時任可愛い
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愛は情念

恋は現象

セックスは行動

全部違うじゃん

別物だろ?


「四組の奴とヤったんだって?」
ソファが軋む。少し揺れて、久保ちゃんが隣に座ったことを知る。
「ヤったけど?」
テレビ画面から目を離さずに返事を返した。
ダンジョンの途中。中ボスが出てくるちょい手前。
コントローラーをガチャガチャやっていたら、横から伸びてきた手に顎を掴まれて無理矢理顔を隣に向けさせられる。
視線の先には普段と別段変わらない、表情。
これも普段と変わらない間延びした調子で、
「俺って時任の何なのかなぁ?」
「恋人だろ?」
迷いなく即答すると、久保ちゃんが肩を竦めた。
「セックスって恋人としかしないモンじゃない?」
「誰が決めたんだよンなこと」
「さぁねぇ」
「何か文句あんのかよ?」
挑発的にそう言うと、
「あるっちゃあるけど?」
口付けられた。舌がゆっくりと口腔を這いずる感触。
久保ちゃんはこんな時でも優しい。
俺を責める時も。
別にこの優しさが嫌いなワケじゃない。
どちらかというと、大好きだ。
でも……
ゆっくりと顔を離して、久保ちゃんは唾液に濡れた俺の唇を拭う。
そして、殊更に優しい顔をして囁いた。
「……今度、他の奴とセックスしたら、体に分からせるからね。俺の気持ち」

 

別に盛ってるとか若気の至りとかそーゆーんじゃねーんだよ。
俺がセックスする時は、ホント馬鹿みてーに空に吠えて頭抱えて体丸めて小さくなってガタガタ震えそうになる時。
だって不安でしょうがない。
「急に呼び出してごめん」
人気のない放課後の裏庭。
なんてベタな場所でベタな展開。
お約束過ぎて笑う気も失せる。
俺を呼び出した張本人は照れくさそうに頭を掻きながら、歯切れ悪く喋っていた。
俺の方を見れないのか、視線をずっと地面に落としたままだ。
「あー……時任は俺のこと知らねぇだろうけどさ、あ、俺、隣のクラスなんだけど……
前から時任のこと……見て……て……ッ!」
愛は情念。
恋は現象。
最後まで話を聞くのが鬱陶しくなって、唇を塞ぐ。
キスで。
赤面して面食らう野郎にニッと笑って見せた。
「ヤろうぜ?俺のこと好きなんだろ?」
セックスは行動。
この状況で据え膳食わぬ男はいない。
予想に違わずコイツも熱に浮かされた様な目をして、俺の手首を掴むと勢い良く体を押し付けてきた。
その拍子に、校舎の壁に後頭部を軽くぶつける。
痛、と小さく零したが、体中を弄る掌はそんなことお構いなしの様だった。
獲物食ってる肉食獣じゃねぇんだから人間らしい余裕を持てよな。マジでがっつきやがって。
どいつもこいつも……なんて自分のことを棚に上げて思ってみたりする。

だって不安でしょうがない。
久保ちゃんがホントに俺を愛してんのか、不安でしょうがない。
久保ちゃんは優しい。
けど、優しくすりゃいいってもんでもないだろ?
同情でだって優しくできんじゃん。
久保ちゃんは結局俺を信じてなくて、全部曝け出す気もなくて、優しくして誤魔化そうとしてて、ソコがお前の卑怯なトコだろ。
俺の好きを信じてないお前の好きなんて信じられるワケねぇだろ俺だって。
なぁ。
優しいだけじゃバラバラに解れていきそうなんだよ。
痛いくらいの強さで繋ぎ止めてくんなきゃ、愛なんて信じられない。

「……ぁッ!!」
手で追い上げられて、熱を吐き出す。
耳元の獣のような呼吸音が煩わしい。
相手の顔を見たくなくて、荒い呼吸のまま視線を横に向ける。
久保ちゃんと目があった。
いつからそこに居たのか。
丁度一服終えたというような風情で。
その癖、まるで煙草には意識を向けてなくて。
俺だけを見てた。

