時任可愛い
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酒屋の一人息子である斉藤は、この頃良く父親の配達を手伝っていた。
といってもビールケースなど重くて持てないので、殆ど付いて回っているだけだ。
父親としては息子に店を継がせることを見越して、配達先と息子を顔馴染みにさせることが目的なのだろう。
お手伝い代などは勿論ないが、商店街の色んな店、色んな家庭が垣間見れて斉藤はこの手伝いが好きだった。
今日の配達先はお得意様の玄奘家だ。
銭湯を営んでいる為、牛乳(フルーツ牛乳、コーヒー牛乳含む)の配達が多い。
昔は家主の嗜むビールの配達も多かったらしい。今はビールより茶のようだが。
父親が牛乳瓶のケースを銭湯に運ぶ間、斉藤は調理酒を一本、家の方に届ける。
家の裏に回ると勝手口のドアをノックした。
「ごめんくださーい」
少し待つが、反応はない。
普段は花喃という女性が直ぐにドアを開けてくれるのだが、留守だろうか。
玄奘家は家族が多いので全員出払っているとは考え辛い。
ドアノブを回すと、鍵は掛かっていなかった。
ドアを開くとそぉっと顔を覗かせる。
「……すみませーん」
ダイニングには誰もいなかったが、奥の部屋には人の気配がする。
身を乗り出して眺めると、和室で斉藤と同じ年頃の子供二人が、顔を寄せ合ってゲームに熱中していた。
一人が携帯ゲーム機を操作して、一人がその手元を覗き込んでいる。
操作している方は、確か玄奘家の次男で名を悟空といった筈だ。
もう一人は隣の久保田クリーニング店の子だろう。
玄奘家で遊ぶ二人を配達の度に何度も目撃している。当初は二人を兄弟だと誤解していた程だ。
斉藤は年の近い二人のことが気になっていたが、話したことはない。
ニコイチの空気に割って入り辛かった為だが、今日はいつもと様子が違っていた。
何やら空気が険悪である。
「あ~~~~!また落ちた!」
「何回目だよ!だから指はなすの早すぎんだって!」
「だってさっき行き過ぎて落ちたじゃん!」
「あーもー貸せよ!」
「やだ!前のステージ時任やっただろ!」
「そこやったらすぐに返すから!」
「さっきもそう言って結局できなかったじゃん!」
「コツ分かったんだって!いーからおれ様に任せろよ!」
しぶしぶ悟空がゲーム機を渡す。
時任は自信満々にプレイをしたが、結果は芳しくなかったようだ。
「やっぱりダメじゃん!時任のへたくそ!」
「んだと~~~~悟空のがへたくそだろ!」
「ばか!」
「ばかって言ったヤツの方がバカ!」
「そういうヤツの方がバカ!」
「はぁ~~?バカバカバカバカ!」
「バカバカバカバカバカバカ!」
悪口のボキャブラリーが少ないのか、バカの応酬となっている。ゲシュタルト崩壊しそうだ。
「……ちょっといいっスか?」
語彙の貧相な口論を見かねて、斉藤は小さく手を上げた。
二人は全くこちらを見ない。
「すみませーん!」
大声を出すと、黒と琥珀、二人の双眸が、情けない顔で手を上げ懸命に自己主張する姿を映した。
「……だれ?」
「酒屋の斉藤っス!配達に来ました。後、ちょっとソレ貸してください」
上げた手をそのまま差し出す。
二人は顔を見合わせた後、斎藤に近寄り素直にゲーム機を渡した。
画面を見、それが既知のゲームであることを確認する。
そして、ものの数秒でクリアした。
「「すっげ~~~~~~~~!」」
感嘆と賞賛がユニゾンとなる。
先ほどまで喧嘩していたとは思えない息の合い方だ。
二人のキラキラした眼差しに照れながらゲーム機を返す。
「飛ぶコマンドで飛きょりをかせぐときは途中でこうげきコマンド入れないとダメっすよ。船のステージでも飛ぶコマンド必要になるんでがんばって下さい」
早速、時任が斎藤の助言を試している。
「ホントだ!できた!」
「マジで!おれにもやらして!」
「ほら」
「おお~~~~~~~~」
すっかり元の仲良しだ。
その時、
「ガキ共、時間だぞ。そろそろ手伝え」
一家の家長が姿を現した。
悟空の祖父だが金髪のせいか異様に若く見える。
三蔵は斎藤に目を止め、たれ目を眇める。その鋭い眼光に斉藤は子犬の様に縮こまった。
「酒屋のか。配達ご苦労」
短く労られ、ほぅと息を吐きだす。
強面という訳ではなく、どちらかといえば若い頃はさぞかしモテただろう美丈夫の面影が残る顔立ちなのだが、不愛想なせいか斎藤は三蔵のことが少し怖かった。
「手伝いしたらおやつ食えるんだ」
悟空は斎藤に小さく耳打ちすると、祖父に無邪気に問う。
「じーちゃん、今日のおやつ何?」
「……焼き芋だ」
「やったー!」
「食いたきゃ早く来い」
「行こーぜ、時任」
「おー!またな、斎藤」
「またなー!」
三蔵の後を追いかける二人に手を振ると、勝手口のドアを閉める。
いいなぁ、と斉藤は思った。
お手伝いの報酬の焼き芋が、ではない。
一緒にお手伝いできる友達がいることが酷く羨ましかった。
後日、母親の遣いで久保田クリーニングに行くと、店内の椅子に座って時任がゲームをしていた。
のっぽの店主に洗濯物の詰まった袋を渡し、時任に話し掛ける。
「何してるんスか?」
時任はちらりと斉藤を見て、直ぐに画面に視線を戻す。
「バイト」
「……ゲームが?」
「店に居ることが」
ゲームに集中しているのか、上の空だ。
「おれがいたらくぼちゃんやる気が出るんだってさ」
店主がにこりと微笑んだ。否定はしないようだ。
斉藤は嫌な予感を覚える。
「バイト代、いくらっスか?」
画面から目を離さず時任は答えた。
「5000円」
額を聞いた斉藤は何だか気が遠くなるのを感じた。
甘すぎっス……。

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