時任可愛い
久保田は拍子抜けした。
今日は24日。
サンタとケーキ屋が最も忙しい日だ。
イルミネーションが煌めき、商戦は燃え、皆がプレゼントで頭を一杯にする季節の、正に決戦日。
町もテレビもこの日に向けて一ヶ月前からクリスマス仕様だった。
意識せずにはいられないくらい、強迫的に。
だから、久保田は思っていたのだ。
時任は、ケーキをねだり、ファミレスに行きたがり、プレゼントを期待するだろうと。
時任を拾ってから初めて迎えるクリスマス。
一ヶ月前まで、時任はクリスマスの意味を知らなかった。
11月、急に浮かれ始めた町並みを見て、時任は「何でだ?」と久保田に問うた。
「クリスマスだからっしょ」という答えに、時任は「くりすます?」と更に訝しげな顔をした。
「クリスマスはケーキ食ってご馳走食ってサンタとか家族とか恋人にプレゼント貰う日だよ」
そのおおざっぱな説明で時任は全てを納得したワケではないようだったが、メディアその他からの情報で、今日までにクリスマスについてのそこそこの知識は得られたようだった。
だから、時任は初めてのクリスマスをやりたがるだろうと、久保田は思っていたのだ。
たまにはファミレス以外に連れて行ってやろうと、イタリアンとフレンチで悩みながら近場で美味いメシ屋を探した。
ケーキも探した。
横浜にケーキ屋は多い。選択肢は多く、時任はチョコケーキか、ブッシュドノエルか、そんなくだらないことが思いの外難問だった。
プレゼントだって、何をねだられても買う気でいた。
下準備は万全だったのだ。
後は時任のおねだりだけ。
しかし時任は、それから今日まで、クリスマスのクの字も口に出さなかった。
クリスマスセールのチラシにも、クリスマスケーキのポスターにも、クリスマスの特番にもまるで興味がないようだった。
それでも久保田は、時任の口からおねだりの言葉が出るのを待っていたが、日は経ち、時は過ぎ、クリスマスイヴの今日になっても、何の変化もなかった。
時任は朝からずっとゲームに没頭している。
意味もなく深夜まで起きてずっとその後ろ姿を眺めていたが、時任はゲームに夢中で久保田に見向きもしない。
妙な淋しさが胸に広がるのを感じる。
先に一人、寝室の冷たいベッドに横たわり、目を閉じた。
毎年、クリスマスも正月も意識しない生活を送っていたのに。
アイツがいるだけで、商戦にも躍らされる。
浮かれていたのは俺の方なのかもしれない、などと反省めいたことを考えつつ、眠りの底に沈んだ。
クリスマスの朝。
目が覚めて、久保田は驚愕した。
セッタが枕の周辺に堆く積み上げられていたからだ。
何が起きたのかは理解し難かったが、誰がしたのかは明白だった。
足元で丸くなり、毛布を頭まで被って眠る時任を軽く揺さ振る。
軽くでは目が覚める気配がなかったので、割と強く揺さ振ると、漸く猫目がうっすら開いた。
「おはよ。これ、お前の仕業?」
「知らね」
ふぁあと欠伸をし、完全に寝ぼけた声で時任は返事を返す。
「……サンタでも来たんじゃねぇの。有り難く貰っとけよ」
それだけ言ってつれなく寝返りを打ち、また眠りの世界に戻ってしまった。
しかしその耳はうっすら赤く、照れ隠しなのは明白で。
時任も、クリスマスを楽しみにしていたのだ。
久保田が思っていたのとは違う形で。
久保田はサンタのプレゼントを一箱手に取り、手慣れた仕種でパッケージを開け、一本火を付ける。
肺に吸い込んだ煙は格別美味くて、吐き出すのが勿体ないとすら思えた。
今日、ケーキを買って、上手い飯を食いに行こう。
時任はケーキより焼鳥が良いと言うかもしれないけれど。
プレゼントはゲームソフトで良いだろうか。
俗っぽいけどどこか擽ったい定番のクリスマスってヤツを、時任にも味わわせてやりたいと、久保田は強く思った。
こんな些細な事で人は幸せになれるのだと、いつも思い知らせるこの猫に。

今日は24日。