「言ったよね。次はないって」

ゆっくりと歩み寄ってきた久保ちゃんは、俺と隣のクラスのなんとか君を無理やり引き剥がす。
いきなりなんだとか関係ないだろとか喚く男を久保ちゃんは蹴り飛ばして黙らせると、俺の腕を何の加減もない力で掴み上げた。
「体で分からせてあげる」
そう言った久保ちゃんの瞳には、普段優しさの下に押し殺していたものがもう隠すことなく曝け出されていた。
その顔で、笑う。
「殺しちゃうかもしれないから……覚悟しててね」

 

……やっとかよ。

遅ぇんだよ、久保ちゃん。

拍手[8回]

なぁにやってんだろーなーと、床に寝転がり青い空を窓から見上げながらそんなことを思う。

空が青い。

晴れた冬の空はぼんやりとした俺の思考なんて、吸い上げてどこかに拡散させてしまいそうだった。

日差しは温かく、毛布の中は温い。

「なぁにやってんだろ―」

今度は声に出して呟く。

なぁにやってんのか気になるのは、久保ちゃんのことだ。

暇だからバイトに付いて行こうと思ったのに、「今日は駄目」なんてきっぱり駄目出しされてしまった。

ホント、今頃一人で何やってんだか。

つまんね―

 

俺の世界は狭い。

記憶がすっぽり抜けているせいで、真っ白だった内面世界。

今の俺の中にある世界は、この部屋の大きさで、住んでるのも俺と久保ちゃんだけだ。

俺にはそれしかないし、それだけでいいと思う。

記憶を取り戻したいのはその世界を大きくしたいからじゃなくて、ぐらぐらと基盤の定まらないそれをしっかりとしたものにしたいからで。

……あの馬鹿にはそれがちゃんと伝わっているんだろーか?

それとも、そんなことどーでもいいと思っているんだろうか?

あり得る。

久保ちゃんは結局、俺の都合なんて関係なく、ただ一人になりたくないからという理由で俺のことを鎖で縛るのにいっぱいいっぱいになってる気がする。

そんな締め付けなくたって誰も逃げたりしねーよッ!ってくらいぎちぎちと、締め付ける。

多分久保ちゃんの世界も俺と同じ大きさで、住人も二人だけで、でも過去がちゃんと脳みそに残っている久保ちゃんのそこには、積み上げてきた誰かの屍とか消せない血とかがきっとあってそれが……久保ちゃんにそうさせてるんだろう。

雨の日を苦手にさせているワケとか。

俺だって同じだけど。

一人になりたくないのも、鎖で縛ってんのも。

 

お互いがお互いを何でも無い顔しながら縛っていたんだ。ギリギリ鎖でぎちぎちと。

離れない様に。

一人にならないように。

 

 

……こーしてダレるのも愚痴ゆーのも眼鏡のばーかなんて悪口言ってみたりするのにも、飽きた。

迎えに行ってやろうかな?

どーせ危ない仕事やってんだろうし。

「今日は駄目」の意味がそうだってことくらいちゃんと分かってる。

別に寂しくなったわけじゃないなんて自分に言い訳して、俺は家を出た。

 

 

 

息も出来ない程ギリギリとギリギリと。

痛いくらいでいい。

鎖が切れた瞬間の方がきっと絶対に痛くて息できないから。

 

 

「……はぁ?」

ぜぇぜぇという喘息患者のような酷い息遣いが頭に響いてそれは自分の呼吸音で。

走り回って必死に探したんだからそりゃあ息も乱れる。

手繰り寄せるようにそこへたどり着いた時には切れてるなんて思っちゃいなかっ

たんだ。

 

だって、

 

なぁ

 

嘘だろ?

 

チャリンと鎖の切れる音が聞こえたのは耳の錯覚。

だからこれもきっと目の錯覚。

 

 

何でそんな所で寝てんだよ久保ちゃん。

お前に地面で寝る趣味なんかねぇだろ?

