんよ。ただ……」
一々引っかかる言い方をする男だ。
「時任はすぐに俺がいなくてもやっていけるようになるんだろうなぁって」
ふと、三蔵は隣人の素性を殆ど知らないことに思い至った。
地震によって住む家を失ったという名字の違う大人と子供。
壊滅したその都市で二人がどう過ごしていたのか、何故一緒に暮らすことになったのか、時任のPTSDのこともあり、詮索するようなことはしていない。
だが、三蔵はずっと疑問に思っていた。
何故、久保田と時任は地震の一年後になってこの町へ引っ越して来た?
「子供の成長って早いですよねぇ。あっという間だ」
「それには同意するがな」
子の成長は早いというが、孫はになるとそれこそあっという間だ。
三蔵の中で、悟空はいつまでも幼稚園児の頃の印象のままだった。
今年、高校生などとは俄かに信じられない。
一本目の煙草が終わり、灰皿に捻じ込む。
このまま二本目に付き合うのは不毛な気がした。
「要は隠し事の内容がわかりゃいいんだろ。直接聞いてみりゃいいじゃねぇか」
三蔵は着物の袂から携帯電話を取り出した。勿論ガラケーだ。
短縮ダイアルボタンを押すと、直ぐに繋がる。
「悟空か、時任はいるか?……そうか、今すぐ二人で芸夢に来い。何でも食わしてやる」
勿論、相談の一環なので費用は久保田もちだ。異論はないだろう。
電話を切ると、久保田の隣に移動する。
尋問にはこの配置が良い。
強引な三蔵に久保田は何も言わなかった。
程なくして二人は現れた。
三蔵の隣に久保田の姿を見止め、時任は目を丸くする。
久保田が居るとは思わなかったようだ。
「座れ」
三蔵に促され、大人しく向かいに二人は座る。
ウェイターは二人の前に無言でお冷とおしぼりを並べた。
「注文の前に、聞きてぇことがある」
早速メニューを開こうとする悟空の手を押し留め、三蔵は単刀直入に聞いた。
「何を隠している。話せ」
二人の肩が揃ってビクリと揺れる。
これは何か思い当たる節がある反応だ。
「……」
「……」
二人は黙って目配せした。
お互いを慮っているような素振りだ。
どうやら隠し事は悟空にも関係するらしい。
「どうした?」
「大したことじゃねぇって……」
「大したことかは聞いてから判断する」
「……」
「そこのクリーニング屋はお前に隠し事されて、反抗期だって号泣してたんだぞ?ったく、迷惑ったらありゃしねぇ」
大分話を盛って喋ったが、隣に座る久保田は神妙な顔をして頷いている。
その言をそのままストレートに信じた訳ではないだろうが、高僧のような迫力と威厳のある三蔵に強く言われては抗えなかったのか、観念したように二人はぽつりぽつりと話し始めた。
「文化祭……」
「文化祭?」
「あるじゃん……来て欲しくなかったんだよ……」
悟空も時任ももじもじしている。心なしか顔がほんのり赤い。
「何故だ」
二人の反応で事の次第が三蔵には大体読めたが、敢えて尋ねた。
「クラスの出し物……女装喫茶だから……」
「しかもふりふりエプロンの……」
二人の語り口はまるで世界の終わりについて語っているかのようだった。
内心笑いを噛み殺す。
隠し事の内容があまりにもくだらな過ぎてだ。
だが、本人達にとっては男の沽券に関わる一大事だったのだろう。
やはりまだまだ子供だと思う。
その事実に安堵した自分を、悟空をまだまだ子供だと思っていたい自分を三蔵は自覚していない。
三蔵が笑っていることに気付いたのか、悟空が顔を真っ赤にして捲し立てる。
「だって絶対にじーちゃんも八戒も悟浄も天ちゃんも面白がって冷やかしに来るだろ!?流石に親父は来ないと思うけど!」
「そりゃあな」
「久保ちゃんに、女装した俺見て可愛いって思われんのも、気持ち悪ぃって思われんのも嫌だったんだよ……」
時任は悟空に比べてもう少し複雑な思いを抱いているようだった。
「見たくないと言えば嘘になるけどねぇ」
対する久保田は隠し事の内容に大したことではなかったと安堵しているのか、その内容を大事だと捉えているのかは、茫洋とした表情からは読み取れなかった。
「ともかくだ。ガキが一丁前に保護者に隠し事するんじゃねぇ。お前の反抗期でそこの保護者はこの世の終わりのような顔をしてたぞ」
「大げさなんだよな~久保ちゃんは」
妙に大人びた表情で時任は柔らかく笑った。
それ見て、久保田は何をビビッているのかと思う。
その笑顔は反抗期に尖る男子高校生の顔でも、ましてや離れて生きていくことを考えている人間の顔でもなかった。
「やっぱ、久保ちゃんには俺がいねーと駄目だな」
「かもね」
かもね、じゃねぇだろ。
渾身のツッコミを三蔵は辛うじて心の中に留める。
全く、こんなに疲れる相談料が珈琲一杯では割に合わない。
はた迷惑な隣人に、三蔵は高級マヨネーズを箱で贈らせることを心に決めた。
無論、玄奘家と久保田家が一家総出で文化祭に押しかけ、真っ赤になってスネ倒した二人のフリルに包まれたメイド姿を、捲簾がプロの腕前でもって激写したことは言うまでもない。

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