時任可愛い
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思わずよろめいて尻餅を着き、そんな自分をふがいないと思う余裕はあった。

頬がじんじんと疼く。

過敏になった皮膚は少し触れるだけで痛みを訴え、掌で押さえると、熱を持っていることが分かった。

少し、血の味がする。

歯で切ったか。

あの大きな掌で加減なくひっぱたかれたのだ。

それなりにダメージはあるだろう。

時任は、視線を上げる。

目の前に立ち塞がる二本の足、腹、胸、自分の掌をじっと凝視する、久保田の顔。

久保田は、突っ立ったまま、無表情で、軽く開いた掌に目を落としていた。

そのまま動かない。

床に倒れ込んだ時任を、見もしない。

そして、一言呟いた。

「痛い」

痛い?ではない。痛い、だ。

つまり問い掛けているワケではなく、自身の現状を言葉にしているだけであるワケで。

(痛い、って……)

痛ぇのは俺の方だろうが寝ぼけたこと言ってんじゃねーよこの大馬鹿野郎!!

口を突いて出そうになった罵詈雑言を無理矢理飲み込む。

いきなり張り倒される覚えのない時任は非常にムカッ腹が立ってきた。

久保田のこの突然の暴力は、身に覚えがない。

久保田は、まだ手を見ている。

時任からは見えないが、その掌は少し赤くなっているだろのだろう。

時任には感じられないが、その掌はじんじんと疼く痺れのような痛みが残っているのだろう。

しかし例え感じられなくてもその殴った掌が痛いことを、時任は知っている。

久保田は、知らなかったのだろう。

時任は勢い良く立ち上がった。

そのまま久保田の胸倉を引っつかむと、思い切り頬をひっぱたいた。

バチンッ!

リビングに音が響く。

左手で力いっぱい叩かれ、久保田の体が傾いだ。

眼鏡がズレる。

頬は、時任に負けないくらい赤く腫れ上がった。

「俺も痛ぇよ、ばぁぁかッ!!」

そう言って、少し赤くなった掌を突き出す。

久保田はやっと時任の目を見た。

突き出された掌を、時任を殴った掌でそっと撫でる。

低く、呟くように、

「たまに、どうしたらいいか分からなくなる」

何が?

きっと、何もかもが。

敢えてきっぱりと時任は言った。

「分からなくなったら、口で言え!ちゃんと、言葉で」

しかし、言葉だけでは伝わらないことがあるということを、時任は知っている。










全く、躾も楽じゃない。

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時任の頬を思い切りひっぱたきたくなった。
やや小振りな顔の、あの白い頬に思い切り手の平を打ち付けたら。
拳で殴るのとは違う、手の平に満遍なく伝わる衝撃と水を叩くような感触。
黒い髪が乱れて、ぐらりと揺れる体躯。
頬は真っ赤に腫れ上がって、目元も赤くなって、可愛いかもしれない。
切れた唇は、舐めたら痛がるかな。
泣きはしないだろうけど、凄い目で睨まれるだろうね。
もし泣いたら、それはそれでかなり可愛いだろうけど。
そしてきっと、俺の手はじんじんと熱く疼き続けるんだろう。
多分痛い。
多分、興奮する。

(そういえば痛め付けられる時の時任を、その目を、俺は見たことがないのだ)

怪我ばっかりする癖に。
俺が目にするのは、俺以外の何かに付けられた傷を絆創膏や包帯で覆って、傷付けられる前と何一つ変わらない強さで笑う姿だけ。
あるのは結果。
足りないのは過程。
そして、俺という原因。

(俺の知らない時任がいるという飢餓感)

(それが満たされる昂揚感)

多分俺は、傷付く時任が、それ程嫌なワケではない。

(強いお前が、どんなに打ちのめされても)

(それでも立ち上がる姿はかなり魅力的)

(世界一ね)

お前が傷付かなければ、なんてどの口が言うんだろう、ホント。
俺が傷付ける時には、例えどんなにズタズタにしても(最期には)ごめんねの一言で済ます自覚が俺にはある。
結局、

(結局)

俺以外に傷付けられる姿が見たくない。
ただそれだけの意味。

(つまり?)