酔って寝てるワケじゃないよな。

だってお前がそんな酔うわけねぇって知ってるし。

昨日だって一緒に飲んで俺はすぐ赤くなんのにお前は全然かわんねぇから何かムカついてでも久保ちゃんはそんな俺見て微笑んでて。

いつもみたいに。

で、いつもみたいに押し倒してきたから寒ぃ!ヤダ!明日!なんて。

じゃあ明日絶対ね、なんて。

約束したじゃん?

な?

もうどうしようもないくらいに真っ赤な血が広がってるけど、久保ちゃんは血なんかなくったって平気だよな。

穴なんか心臓に空けて、まるで死体みたいじゃん。

これで人間が生きてる方が非常識だけど俺にはお前が死んでる方が非常識だっつうの。

理解できねーししたくねーよばーか

 

 

ふざけんな

 

俺を一人で生きらんなくしたのはお前だろ?

お望み通りに俺の強さは台無しだ。

お前のせいで。

責任とれよ。

死体のフリなんてうんざりだから、生き返って俺を抱きしめろ。

なあ?

 

久保ちゃん

 

ふざけんな

 

ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな

 

 

ふざけんな

 

 

「……ふざけんなよ……」

言葉は唇から勝手に漏れて。

視界が濡れてぼやけてきたのもきっと俺の意志じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地に伏し血に伏した躯に駆け寄ることもせず立ち尽くして。

体にぎちぎち巻き付いたままの鎖を痛いほどに感じながら、俺はじっと、目の前に広がる赤を見つめ続けた。

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「時任。料理の練習しよっか」
「は?」
唐突にそんなことを言われて面食らう。
俺の手にあった漫画とポテチを取り上げると、
「だってお前、折角教えたスパゲティの作り方も忘れちゃったし」
「久保ちゃんが作ってくれりゃいいだろ~」
今まで文句一つ言うことなく飯作ってくれてたのに(カレーばっかだけど)
面倒になったとか?
「でもねぇ。俺がバイトで遅くなった日とか、お前菓子食べて済ましちゃうし、それじゃ体に悪いっしょ?
 時任がちゃんと料理できるようなら俺も安心して長期のバイトできるし」
「……」
そうまで言われちゃ、もうヤダとか我が儘は言えなかった。
「じゃ、まずチャーハンね。材料切ってご飯と一緒に炒めるだけだから」
包丁と野菜を渡されて、我ながら危なっかしい手つきでピーマンを切っていく。
「ときとーそれだと千切り」
細すぎだと言われて太さを調整しようとするけど、慣れてないし変な力が入るしでなかなか大きさが揃わない。
次ニンジン切ってね、と言われるも、
「うん。だからソレ千切り」
どーにも俺は細く切ってしまう傾向にあるらしい。
段々イラついてきて、切る手を早めたら、
「指切りそうで怖いからもうちょっとゆっくり切ってね」
心配性な久保ちゃんはウルサい。
「だーもーうるせーッ!!」
そんなこんなで出来たチャーハンは、野菜がすげぇ不揃いだし、卵もご飯も焦げてるし、
その上塩とコショウのかけすぎでものすっげ辛かった。
「……作り方、覚えた?」
「全然」
悪びれずに首を振る俺に久保ちゃんは柔らかく笑って、やっぱお前は俺がいなきゃ駄目だねぇと言った。
うん。駄目だからさ?
ずっと側にいろよ。
これからも俺はきっと料理なんて覚えない。
だから久保ちゃんは、俺にカレーばっかだとか文句を言われながら飯作るんだろう。
いーんだよソレで。
俺が料理覚えるよりもお前が毎日ちゃんと帰ってくる方が簡単じゃん。

 

 

そう口に出して言えないから、俺は絶対に料理を覚えない。

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「オラ、入るぞー。どーしたんだー?」

「はぁい」

「……ってなんで久保ちゃんが病室に居るんだよッ!」

「なんでって……俺がナースコール押したから?」

「医者がナースコール使うなぁッ!」

「便利だよねぇ、コレ」

「で、何の用だよ」

「暇だからエッチしない?」

ゴスッ!

