愛は情念
恋は現象
セックスは行動
全部違うじゃん
別物だろ?
「四組の奴とヤったんだって?」
ソファが軋む。少し揺れて、久保ちゃんが隣に座ったことを知る。
「ヤったけど?」
テレビ画面から目を離さずに返事を返した。
ダンジョンの途中。中ボスが出てくるちょい手前。
コントローラーをガチャガチャやっていたら、横から伸びてきた手に顎を掴まれて無理矢理顔を隣に向けさせられる。
視線の先には普段と別段変わらない、表情。
これも普段と変わらない間延びした調子で、
「俺って時任の何なのかなぁ?」
「恋人だろ?」
迷いなく即答すると、久保ちゃんが肩を竦めた。
「セックスって恋人としかしないモンじゃない?」
「誰が決めたんだよンなこと」
「さぁねぇ」
「何か文句あんのかよ?」
挑発的にそう言うと、
「あるっちゃあるけど?」
口付けられた。舌がゆっくりと口腔を這いずる感触。
久保ちゃんはこんな時でも優しい。
俺を責める時も。
別にこの優しさが嫌いなワケじゃない。
どちらかというと、大好きだ。
でも……
ゆっくりと顔を離して、久保ちゃんは唾液に濡れた俺の唇を拭う。
そして、殊更に優しい顔をして囁いた。
「……今度、他の奴とセックスしたら、体に分からせるからね。俺の気持ち」
別に盛ってるとか若気の至りとかそーゆーんじゃねーんだよ。
俺がセックスする時は、ホント馬鹿みてーに空に吠えて頭抱えて体丸めて小さくなってガタガタ震えそうになる時。
だって不安でしょうがない。
「急に呼び出してごめん」
人気のない放課後の裏庭。
なんてベタな場所でベタな展開。
お約束過ぎて笑う気も失せる。
俺を呼び出した張本人は照れくさそうに頭を掻きながら、歯切れ悪く喋っていた。
俺の方を見れないのか、視線をずっと地面に落としたままだ。
「あー……時任は俺のこと知らねぇだろうけどさ、あ、俺、隣のクラスなんだけど……
前から時任のこと……見て……て……ッ!」
愛は情念。
恋は現象。
最後まで話を聞くのが鬱陶しくなって、唇を塞ぐ。
キスで。
赤面して面食らう野郎にニッと笑って見せた。
「ヤろうぜ?俺のこと好きなんだろ?」
セックスは行動。
この状況で据え膳食わぬ男はいない。
予想に違わずコイツも熱に浮かされた様な目をして、俺の手首を掴むと勢い良く体を押し付けてきた。
その拍子に、校舎の壁に後頭部を軽くぶつける。
痛、と小さく零したが、体中を弄る掌はそんなことお構いなしの様だった。
獲物食ってる肉食獣じゃねぇんだから人間らしい余裕を持てよな。マジでがっつきやがって。
どいつもこいつも……なんて自分のことを棚に上げて思ってみたりする。
だって不安でしょうがない。
久保ちゃんがホントに俺を愛してんのか、不安でしょうがない。
久保ちゃんは優しい。
けど、優しくすりゃいいってもんでもないだろ?
同情でだって優しくできんじゃん。
久保ちゃんは結局俺を信じてなくて、全部曝け出す気もなくて、優しくして誤魔化そうとしてて、ソコがお前の卑怯なトコだろ。
俺の好きを信じてないお前の好きなんて信じられるワケねぇだろ俺だって。
なぁ。
優しいだけじゃバラバラに解れていきそうなんだよ。
痛いくらいの強さで繋ぎ止めてくんなきゃ、愛なんて信じられない。
「……ぁッ!!」
手で追い上げられて、熱を吐き出す。
耳元の獣のような呼吸音が煩わしい。
相手の顔を見たくなくて、荒い呼吸のまま視線を横に向ける。
久保ちゃんと目があった。
いつからそこに居たのか。
丁度一服終えたというような風情で。
その癖、まるで煙草には意識を向けてなくて。
俺だけを見てた。
「言ったよね。次はないって」
ゆっくりと歩み寄ってきた久保ちゃんは、俺と隣のクラスのなんとか君を無理やり引き剥がす。
いきなりなんだとか関係ないだろとか喚く男を久保ちゃんは蹴り飛ばして黙らせると、俺の腕を何の加減もない力で掴み上げた。
「体で分からせてあげる」
そう言った久保ちゃんの瞳には、普段優しさの下に押し殺していたものがもう隠すことなく曝け出されていた。
その顔で、笑う。
「殺しちゃうかもしれないから……覚悟しててね」
……やっとかよ。
遅ぇんだよ、久保ちゃん。