時任可愛い
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金蝉の定位置はダイニングか日本間の縁側で、大抵は、友達と遊ぶ孫を見ている。
亭主は家よりも銭湯に居る時間の方が長い。
長男も次男も跡を継がなかったので、三蔵が今でもずっと殆ど一人で切り盛りしている。
花喃はまだ学生の身であり、一手に引き受けた家事に手いっぱいで店を手伝う余裕はなかった。
長年従事してきた銭湯業のため今は一人で問題なさそうだが、年が年だけにいつ体が言うことを聞かなくなるかわからない。
特に腰が、最近湿布を貼る回数が増えてきたように思う。
三蔵の腰がイカれる前に良い跡取りでも見付かればいいのだが。
期待を込めてダイニングテーブルに座る小さな孫を見やる。
孫の悟空は、いつも遊んでいる隣の家の時任という子と、今日何をして遊ぶか相談していた。
二人とも体を動かすことが好きらしく、腕白で、走れば転び、木に登れば落ちるので金蝉は目が離せない。
真面目な顔で話し合い、二人の意見が妥結した時だった。
「たでーまー」
ランドセルを背負ったもう一人の孫、兄の悟浄が帰宅した。
今日の帰宅は随分と早い。
悟空と違い、悟浄は放課後にそのまま遊びに行ってしまうことが多い。
ダイニングを覗き込み、弟とその向かいに座る時任をちらりと見たが、特に何も言わない。
時任が家に居るのは既に日常と化しているので、最早「いらっしゃい」の一言もない。
そのまま二階の自分の部屋に向かおうとした兄に、悟空はおかえりと声を掛けた。
「ごじょーもかくれんぼする?」
悟空の提案に、悟浄は顔をしかめる。
「ガキの遊びにつきあうかよ」
素気無く断った。
天真爛漫で年相応の弟と比較して、悟浄は少々悪ぶったところがある。
悪い叔父の影響かもしれない。
祖父も決して柄が良い訳ではないのだが。
来年の中学デビューと同時に不良デビューもしそうなのが心配だった。
悟空は兄の素っ気ない態度に気にした風もなく、時任と顔を見合わせて肩を竦める。
「ごじょー、弱そうだもんな」
「だな」
「……その手にゃあ乗らないぞ」
年下コンビの息の合った挑発にピクリと眉を動かすも、ぐっと堪える。
しかし、悟空は更に畳み掛ける。
「しょっかく見えちゃうもんな」
「なー」
「触覚じゃねぇよ!」
長い癖毛を揺らして悟浄が抗議する。
長男のその特徴的な癖毛はある虫の触覚に似ているのだった。
今度はとりなすように時任が悟空に言葉を投げた。
「たまにはいっしょにごじょーと遊びたいよな、ごくー」
「うん」
思春期に差し掛かった兄があまり構ってくれなくなり、悟空が寂しく思っていることを時任は知っていた。
弟の愁傷な態度に思わずたじろぐが、
「たまにはだけどな」
あっけらかんと言い放たれ、悟浄はずっこけた。
ため息を吐き、前髪をかき上げる。
「……一回だけだぞ」
金蝉は微笑んだ。
何だかんだ面倒見の良い優しい子なのだ。
「やりぃ!ごじょーがオニな」
「へーへー」
ダイニングの床にランドセルを投げ捨てると、テーブルに顔を伏せる。
「数えるぞ。いーち、にー、さーん」
二人はバタバタと二階に上がると、一転、足音を立てないように注意しながら下りてくる。
音で攪乱させる作戦だろう。中々本気度が高い。金蝉は感心した。
悟空は隠れる場所を最初から決めていたようだった。
迷いなく和室に向かうと、押し入れを指した。
普段は布団がみっちりと詰まっていて隠れるスペースなどないが、今日布団は外に干している。
悟浄の盲点だと考えたのだろう。
そっと扉を開け、体を滑り込ませると時任を手招いた。
何故かそれに躊躇うような素振りを見せるも、大人しく悟空の隣にちんまりと座る。
悟空が扉を閉めた。
異変は、それから数秒後に起きた。
「うぁあああああ!!!!!!!!」
押し入れの奥から劈くような悲鳴が上がる。
「どうした!?」
血相を変えて部屋に飛び込んだ悟浄が見たのは、押し入れの前で呆然と立ち竦む弟と、蹲って震えながら泣く時任の姿だった。
「おし入れしめたら、ときとーが大きい声でさけんで……」
「押し入れを閉めただけ……?」
それにしては尋常な様子ではなかった。
何かから守るように体を丸め、頭を抱え、身を振り絞るようにわぁわぁと大声で泣いてる。
時任は幼いなりにプライドの高い少年だったので、泣くことだって滅多になかったのだ。
「待ってろ、久保田さん呼んでくる!」
飛び出した悟浄は、直ぐに久保田を伴って戻ってきた。
「時任」
久保田は時任を抱え上げ、ぎゅうと抱きしめた。
時任は泣き止まない。
頭をゆっくりと撫で、宥めるように背中をぽんぽんと叩く。
「……地震の日、狭くて暗いところに閉じ込められちゃってね。それでかな?」
隣の二人は、三年前の大地震で住む家がなくなって引っ越してきたのだと、祖父が言っていたことを思い出す。
時任の家族はその時に亡くなり、時任一人が生き残ったのだと。
耳元に唇を寄せ、つぶやくように久保田が囁いた。
「外だよ、時任」
泣き続ける時任には久保田の声も聞こえていないようだった。
「ごめんな、ときとー……」
「悟空くんもビックリしたよね、ごめんね?」
しょんぼりと謝る悟空に向き直り、久保田は微笑んだ。
その微笑が酷く疲れて見えて、悟浄はぎくりとした。
悟浄より圧倒的に大人である久保田が見た目以上に途方に暮れてるように見えたのだ。
あるいは三蔵なら適切なフォローができたのかもしれない。
だが、その場には年端もいかぬ子どもがいるだけだった。
「悟浄くんも呼びに来てくれてありがとう。今日はお暇するね。また明日遊んでやって」
時任を抱えたまま久保田は立ち上がると、軽く会釈をして部屋を出て行った。
泣き声が遠ざかり、消える。
後味の悪い静寂だけが残った。
「おれがおし入れにかくれようって言ったから……」
「しょげるなって」
見るからに気落ちした弟の頭を慰めるようにぽんぽんと叩いた。
「ゲームでもしようぜ」
覇気のない弟が見ていられないのだろう。
何だかんだ弟思いの優しい兄なのだ。
悟浄がゲーム機を引っ張り出してセッティングする。
最初は言葉少なだった悟空も、対戦が白熱するにつれて元の元気を取り戻していった。
金蝉はテレビゲームに興じる兄弟の背中を見守っている。



いつも見守っている。例え、声が届かなくとも。

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