「痛」

「何考えてんだ馬鹿ッ!」

「ひどいなぁ」

「久保ちゃんは暇でも!俺は夜勤中で超忙しいの!」

「えー」

「えー、じゃねぇ!」

「だって俺達昨日もしてないんだよ?ねぇ」

「たった二日じゃねーか」

「でも時任、夜勤明けってヤらせてくれないじゃない」

「たった三日じゃねーか!」

「ね、いいっしょ?」

――グイッ

「……オイ」

「ん?」

「いーから正座しろ」

「ホイ」

「あのな、久保ちゃん。お前仮にも医者だろ?俺のことばーっか考えてないで、もー少し患者のことも考えろ」

「だって愛してるし」

「それに、この腐った世の中、ウチの病院にも汚職やらセクハラやら権力闘争が渦巻いてること知ってんだろ?久保ちゃんも」

「ってゆーか、医院長が真田さんだしねぇ」

「そんな中、医者もナースも人手不足だし、夜勤なんて更に人数少ねーから大変なんだよ。な、わかったら手ぇ離せ」

「しょーがないなぁ……」

しぶしぶ

「でもこのままだと時任不足で俺の方が病気になりそーだから、一つだけお願い聞いて?」

「……何だよ」

「これ着て。ハイ」

「……何だよコレ」

「天使の白衣っしょ。看護婦さんの」

「どーして俺がスカートはかなきゃなんねーんだよ!」

「えー。だって折角時任、ナースなのに看護婦さんルックしてくんないんだもん」

「俺は看護婦じゃなくて看護師だっつーの!」

「ま、いーからいーから」

「ぎゃー(涙)」

五分後

「何で俺が……(ブツブツ)」

「流石。似合ってるよ。可愛い」

「クッソー……もーいーだろ久保ちゃん!脱ぐぞ」

「勿体無いなぁ」

「こんなカッコで仕事できねぇだろ!」

「仕事なんてしなくていーじゃない」

ドサッ……

「俺が脱がしてあげるよ」

「こぉんの嘘吐き野郎―!」

「太い注射挿してあげるから」

「いらんわボケッ!」

「何?全身診察して欲しい?」

「話を聞け――!ホントマジ、仕事戻んなきゃだから、どけってば!」

「大丈夫。桂木ちゃんに時間代わってもらえるように言ってあるから」

「てめっ、いつのまに!」

「じゃ、お医者さんプレイを楽しもうね~」

「プレイじゃねぇだろ久保ちゃんの馬鹿――(泣)」

拍手[4回]

同日午前四時。

見知らぬ場所で時任は目覚めました。

上手く働かない思考で見知らぬ天井をぼんやり眺めていましたが、直ぐに自分が久保田探偵の偽物に気絶させられたことを思い出しはっと飛び起きます。

自分の体を見まわすと、両手は手錠で縛められています。

しかし真の異常は手錠などではありません。

身に纏っているのは不本意ながらも着ていた桂木ちゃんのワンピースではなく、フリルがふんだんに使われたふりふりの可愛らしいドレスでした。

唖然とし(そしてうんざりしながら)不自由な手でにゃんこバックが取り上げられていないことを確認して安堵します。

にゃんこなのはともかく、ここには大切な探偵七つ道具が入っているのです。

久保田探偵に無線バッチで連絡しようかと思った矢先、傍らに黒い人影が立っていることに気付いてきっと睨み上げました。

「お前は……」

「おはようございます」

そう言って笑む秀麗な面差しに時任少年は見覚えがありました。

「黒蜥蜴!」

黒蜥蜴とは、過去数度久保田探偵と渡り合った妖盗の通り名です。

本名は橘。

宝石専門の盗賊で彼に盗まれた宝石は数知れず。

そして宝石専門とは言いながらも美しいものなら一通り愛でたい性質らしく、そんな妖盗に時任少年は目をつけられていたのでした。

相手が二十面相と並び今世紀最悪と言われている怪盗であると分かって、時任少年の顔が強張ります。

ここには久保田探偵はいないのです。自力で逃げ出す機会を伺うほかありません。

油断なく辺りを見まわして、

「……ここは何処だよ?」

と、無駄だとは思いつつも目の前の黒蜥蜴に問います。

「見事なものでしょう。僕が今まで蒐集した宝石を飾る私設美術館です。貴方に是非見て頂きたくてね」

悪びれる様子もなく優雅に微笑む黒蜥蜴。

その凄艶な美貌は宝石に勝るとも劣りません。

時任が寝かせられている薔薇を敷き詰めたむず痒くなりそうなベッドを部屋の中心として、ガラス製の棚がぐるりと壁を覆い、その中には古今東西あらゆる場所から黒蜥蜴が盗み出した宝石達がライトの光を浴びてキラキラと眩く輝いているのでした。