サンタとケーキ屋が最も忙しい日だ。
イルミネーションが煌めき、商戦は燃え、皆がプレゼントで頭を一杯にする季節の、正に決戦日。
町もテレビもこの日に向けて一ヶ月前からクリスマス仕様だった。
意識せずにはいられないくらい、強迫的に。
だから、久保田は思っていたのだ。
時任は、ケーキをねだり、ファミレスに行きたがり、プレゼントを期待するだろうと。
時任を拾ってから初めて迎えるクリスマス。
一ヶ月前まで、時任はクリスマスの意味を知らなかった。
11月、急に浮かれ始めた町並みを見て、時任は「何でだ?」と久保田に問うた。
「クリスマスだからっしょ」という答えに、時任は「くりすます?」と更に訝しげな顔をした。
「クリスマスはケーキ食ってご馳走食ってサンタとか家族とか恋人にプレゼント貰う日だよ」
そのおおざっぱな説明で時任は全てを納得したワケではないようだったが、メディアその他からの情報で、今日までにクリスマスについてのそこそこの知識は得られたようだった。
だから、時任は初めてのクリスマスをやりたがるだろうと、久保田は思っていたのだ。
たまにはファミレス以外に連れて行ってやろうと、イタリアンとフレンチで悩みながら近場で美味いメシ屋を探した。
ケーキも探した。
横浜にケーキ屋は多い。選択肢は多く、時任はチョコケーキか、ブッシュドノエルか、そんなくだらないことが思いの外難問だった。
プレゼントだって、何をねだられても買う気でいた。
下準備は万全だったのだ。
後は時任のおねだりだけ。
しかし時任は、それから今日まで、クリスマスのクの字も口に出さなかった。
クリスマスセールのチラシにも、クリスマスケーキのポスターにも、クリスマスの特番にもまるで興味がないようだった。
それでも久保田は、時任の口からおねだりの言葉が出るのを待っていたが、日は経ち、時は過ぎ、クリスマスイヴの今日になっても、何の変化もなかった。
時任は朝からずっとゲームに没頭している。
意味もなく深夜まで起きてずっとその後ろ姿を眺めていたが、時任はゲームに夢中で久保田に見向きもしない。
妙な淋しさが胸に広がるのを感じる。
先に一人、寝室の冷たいベッドに横たわり、目を閉じた。
毎年、クリスマスも正月も意識しない生活を送っていたのに。
アイツがいるだけで、商戦にも躍らされる。
浮かれていたのは俺の方なのかもしれない、などと反省めいたことを考えつつ、眠りの底に沈んだ。
クリスマスの朝。
目が覚めて、久保田は驚愕した。
セッタが枕の周辺に堆く積み上げられていたからだ。
何が起きたのかは理解し難かったが、誰がしたのかは明白だった。
足元で丸くなり、毛布を頭まで被って眠る時任を軽く揺さ振る。
軽くでは目が覚める気配がなかったので、割と強く揺さ振ると、漸く猫目がうっすら開いた。
「おはよ。これ、お前の仕業?」
「知らね」
ふぁあと欠伸をし、完全に寝ぼけた声で時任は返事を返す。
「……サンタでも来たんじゃねぇの。有り難く貰っとけよ」
それだけ言ってつれなく寝返りを打ち、また眠りの世界に戻ってしまった。
しかしその耳はうっすら赤く、照れ隠しなのは明白で。
時任も、クリスマスを楽しみにしていたのだ。
久保田が思っていたのとは違う形で。
久保田はサンタのプレゼントを一箱手に取り、手慣れた仕種でパッケージを開け、一本火を付ける。
肺に吸い込んだ煙は格別美味くて、吐き出すのが勿体ないとすら思えた。
今日、ケーキを買って、上手い飯を食いに行こう。
時任はケーキより焼鳥が良いと言うかもしれないけれど。
プレゼントはゲームソフトで良いだろうか。
俗っぽいけどどこか擽ったい定番のクリスマスってヤツを、時任にも味わわせてやりたいと、久保田は強く思った。
こんな些細な事で人は幸せになれるのだと、いつも思い知らせるこの猫に。
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