過剰な独占欲と、どんな時任も好きだというありふれた恋心。

(どんな風になっても可愛いお前も)

(どんな風になってもお前が好きな俺も)

(困り者だね)

「久保ちゃん、何考え込んでんだよ」
隣で漫画を読んでいた時任はそう言って、こちらに身を乗り出した。
構われたくなったのか、俺が持っていた麻雀雑誌を取り上げ、ぐいと顔を覗き込んでくる。
先ず惹かれるのは猫目。
次に首。
そして、これみよがしに晒された(これみよがしに、なんて勝手な錯覚)頬。
ここぞとばかりに手を伸ばす。
温かな頬に触れる。
撫でた感触は、嫌になるくらい気持ちいい。

















「時任が好きだなぁって、考えてただけ」

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久保田は拍子抜けした。
今日は24日。
サンタとケーキ屋が最も忙しい日だ。
イルミネーションが煌めき、商戦は燃え、皆がプレゼントで頭を一杯にする季節の、正に決戦日。
町もテレビもこの日に向けて一ヶ月前からクリスマス仕様だった。
意識せずにはいられないくらい、強迫的に。
だから、久保田は思っていたのだ。
時任は、ケーキをねだり、ファミレスに行きたがり、プレゼントを期待するだろうと。
時任を拾ってから初めて迎えるクリスマス。
一ヶ月前まで、時任はクリスマスの意味を知らなかった。
11月、急に浮かれ始めた町並みを見て、時任は「何でだ?」と久保田に問うた。
「クリスマスだからっしょ」という答えに、時任は「くりすます?」と更に訝しげな顔をした。
「クリスマスはケーキ食ってご馳走食ってサンタとか家族とか恋人にプレゼント貰う日だよ」
そのおおざっぱな説明で時任は全てを納得したワケではないようだったが、メディアその他からの情報で、今日までにクリスマスについてのそこそこの知識は得られたようだった。
だから、時任は初めてのクリスマスをやりたがるだろうと、久保田は思っていたのだ。
たまにはファミレス以外に連れて行ってやろうと、イタリアンとフレンチで悩みながら近場で美味いメシ屋を探した。
ケーキも探した。
横浜にケーキ屋は多い。選択肢は多く、時任はチョコケーキか、ブッシュドノエルか、そんなくだらないことが思いの外難問だった。
プレゼントだって、何をねだられても買う気でいた。
下準備は万全だったのだ。
後は時任のおねだりだけ。
しかし時任は、それから今日まで、クリスマスのクの字も口に出さなかった。
クリスマスセールのチラシにも、クリスマスケーキのポスターにも、クリスマスの特番にもまるで興味がないようだった。
それでも久保田は、時任の口からおねだりの言葉が出るのを待っていたが、日は経ち、時は過ぎ、クリスマスイヴの今日になっても、何の変化もなかった。
時任は朝からずっとゲームに没頭している。
意味もなく深夜まで起きてずっとその後ろ姿を眺めていたが、時任はゲームに夢中で久保田に見向きもしない。
妙な淋しさが胸に広がるのを感じる。
先に一人、寝室の冷たいベッドに横たわり、目を閉じた。
毎年、クリスマスも正月も意識しない生活を送っていたのに。
アイツがいるだけで、商戦にも躍らされる。
浮かれていたのは俺の方なのかもしれない、などと反省めいたことを考えつつ、眠りの底に沈んだ。
クリスマスの朝。
目が覚めて、久保田は驚愕した。
セッタが枕の周辺に堆く積み上げられていたからだ。
何が起きたのかは理解し難かったが、誰がしたのかは明白だった。
足元で丸くなり、毛布を頭まで被って眠る時任を軽く揺さ振る。
軽くでは目が覚める気配がなかったので、割と強く揺さ振ると、漸く猫目がうっすら開いた。
「おはよ。これ、お前の仕業?」
「知らね」
ふぁあと欠伸をし、完全に寝ぼけた声で時任は返事を返す。
「……サンタでも来たんじゃねぇの。有り難く貰っとけよ」
それだけ言ってつれなく寝返りを打ち、また眠りの世界に戻ってしまった。
しかしその耳はうっすら赤く、照れ隠しなのは明白で。
時任も、クリスマスを楽しみにしていたのだ。
久保田が思っていたのとは違う形で。
久保田はサンタのプレゼントを一箱手に取り、手慣れた仕種でパッケージを開け、一本火を付ける。
肺に吸い込んだ煙は格別美味くて、吐き出すのが勿体ないとすら思えた。
今日、ケーキを買って、上手い飯を食いに行こう。
時任はケーキより焼鳥が良いと言うかもしれないけれど。
プレゼントはゲームソフトで良いだろうか。
俗っぽいけどどこか擽ったい定番のクリスマスってヤツを、時任にも味わわせてやりたいと、久保田は強く思った。
こんな些細な事で人は幸せになれるのだと、いつも思い知らせるこの猫に。