宝石の生み出す五色の光で部屋自体が光を放っているかのような錯覚さえ覚えます。

国立美術館と同じく窓のない部屋でしたが、そんな暗さはまったく感じさせない、光の洪水でした。

時任はその絢爛な輝きに圧倒されて暫し息を飲み、それでも現状を忘れるほど素人ではありません。

時任少年は世界一の探偵助手なのです。

見惚れるフリをして四方を伺い、ここが地下に作られたアジトなのだろうと時任少年はなんとなく感づきました。

何か隠すなら地下に。悪者のセオリーです。

窓は無く、唯一の出入り口である金属製のドアは見るからに最新セキュリティーを搭載していそうです。

自力で逃げ出すのはかなり難しいことのように思われました。

「この素晴らしいコレクションに貴方と『暁の緑涙』が加わったことを僕は嬉しく思いますよ」

黒蜥蜴はそう囁いて、何かを時任少年の首から下げました。

冷たい感触のそれはずしりと重く、視線を落とした時任少年はそれが『暁の緑涙』であることを知ります。

ってゆーか。

「なんで俺こんなカッコしてるんだよ!」

『暁の緑涙』と共に再度目に入ってしまったフリフリのお姫様ドレスに猛烈抗議する時任少年。

自分にこんなカッコをさせて喜ぶのは久保田探偵一人でうんざりなのです。

全身で威嚇しているその様子に構うことなく、黒蜥蜴はしれっと、

「貴方にはこの私……黒蜥蜴の花嫁になって頂こうと思いまして」

フリフリドレスより理解不能な言葉を吐きました。

時任少年は思わず固まってしまいます。

何言ってんだこいつ!

俺は将来久保ちゃんのお嫁さんに……いやいやいや。

そういう問題じゃなくて……

「お似合いですよ」

「ふざけんな!こんなん似合っても嬉しくねぇよ!!」

黒蜥蜴の一言でフリーズ状態から立ち直った時任少年は再び喚きます。

「でも、久保田探偵だって貴方にスカートを穿かせていたじゃないですか。にゃんこ帽子も良く似合ってました」

久保田といい黒蜥蜴といい、俺の周りには変態しかいないのか!

「確かに、今の君は美しいというよりは可愛らしい。僕は子供に欲情するほど人でなしではありませんよ」

およそ久保田探偵に喧嘩売ってるとしか思えない台詞です。

「でも……」

時任少年の距離をぐっと縮め、顔を覗き込むようにする黒蜥蜴。

柔和な笑顔はそのままなのに、瞳の奥に人をぞっとさせるような何かを感じとって時任少年は我知らずじりじりと後退りします。

その肩を逃がさないとでも言うかのように掴んで、黒蜥蜴はそっと囁きました。

「僕には分かります。今に君はダイヤに匹敵する宝石になるでしょう。研磨次第ではあるいは……

……将来美しくなるだろう君のことを思い浮かべるだけで、僕は今、君をどうにかしたくて堪らなくなる……」

さっきの発言はなんだったのか。

いきなり時任少年、貞操の危機です!

