時任可愛い
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その日の昼下がりの市庭は奇妙な程に静まり返っていた。悪評高い『夜の盗賊団』が姿を現した為だ。
 彼らは市井の人を標的に劫掠や暴虐な行いをすることはないが、一方で、一度刃を向ければ一都市を撃滅させるまで攻撃の手を止めることはない、『夜の盗賊団』はそういう性格の組織だった。現に、市場の外方に配置された馬車の荷台から覗くのは、重砲二門。剥き出しの恐嚇に、官憲も遠巻きに看視する外に術がない。
 市場を占有したかの如き有様で、『夜の盗賊団』は買い出しを楽しんでいる。
「酒を買えよ酒を。今日は飲むぞ」
「今日も飲むの間違いっすよ、お頭」
 呆れた様な手下の肩を叩いて豪快に、頭と呼ばれた壮年の男は笑った。
「細けぇことは気にすんな」
 百人程の子分を引き連れ、山程酒を買わせ、酷く機嫌が良さそうな頭目の前に、何処から現れたのかふらりと一人の少年が立塞がった。
「なぁ、俺のこと買ってよ」
 随伴する手下達の手を躱し、取り縋る様にして頭目に寄り添う。男は歩みを止めた。少年は外衣の合せ目を解く。露わになる華奢な首と頸輪。頭目は眉宇を寄せた。
「主人の小遣い稼ぎか?」
「安く売る気はねぇよ。金が有りそうだからあんたに声掛けたんだ」
 前髪の隙間から長い睫毛に縁取られた黒玉が濡れた様に揺れ、雪を欺く紅裙が男を見上げる。白昼にも関わらず少年が纏うのは情炎の名残であり、その目は夜に生きてきた者の目であった。
「俺が誰だか知ってるな?」
 だが、海千山千の男に生半尺な色香は通じぬ。頭目は佩帯している大振りの剣を抜くと、刃で太腿を撫でそのまま股間に突き付けた。
「両手両足削ぎ落として、股座に増やした穴に突っ込むのが趣味かもしれねぇぜ?」
 言葉こそ残忍酷薄な色に満ちていたが、胸懐に抱いていたものは寧ろ、奴婢に身を窶しこの様な賊徒にまで春を鬻ごうとすることへの憐愍の情に近く、それ故に脅して追い払う事が彼の真意であった。
 真意はどうであれその眼光には男の苛虐な言葉を真実だと思わせるだけの凄味があったが、畏怖し遁逃するどころか微動だにせず、ひたりと頭目を見据えたまま、少年――時任は言い放った。
「やってみろよ。できるもんならな」
「できるもんなら……ぶははははははッ!」
 空を振り仰ぎ呵々大笑した。一通り笑うと剣を収め、時任の肩を抱いて再び歩き出した。
「こんな大馬鹿野郎、初めて見たぜ。おい、連れて帰るぞ」
「お頭、こんな得体の知れねぇ餓鬼ッ!」
「賞金首の自覚あるんスか、今までとは違うっすよ!」
 頭と時任の遣り取りを黙視していた口々に戒飭したが、頭は取り合わない。
「ここまで言うんだ、大した名器なんだろうさ」
 時任を見下ろし、匪賊相応の酷薄な笑みを浮かべた。
「試してみるのも悪くねぇ」
市場での買い物を終えた一団は引き揚げ、雀色時に郊外の拠点へと参着した。
 地図の読めぬ時任に塒の在処が相浦の説明通りであるのか分からなかったが、尠くとも幕屋の配置は相違ない様であった。
 参着した途端、時任は頭の婢女達に引き渡された。流れる様な手際の良さで外衣から下穿きまで全て奪われ、香草の石鹸にて全身隈無く洗滌される。
「お頭の前に出るならもっと色っぽくないとね」
 薄く化粧を施され、髪に飾り玉を編込まれた時任は終始辟易していたが、女達は美しい翫具を嬉々とし、時任は為す術がなくされるが儘に飾り立てられた。
 そうして面紗を被り繻の衣装を身に着けた時任が大きな穹廬に通された時、樽俎は既に始まっていた。
 歩く度に飾りの鋳貨がしゃなりと涼やかな音を立て、胸元の紅玉が煌く。注がせた馬乳酒を豪快に呷っていた頭目は、その姿を見て一驚した様に片眉を上げた。
「意外と似合ってるな」
「あんたの命令じゃなかったのか」
「もちっと俺好みにしろとは言ったが……」
 薄く紅を引いた唇、僅かに繻に浮び上がる体の線、剥き出しの腰や太股しげしげと眺めた頭領は慮外の命を時任に出した。
「お前、踊れ」
「は……?」
時任は絶句する。確かに着せられたのは踊子の衣裳であったが、舞蹈等見た事も無ければ舞った事も無い。
「舞なんて知らない」
「その辺の阿呆だって音楽が始まれば踊り出す。何も知らねぇ餓鬼でもだ。上手い必要はない。だが、俺をその気にさせてみろ」
そう言われ、強引に遊宴の輪の中心に押し出される。酔漢達は余興に興奮し、馬首琴を掻き鳴らした。時任は途方に暮れた。舞など知らぬが、頭目を閨房に誘引し部下と分断するまで、不興を買う訳にはいかなかった。
意を決し、優雅に一礼すると拍子に合わせ足踏みする。目を瞑り音に集中すると、不思議と体は自ら音の取り、跳ね、回り、手を上げ、足を運び、全身で歌う様に踊る。目を開け面紗を掴むと、頭目の目を見据えたまま目元を残して面紗で覆い隠し、艶かしく腰を揺らした。舞は知らずとも男を誘う目線と腰の揺らし方は知っている。艶然と笑い挑発するように手首を動かすと、男達は囃し立て、手拍子を叩いて盛り上がった。
 時任はその内の一人の腰から刀を抜取ると、刀剣を煌かせ剣舞を始める。無論、正しい所作等知らぬ為、音楽に合わせ想見の敵相手に斬り結んでいるだけであった。自在な剣捌きに喝采が上がる。だが、時任が今握っているのは舞の為の剣ではなく、実践の為の剣だ。重く、自在に扱うには相応の膂力と技倆が必要とされる。蓋し場の幾人かは時任が手練れであること看取しただろう。無論、頭領も。
馬首琴の音に鋳貨がしゃんしゃんとぶつかり合う音が混じり、一層昂揚する。終曲が近い。時任は幾度も回った。回る度に裾が揺れ、抜ける様な肌が露わになっては隠れる。僅かに、此の儘頭領の喉に剣を突き立て為留める可能性を考える。殺すことは可能だ。だが、生還は不可能。それでは意味がない。
 曲が終わり、頭目の元に一足飛びに踏み込むと喉元に剣先を突き付けた。幾人かが気色ばむが、剣先を突き付けられた当人は愉快そうに笑うだけであった。男は時任に殺意がないことを看破していた。
「上手いじゃねぇか。本当に踊り子だったのか?」
「舞なんて知らねぇよ……踊ったのは初めてだ」
 時任は剣を放り捨てると、武骨な膝に撓垂れ掛かった。息を乱して上下する喉を晒しながら、頭目の見上げ問い掛ける。
「……その気になった?」
 頭目は笑って盃を置く。膝上の胸倉を掴んで引き寄せると、耳元に囁いた。
「奥、行くぞ」

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