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見えない、ということの意味は大きい。
視覚に頼る人間にとっては特に。
視覚情報を補う為に否でも応でも好奇心とイマジネーションを刺激される。
右手を皮手袋で覆い隠し、視線の干渉を遮断している時任は、その秘密でどれほどの人間の興味を引いているのだろう。
些か妬けるね。
「久保、ちゃんッ」
そして今、目隠しをされて視覚の全てを奪われた時任は、見えない世界をどう補っているのだろう。
補われた世界は、俺は、どんな形をしているのだろう。
ワイシャツの上から乳首を舐める。
「うわッ!」
唾液に濡れた布が透けて、色が透けて見える。
その様がイヤらしいのに可愛くて、布越しに音を立てて吸った。
「……ヤッ!」
時任が嫌々をするように小さく頭を振る。
見えないからか、いつもより緊張で身体が強張っているような気がする。でも、いつもより興奮してるでしょ?
「久保ちゃん、目、外せ!手もッ!」
不自由な身体を捻って、手の戒めを解こうとする。
でもネクタイって意外と縛るのに向いてるんだよね。
簡単には解けないよ。
耳を食むと、小さく声を上げて首をすくませた。
布越しに指で乳首を弄りながら首や鎖骨を舐めたり吸ったりする度に、細い身体はビクビクと震える。
若いよねぇ。やっぱり。
股間を軽く掴むと、焦ったように声を上げた。
「制服、汚れんだろッ!」
「お前、ここどこだと思ってんの」
ここクリーニング屋よ?どんなに汚したって綺麗にしてあげるから。
やわやわと揉みしだくと、直に触れなくても硬さと熱が伝わってくる。
物足りなさを感じていることも。
「……なんでッ」
「ん?」
「なんで、こんな、縛ったり……」
「最近、帰りが遅いから」
「はぁ?」
「俺がいなくても楽しいんだろうなーって」
それは悪いことじゃあない。
俺はいつでもお前が楽しいことを望んでる。
でもね、お隣りさんと仲良くしてるお前を見て、何も思わないワケでもないんだよ?
「だから俺とも、楽しいことしようよ」
時任の顔は真っ赤だ。
目元が見えなくてもお前の気持ちなんて、それだけで明白で。
どんなに隠しても、見えなくても、俺の想いも、お前の想いも伝わってしまう。
「久保ちゃん、30になってオヤジっぽくなった!!」
「そういう時任君は若いんだから、オヤジに体力負けしないようにね」
ううッと唸った唇に軽くキスをして、見えない世界の中で俺だけを感じている時任をゆっくりと快楽の海に落としていった。

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「時任ぉお!!好きだぁあああ!!!」
熱い叫びが迸しる。
俺の友人は道ならぬ恋をしている。
相手は男で、しかも恋人(の疑いが極めて濃厚な)もいる。
それでも彼は、
「好きっだぁあああ!!」
らしい。
「……屋上から叫ばないで、本人に言ったらどうっすか」
「言えねぇから叫んでるんだろうがッ!!」
照れ隠しか、真っ赤になって怒鳴る。
「今更言えっかよ!クソ恥ずかしい」
屋上から叫ぶ方が恥ずかしいと思うのは俺だけだろうか。
煙草混じりの息を吐き出す。
今の叫びは不特定多数の耳に届いただろう。
以前は仇敵である時任が好きだと中々認めず、俺達にも言おうとしなかった。
今では屋上から叫ぶくらいオープンになっている。
それでも、本人には中々素直になれず不器用な振る舞いをしては殴られる様子を一番近くで見ているのは俺達である為、この恋に協力するのも厭わないと思うまでになった。
俺達ってロミオとジュリエットみたいだよな、と、真顔で相談してくる友人が面白いからというのもある。

「公開告白?熱いなぁ大塚君」

背後から冷ややかな声を浴びせられ、一斉に振り返る。
そこには何の音も気配もなしに(ドアの開閉の音すらも!)執行部のもう一人の仇敵が姿を現していた。
「く、久保田!」
「部室にまで聞こえてきたよ」
久保田に聞こえたということは、時任にも……
「時任は寝てたけど」
大塚が目に見えて肩を落とした。
あわよくばあの愛の叫びが届いていれば、と思っていたらしい。
本当に不器用だ。
だからこそ応援したくなるのだが。

本当に?

久保田と目が合った。
思わず身が竦んだ俺の、くわえ煙草に視線が移る。
バキィ!
派手に殴り飛ばされたのは、煙草を吸っていない大塚だった。
「な、何しやがる!」
連帯責任だとか白々しい屁理屈を尤もらしく述べるだろうと思っていた。
「校務じゃないよ」
しかし久保田は何もごまかさなかった。
「ただの暴力」
俺と笹原も当然のように殴られる。

(久保田の何でもないような表情の中の瞳に見え隠れする殺意が段々と露骨なものになってきてそれはまさに命懸けであることを強く覚悟させるのだった!)

(そして久保田は俺にも気付いている)

そんなさなか、屋上の扉が音を立てて開く。
「久保ちゃん、こんなトコに居たのかよ」
ふぁあと欠伸をしながら時任が入って来た。



その寝ぼけた表情が



世界一可愛く思えるなんて



誰にも言えねぇ!!!

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