何とか話を逸らし黒蜥蜴の魔の手から逃れようと、思考と視線も巡らし、

「……な、なんでコッチなんだ?あのサファイアの冠のが高そうに見えんだけど」

時任は自らの胸に下がる緑の宝玉を見下ろしました。

エメラルドが高い宝石だということは知っていましたが、それでもダイヤモンド以上に高い筈はないと思っているのです。

泣かない未明には沢山のダイヤモンドが散りばめられていました。

時任の思惑に乗ってくれたのか、はたまた宝石のこととなれば語らずにはいられない性質なのか、時任の肩から手を離すと、

「ふふ……宝石としてはとても不完全な石でしてね。少々脆いんですよ。エメラルドは。殆どが産出される時既に内部に傷を負っているんです。

ですから無傷でしかもこれだけの大きさの物は大変貴重なんですよ。宛ら一個の芸術のように」

時任少年を見つめていた時と同じくらいの愛しさを視線に込めて、黒蜥蜴は『暁の緑涙』を見つめています。

「ですが、コレにはまだもっと輝く秘密があるんです」

「輝く秘密?」

「ヒントは光。わかりますか?」

挑戦的に言われ、負けず嫌いな時任少年はむっとしました。

「俺様に解けない謎があるわけねーだろ!」

手錠の掛けられた手で苦労して『暁の緑涙』を首から外すと、食い入る様にじっと見つめます。

細い金の鎖が何重にも絡まり一本を鎖を形成しているチェーンと、ウズラの卵大の純金の飾り玉、そしてその下に更に鶏卵大の巨大なドロップ型エメラルドが下がるのみという『泣かない未明』に比べてシンプルなデザインでしたが、良く見るれば飾り玉や鎖に細かな技巧が凝らしてあり、なるほど『泣かない未明』に匹敵する品であることが分かるのでした。

しかし鎖も飾り玉も純金細工の上にエメラルドも桁外れに大きい為首飾りにしては異様に重く、ホントに昔の奴らはこんなん着けてたのかよと時任は首を傾げましたが、それ以外は特に変わったところはなく秘密らしきものも見付かりません。

ヒントは光……だっけ?

