煙草を燻らす。
紫煙が身を捩りながら天井へと昇っていくのをソファーに座ってボンヤリと眺めた。
静かで、何もかも停止しているようで、空気さえ凝固したかのような錯覚。
実際、部屋の中は数日前から静止していた。
散らかしっ放しのゲーム機器も、食べかけのスニッカーズもそのまま。
お前が居たときのまま。
何一つ変えたくない。
時任が死んだ。
元々、何時かいなくなるかもと思ってた。
右手のこともある。
ずっと覚悟はしてた。
予想してた。お前を喪った俺を。
でも。
呆気ない。
現実は随分と呆気なかった。
二度とお前に会えないだけだ。
地球が崩れることも空が割れることもなく、太陽は昇って月は沈んで、朝も夜も規則正しく来る。
何も変わらない。
俺だって呼吸できなくなるかもとか狂うかもとか考えてたけど、至って普通。
紫煙を吐き出して、自嘲した。
何だ。この程度か。
俺が生きてられない程度か
無差別殺人に走るんじゃないかとか割と本気で思ってたんだけど。
そんな気さえも起こらなかった。
酷い虚脱感。
お前は、自分が死んだら、俺はどうすると思ってた?
もう永遠に知り得ないことだけど。
自分が死んだらなんて、そんなことを口にするような奴じゃなかった。
右手の延長線上にある死を見据えてあんなに死と隣合わせで生きていたのに、明日のことについて笑顔で話していたのは。
お前、生きたかったからだよね。
吸い殻を灰皿にねじ込んだ。
片手で弄んでいる鉄の塊はずしりと重い筈なのに、今日はやけに軽い。
もうこれ以上、潰れそうな胸の痛みや心が抜け落ちてしまいそうな喪失感に苛まれるのも、切り刻まれるのにも耐えられない。
俺の前にお前のいない明日がどれだけ積み上がっているのか考えるのも嫌なんだよ。
最後の飯くらいカレーじゃないのを食べさせてやれば良かったなんて無意味な後悔に責められるのも。
あの世がもしあるのなら、きっと時任に殴られるだろう。
そう覚悟して、少し微笑んで、引き金を引いた。