なぁにやってんだろーなーと、床に寝転がり青い空を窓から見上げながらそんなことを思う。
空が青い。
晴れた冬の空はぼんやりとした俺の思考なんて、吸い上げてどこかに拡散させてしまいそうだった。
日差しは温かく、毛布の中は温い。
「なぁにやってんだろ―」
今度は声に出して呟く。
なぁにやってんのか気になるのは、久保ちゃんのことだ。
暇だからバイトに付いて行こうと思ったのに、「今日は駄目」なんてきっぱり駄目出しされてしまった。
ホント、今頃一人で何やってんだか。
つまんね―
俺の世界は狭い。
記憶がすっぽり抜けているせいで、真っ白だった内面世界。
今の俺の中にある世界は、この部屋の大きさで、住んでるのも俺と久保ちゃんだけだ。
俺にはそれしかないし、それだけでいいと思う。
記憶を取り戻したいのはその世界を大きくしたいからじゃなくて、ぐらぐらと基盤の定まらないそれをしっかりとしたものにしたいからで。
……あの馬鹿にはそれがちゃんと伝わっているんだろーか?
それとも、そんなことどーでもいいと思っているんだろうか?
あり得る。
久保ちゃんは結局、俺の都合なんて関係なく、ただ一人になりたくないからという理由で俺のことを鎖で縛るのにいっぱいいっぱいになってる気がする。
そんな締め付けなくたって誰も逃げたりしねーよッ!ってくらいぎちぎちと、締め付ける。
多分久保ちゃんの世界も俺と同じ大きさで、住人も二人だけで、でも過去がちゃんと脳みそに残っている久保ちゃんのそこには、積み上げてきた誰かの屍とか消せない血とかがきっとあってそれが……久保ちゃんにそうさせてるんだろう。
雨の日を苦手にさせているワケとか。
俺だって同じだけど。
一人になりたくないのも、鎖で縛ってんのも。
お互いがお互いを何でも無い顔しながら縛っていたんだ。ギリギリ鎖でぎちぎちと。
離れない様に。
一人にならないように。
……こーしてダレるのも愚痴ゆーのも眼鏡のばーかなんて悪口言ってみたりするのにも、飽きた。
迎えに行ってやろうかな?
どーせ危ない仕事やってんだろうし。
「今日は駄目」の意味がそうだってことくらいちゃんと分かってる。
別に寂しくなったわけじゃないなんて自分に言い訳して、俺は家を出た。
息も出来ない程ギリギリとギリギリと。
痛いくらいでいい。
鎖が切れた瞬間の方がきっと絶対に痛くて息できないから。
「……はぁ?」
ぜぇぜぇという喘息患者のような酷い息遣いが頭に響いてそれは自分の呼吸音で。
走り回って必死に探したんだからそりゃあ息も乱れる。
手繰り寄せるようにそこへたどり着いた時には切れてるなんて思っちゃいなかっ
たんだ。
だって、
なぁ
嘘だろ?
チャリンと鎖の切れる音が聞こえたのは耳の錯覚。
だからこれもきっと目の錯覚。
何でそんな所で寝てんだよ久保ちゃん。
お前に地面で寝る趣味なんかねぇだろ?
酔って寝てるワケじゃないよな。
だってお前がそんな酔うわけねぇって知ってるし。
昨日だって一緒に飲んで俺はすぐ赤くなんのにお前は全然かわんねぇから何かムカついてでも久保ちゃんはそんな俺見て微笑んでて。
いつもみたいに。
で、いつもみたいに押し倒してきたから寒ぃ!ヤダ!明日!なんて。
じゃあ明日絶対ね、なんて。
約束したじゃん?
な?
もうどうしようもないくらいに真っ赤な血が広がってるけど、久保ちゃんは血なんかなくったって平気だよな。
穴なんか心臓に空けて、まるで死体みたいじゃん。
これで人間が生きてる方が非常識だけど俺にはお前が死んでる方が非常識だっつうの。
理解できねーししたくねーよばーか
ふざけんな
俺を一人で生きらんなくしたのはお前だろ?
お望み通りに俺の強さは台無しだ。
お前のせいで。
責任とれよ。
死体のフリなんてうんざりだから、生き返って俺を抱きしめろ。
なあ?
久保ちゃん
ふざけんな
ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな
ふざけんな
「……ふざけんなよ……」
言葉は唇から勝手に漏れて。
視界が濡れてぼやけてきたのもきっと俺の意志じゃない。
地に伏し血に伏した躯に駆け寄ることもせず立ち尽くして。
体にぎちぎち巻き付いたままの鎖を痛いほどに感じながら、俺はじっと、目の前に広がる赤を見つめ続けた。