エメラルドを光に翳してみたりもしましたが、暗号めいたものが浮び上がるワケでもありません。

「もう少しヒントを差し上げましょうか?」

「ぜってー言うな!!自力で解くかんな!!」

最早、黒蜥蜴も自分が誘拐されてることもそっちのけです。

『暁の緑涙』と睨めっこしてる時任少年を希少な宝石を見る眼差しで見つめて、

「貴方は本当に可愛らしいですね」

何も気付いていない時任少年にキスしようとした、その時、

「そこまでにしときなよ」

電子音が響いて、シェルター並に分厚い鉄のドアがゆっくりゆっくりとスライドし……

「盗むもの間違えてない?橘」

探偵なのにナイトな登場。

世界一の探偵、そして世界一のにゃんこ馬鹿である久保田探偵がカッコ良く立っていました。

今は警察もいないので、愛銃コルトガヴァメントを堂々と不法所持して構えています。

「な……何故ここが」

珍しく動揺を表に出す黒蜥蜴。

数あるアジトの中でもここは黒蜥蜴以外は誰も知らない本拠地でした。

「彼の着てた服はここへ来るまでに捨てましたし、体の隅々まで調べました。何処にも発信機なんて仕込んでなかった筈です」

身体の隅々まで……に何か邪まな意図を感じます。

焦る黒蜥蜴とは対称的に、あくまで飄々とした久保田は、

「ソレ」

と、左手で時任の下げてるにゃんこバックを指しました。

「そのにゃんこバックのニャンコの目に仕込んであったんだよねぇ……発信機」

これには黒蜥蜴もその秀麗な顔を顰めて、

「にゃんこバックを下げた時任君があまりにも可愛らしくてにゃんこバックを外しそびれてましたが……僕が迂闊でした。

流石は名立たる久保田探偵といったところですか。この僕としたことが、高度な心理作戦にすっかり嵌ってしまいましたよ」

何が高度な心理作戦でしょう。

「時任の可愛さは凶器だからね」

何故か久保田探偵はとても自慢気です。

馬鹿です。ここに馬鹿が二人居ます。

時任少年が白い目で二人をじとっと見ていることにも気付きません。

「このドアにもここに辿りつくまでのドアにも全て最新のセキュリティーが搭載されていた筈ですが?」

「ウチには優秀な調査員とハッカーがいてねぇ。小学生だけど」

観念しなよ、とばかりに久保田探偵は銃を突き付けます。二人の距離はおよそ10m。

相当な使い手である探偵がこの距離で外す筈はありません。もし時任少年に対して妙な動きを見せれば即ズドンッです。

対して丸腰の黒蜥蜴にはなすすべも無いかのように見えますが、妖盗のことです。どんな秘中秘策があるやもしれません。

落ち着きを取り戻した妖盗は拳銃に怯むことなく優雅に笑いました。

切り札の時任少年はまだこちらにあるのです。敵のアキレス腱を握っているゆえの余裕でした。

「お忘れですか?こちらの手の内には時任君が……」

「時任」

久保田探偵が時任少年の名を呼びました。

それを合図に時任少年が力を込めると、バキィッ!と思い切りのいい音を立てて手錠の鎖が引き千切られました。

黒蜥蜴は目を見開きます。

「あのコ、道路標識捻じ切っちゃうくらい握力が強いんだよねぇ」

握力が強い云々のレベルではありませんでしたが、捕らわれのプリンセスから世界一の探偵の強力な助手に早変わりした時任少年は楽しそうに指をバキバキ鳴らして、

「さーて、こっからが本番だよなぁ?久保ちゃん」

「ね。誰が手の内なのかたっぷり教えてもらわないと」

不敵な笑顔の最強コンビに迫られ、さしもの妖盗黒蜥蜴も負けを認めたのでしょう。

「僕は時任君の事を諦めるつもりはありませんよ。近いうちに、また」

捨て台詞を吐くと、ベッドの側面を強く蹴ってひょいっと下に潜り込んでしまいました。

慌てて時任少年がベッドから下を覗きこむと、隠し通路があったらしく、人一人通れるだけの小さな穴が開いています。

時任少年は拍子抜けしたように、

「……けっこーあっさり逃げちまったな」

「そね」

「追う?」

「ほっといていいんじゃない?」

銃を仕舞いながらつかつかと時任少年の方へ歩み寄り、ベッドに片膝を付くとその小さな身体を抱き締めました。

時任少年は耳元で久保田探偵が、長い間呼吸ができなかった人間が漸く一息つけたような深く長い息を吐いたのを聞いて、どれだけ心配をかけたのだろうと思いぎゅっと大きな身体を抱き返しました。

