たりいなぁ……
一人で吸う煙草は味気ない。
笹原も石橋も単位がヤバイとかで、校舎裏に居るのは俺一人だ。
タルい上につまらない。金もない。
カツアゲのプランでも立てようかとか考えていたら、前方からすげぇ速さですげぇ形相した女が走って来るのが見えた。
……なんでセーラー服着てるんだ?
段々近付いてくるにつれはっきりと見えてきた顔は、美少女という言葉がすぐに浮かんでくるような風貌だったが、勝ち気な猫目といい眉間の皴といい、何となくいけ好かない。
っていうか時任にそっくりじゃね?あの女。
右手に手袋してるトコまで同じじゃねぇか。
時任似の女は俺と目が合うと、そしてくわえている煙草に気付くと、
「校務発見ッ!!」
そのままの速度で突っ込んできた。
「うぉッ!!」
次いで繰り出されたパンチを慌てて避ける。
そいつはこっちを睨みながら身構えていて、今にも間合いを詰めて殴りかかって来そうだった。
顔だけじゃなくて行動パターンも同じかよ!!
「正義の拳を避けんじゃねーよ!!」
「避けるに決まってんだろーが!!」
この居丈高な感じといい、これで男ならマジで時任だな。
けど、どんなに時任に似てたって女殴るのは流石に躊躇われる。
「誰だよお前ッ!?時任の従姉妹かなんかか!?」
「どう見ても時任様だろ!!」
「いやどう見ても女だろお前!!」
踏ん反り返って言われた言葉は耳を疑うようなモノで、ついでに目の前の女の正気も疑う。
確かに似てるけどよ……
女装には見えない。骨格から背丈から声の高さから違う。
しかしふとした表情まで時任そのもので、見れば見る程、時任本人であるように思えてきた。
……マジで!?
衝撃に固まる俺に構わず、
「天誅ッ!!」
いきなり回し蹴り食らわそうとしてくる。
だが、リーチが何時もより短いせいか間合いが掴めていない。
難無く避けた俺に舌打ちして、畳み掛けるように上段蹴りを繰り出してくる。
足が高く上がり、当然スカートの中が丸見えになった。
「おま、ちょ、見えてっぞッ!!」
思わず怒鳴る。
なんで女モン履いてんだよ!!いや今は女だけど!!
アイツは一瞬キョトンとした後、跳んで後ずさり、ばっとスカートの裾を押さえた。
「何見てんだよエッチ!!」
真っ赤になって睨まれ、何故か俺の顔も赤くなる。
「お前が見せてんだろーが!!」
顔が熱い。
クソッ!!なんで時任相手に!!
アイツがあんな初々しい反応するからこっちまで!!
「見せてねーよ馬鹿ッ!!」
今度は拳を振りかざして殴りかかってくる時任。
けどやっぱり、骨格から違うせいか拳に何時もの威力はねぇし避けるのも容易い。
が、避け続けても埒があかず、殴るのも躊躇われて、仕方なく羽交い締めにして動きを止めることにした。
暴れまくる時任を後ろから無理矢理押さえ込もうとして……
むにっ
思い切りわし掴んでしまった。
柔らかい何かを。
いやコレはアレだよなアレ!!
思ったよりも結構……!!
「~~~~~ッ!!」
「いってぇっ!!」
声にならない悲鳴を上げ、思い切り俺の足を踏んだ時任は腕の拘束が緩んだ隙に俺を突き飛ばした。
よろめきながら俺をきっと睨み、
「触んな馬鹿ぁッ!!」
ズキューン
な、なんか変な音がしたぞ胸の奥から!!オイ!!
正気に返れ俺の心臓!!相手は時任だぞ!!
けど、耳まで赤く染め目尻に涙まで浮かべた顔を見てたら、心臓どころか別の部分まで反応してしまいそうだった。
「大塚く~ん?ウチの猫と何遊んでるのかなぁ?」
熱くなった身体を一瞬で氷点下にまで冷やす声が背後から聞こえた。
物凄く、物凄く見たくなかったが、ゆっくりと首を回し振り向くとそこには案の定久保田が立っていた。
い、いつから!?ってか見られたのかアレを!!?
冷や汗が吹き出し額を流れていく。
時任は久保田に気付くと眉を吊り上げ食ってかかった。
「久保ちゃんのせいだぞ!!てめーが子作りとか妙なこと吐かしやがるから俺は大塚に見られたり揉まれたり……!!」
こ、子作りぃ!?っつか余計なこと言うな時任!!
「へぇ……見られたり、揉まれたり、ねぇ?」
久保田が眼鏡越しに俺を見た。
こ、凍る!!凍え死ぬ!!
別段何時もと変わらないような顔付きなのに、背筋を這う悪寒が止まらない。
ふいっと久保田は俺から視線を外すと、
「ごめんね?」
時任に歩み寄って後ろから優しく抱きしめた。
「どこ揉まれたの?」
「そ、そんなん言わなくても……わかんだろ?」
「そーだね」
柔らかく笑って久保田は……時任の胸を鷲掴んだ。
「ふぎゃああッ!!」
「んー」
猫みたいな悲鳴を上げる時任に構わず、躊躇いのない手つきで胸を揉みしだく久保田。
「思ったよりはあるなぁってブラ付けたげた時思ったけど、頑張ればもっとおっきくなると思うんだよねぇ」
卑猥な指の動きが時任を翻弄し、暴れるだけだった身体が徐々に大人しくなっていく。
息の上がった時任の耳元に顔を寄せ、
「だから早くウチに帰って……ね?」
低い声で甘く囁いた。
「……ざ、けん…なぁぁぁあああッ!!」
骨抜きにされたかのように見えた時任の、渾身のエルボーが久保田の眼鏡を叩き割った。
バリーンッ!!
校舎裏にガラスの割れる高い音が響く。
め、眼鏡が割れたぁぁぁってか割りやがったぁぁぁッ!!
動きの止まった久保田の腕からするりと抜け出ると、
「久保ちゃんのアホ馬鹿エローッ!!」
捨て台詞を吐きながら、時任は勢い良く駆け出しいずこへと走り去っていった。
「……」
残された久保田は、冷静に割れた眼鏡を顔から外すと、
「流石にもう替えの眼鏡はないなぁ」
頭をかきながら、特に焦った様子もなくのんびり時任を追おうとして、
「おっと、忘れるトコだった」
ついでのように、呆然と立っていた俺を容赦なく蹴り倒しきっちりトドメまで刺していった。
「ぐぉ……ッ!!」
薄れゆく意識の中、脳裏を過ぎったのはあの感触だった……
……柔らかかったなぁ……