お互い顔も見えず、ただ体温と心音、呼吸音だけで存在を確かめ合います。

やがて久保田探偵はぼそっと呟きました。

「橘、俺に化けて時任のこと攫ったんだって?時任クンは俺と橘の見分けもつかないんだ?お仕置きが必要だよねぇ」

「う…ッ!」

ちゃんと気付いたし!ちょっと遅かったけど……

腕の中で時任少年がボソボソと言い訳をするのを聞いて探偵は苦笑し、でも……と言葉を続けます。

「俺も油断した。お前を守れなかった……」

盗まれたら必ず取り返します。

でも、例え一瞬でも腕の中からこの存在が奪われることは耐えられないのです。

みすみす時任少年を奪われた自分の慢心を責めるように、柔らかな身体を抱く腕に力を込めます。

その力に抗うように時任少年は身を捩って久保田探偵の顔を見上げました。

「守んなくていいっていつも言ってるだろ!俺が久保ちゃんのことをあの変態から守るんだからな!」

守られるだけの存在は嫌だ。

俺は久保ちゃんの助手だから、久保ちゃんのことも守りたい。

「……だから俺のことは、こうやって助けにきてくれれば、いいから」

「……そっか」

久保田探偵が静かに頷いて、時任少年も安心したように目を閉じて静かに身を委ねます。

……が、忘れていたあることを思い出し、

「あーッ!!」

と大きな叫び声を上げました。

ふりふりドレスを未だ着用していることに気付いてしまったのか、と久保田探偵は即座に思いましたが、どうやら違うらしく、

「秘密ッ!聞きそびれたッ!!」

ずっと握り締めていた『暁の緑涙』をずずいっと久保田探偵に差し出します。

「久保ちゃん!コレの秘密分かるか?」

「『暁の緑涙』……?」

「ヒントは光らしーんだけど。何が秘密なんだ?」

秘密、秘密ねぇ……。

独りごちながら、時任少年と同じくエメラルドを光に透かしてみたり鎖を弄ったりと丹念に調べ、その手元をそばで時任少年はじっと見詰めています。

黒蜥蜴に対してはあんなに自分が謎を解く事に固執していましたが、久保田探偵がいる今となっては彼に任せっきりです。

彼の認識では『久保ちゃんの解決は俺の解決』なのです。

久保田探偵は首飾りを裏返し、金の飾り玉の後ろに小さな穴が開いているのを見つけすっと目を細めました。

「飾り玉って透かし彫りになってるのが多いんだよねぇ……これも透かし細工だけど中にもう一つ玉が入ってる。

でも中の玉は金鍍金っぽいし、後から入れたものじゃないかな?」

久保田探偵はそう言うと、

「時任。虫眼鏡貸してくれる?」

にゃんこバックから取り出した少年団特製虫眼鏡を借り、主が逃亡した今も強い光を放ち続ける展示物用ライトに近付いいて虫眼鏡をライトに翳すと、焦点をその小さな穴に合わせます。

そのまま光を当て続け、ほんの数秒後でしょうか。

静かな部屋に鍵が外れるようなカチッという小さな音が響いて、久保田探偵は時任少年に虫眼鏡を返すと飾り玉を真中で捻ります。

それは抵抗もなく回り、くるくる回していくとほどなくして飾り玉はぱかっと二つに割れ、中から……

「『暁』……はコレのことなのかな?」

「すっげぇ……」

それは時任少年が思わず感嘆の言葉を漏らすほど、素晴らしく大きなダイヤモンドでした。

ウズラの卵をもう二回り小さくした程度の大きさでしょうか。

時任少年はこんな大きなダイヤモンドなんて見たこともありません。

宝石には詳しくありませんでしたが、それでも物凄く高価だということがその輝きから見て取れました。

「どーなってんだ!?久保ちゃん!」

「光化学センサーだろうね。ある程度強い光に反応してロックが解除される仕組みになってたんじゃないかなぁ」

「これって大昔のロシアの王様が持ってたヤツなんだろ?そんな昔にこーかがくせんさーなんてあったのか?」

「モノ自体はロマノフ朝のだけど、細工したのは寄贈した大川さんじゃない?

あの人、表ではあんま知られてないけど、所得隠しのプロだったらしいからねぇ。これもその一つなんでしょ」

「こんな手間暇かけて隠すなんて、そのおっちゃん税金払うの相当嫌いだったみたいだな」

「そね」

ダイヤが気に入ったらしく、光に翳してはでっけー!等とはしゃいでいる時任少年の顔を愛しげに見詰め、久保田探偵は、

「ね、このままコレ貰ってっちゃう?こと知ってるのって俺達だけだよ」

「それじゃ探偵じゃなくて泥棒じゃん」

時任少年は久保田探偵を睨みました。

「俺はどっちでもいいんだけどね」

探偵でも怪盗でも。

「時任がお金持ちになって楽したいんならさ、怪盗の方ががっぽり稼げるけど?」

「俺、探偵の久保ちゃんのがいい」

きっぱりと断言して、それから顔を背けると小さな声で、

「探偵してる時の久保ちゃんが一番……カッコイイ」

勿論、俺様の次だけど。

「俺を楽させてーんだったら探偵家業まじめにやれっつーの!」

照れ隠しに顔を赤くして怒鳴る時任少年をはいはいと宥め、しかし内心は、そんなこと言われたら俺一生探偵続けちゃうかもよ?

お前がいてくれるならね、なんて思ってる久保田探偵なのでした。

「まぁいいけどね。コレ全部持ち主に返したら結構な謝礼が貰えそうだし」

宝石だらけの部屋を見回しながら笑みを浮かべる久保田は若干悪人顔です。

「久保ちゃん、正義っぽくない……」

「性分ですから」

「まーな!」

二人笑って、顔を見合わせて。

 

手を繋いで。

 

「帰ろッか」


「おう!」

 

これにて一件落着。

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