時任可愛い
コンビを組んでいる葛西刑事は、たまにふらりと姿を消してしまう。
殆どの場合行き先は雀荘と決まっているが、麻雀中は携帯を切っているせいで、こうして探す羽目になる。
今日もそうして梯子した何軒目かの雀荘の前に、見知った人影が見えた。
「時任君!」
「あれ、新木さんじゃん」
雀荘の前でしゃがみ込んでいた時任君は、名前を呼ぶと顔を上げ、駆け寄ってきた。
「何やってんの?」
「葛西さんを探してて……って時任君は?」
「久保ちゃん待ってんの」
そう言いながら、待っていた時の、不機嫌そうな表情に戻る。
「飯外で食いたいからさー迎えに来たんだけど、久保ちゃんに、あんま中に入ってくんなって言われてるからさ」
麻雀中は携帯も通じねぇしよーと、中に入れないことが不満なのだろう、ふて腐れたように爪先で地面を蹴りつけた。
同じように振り回されている時任君に親近感を覚えつつも、俺はあることに気付いていた。
久保田君が中に入るなと言ったのは、時任君が恐らく思っているように、麻雀の邪魔になるから、というワケではないのだろう。
雀荘は、お世辞にも環境が良いとは言えない。
そんな環境に時任君を入れたくないんじゃないだろうか。
大事にされてるんだと思ったら、なんだか微笑ましくて笑ってしまった。
「なんだよッ!」
破顔した俺に、時任君は膨れっ面になってしまった。
慌てて謝る。
「ああ、ゴメンゴメン。中に葛西さんも居るかな?」
「おっちゃんは知らねー」
「そっか。じゃあ……」
入って、確かめようとしたら、何故かぐいっと腕を引かれた。
「アイス食おーぜ、アイス」
「ちょ、時任君!」
「久保ちゃんもおっちゃんも暫く来ねーよ」
ぐいぐい引っ張る腕を振り払えなくて、ねだられるままコンビニでアイスを買い、公園のブランコに座ってしまう。
仕事中なんだけどなぁ……
まぁ、葛西さんもサボり中だしたまにはいいか、なんて思いながらアイスを頬張る。
隣の時任君は、チョコのソフトクリームを一生懸命チビチビ舐めていた。
どうやら、冷たくてかじれないらしい。
可愛い。
和やかな気分になる。
「一口いる?」
「さんきゅッ!!」
さっきまでの不機嫌さは何処へやら、満面の笑みだ。
でも、俺は知っている。
彼の皮手袋の下は毛むくじゃらの獣の手で、彼の中には過去もなくて、記憶も、家族も、戸籍もない。
普通の人が最低限持っているものさえ満足にない。
こんな屈託なく笑えるような境遇ではないのだ。俺は感傷的になってしまい、思わず時任君を見つめたが、当の本人はソフトクリームに夢中で俺の様子には気付かない。
その時、時任君の携帯がぶるぶると震えた。
「久保ちゃんだ!」
勢い良く立ち上がって走り出そうとした彼の服の裾がブランコの鎖に引っ掻かって、大きくつんのめる。
「うぉッ!」
「わッ!」
抱き留めた身体は男にしては華奢で、肩は細かった。
この逞しいとは言えない身体で、彼は重くしんどい運命を背負ってる。
そう思うと、なんだか守ってあげなければならない気がして、たまらなくなって、つい腕に力が入りぎゅううッと抱きしめてしまった。
「新木さん?」
「わ、ゴメンゴメン!」慌てて手を離すと、キョトンとした顔をしてこちらを見上げていた。
彼のそういう顔は酷くあどけなくて、また、強く、守ってあげなければ、そう思う。
「俺、もう行くけど」
「あ、あー……俺はまだここにいるよ」
「そっか。おっちゃん居たら新木さん公園に居るって行っとくな!」
「うん。頼むよ」
駆け出した彼は、振り返ることなく目的の人物の元へ、駆けて行く。
俺はその背中をただ見送った。
そして、溶けかけたソフトクリームを胃の中に収めてしまう。
ブランコから見上げた空は高く青い。
「~~よしッ!!」
なんだか急に仕事がしたくなった。
ブランコから勢い良く立ち上がる。
泥まみれになって、身体を動かして、市民を守る為に働かなければ。
刑事で良かった。
守るのが俺の仕事だ。
けれでもそれは、俺の、ただの独りよがりな思いでしかないのだ。
殆どの場合行き先は雀荘と決まっているが、麻雀中は携帯を切っているせいで、こうして探す羽目になる。
今日もそうして梯子した何軒目かの雀荘の前に、見知った人影が見えた。
「時任君!」
「あれ、新木さんじゃん」
雀荘の前でしゃがみ込んでいた時任君は、名前を呼ぶと顔を上げ、駆け寄ってきた。
「何やってんの?」
「葛西さんを探してて……って時任君は?」
「久保ちゃん待ってんの」
そう言いながら、待っていた時の、不機嫌そうな表情に戻る。
「飯外で食いたいからさー迎えに来たんだけど、久保ちゃんに、あんま中に入ってくんなって言われてるからさ」
麻雀中は携帯も通じねぇしよーと、中に入れないことが不満なのだろう、ふて腐れたように爪先で地面を蹴りつけた。
同じように振り回されている時任君に親近感を覚えつつも、俺はあることに気付いていた。
久保田君が中に入るなと言ったのは、時任君が恐らく思っているように、麻雀の邪魔になるから、というワケではないのだろう。
雀荘は、お世辞にも環境が良いとは言えない。
そんな環境に時任君を入れたくないんじゃないだろうか。
大事にされてるんだと思ったら、なんだか微笑ましくて笑ってしまった。
「なんだよッ!」
破顔した俺に、時任君は膨れっ面になってしまった。
慌てて謝る。
「ああ、ゴメンゴメン。中に葛西さんも居るかな?」
「おっちゃんは知らねー」
「そっか。じゃあ……」
入って、確かめようとしたら、何故かぐいっと腕を引かれた。
「アイス食おーぜ、アイス」
「ちょ、時任君!」
「久保ちゃんもおっちゃんも暫く来ねーよ」
ぐいぐい引っ張る腕を振り払えなくて、ねだられるままコンビニでアイスを買い、公園のブランコに座ってしまう。
仕事中なんだけどなぁ……
まぁ、葛西さんもサボり中だしたまにはいいか、なんて思いながらアイスを頬張る。
隣の時任君は、チョコのソフトクリームを一生懸命チビチビ舐めていた。
どうやら、冷たくてかじれないらしい。
可愛い。
和やかな気分になる。
「一口いる?」
「さんきゅッ!!」
さっきまでの不機嫌さは何処へやら、満面の笑みだ。
でも、俺は知っている。
彼の皮手袋の下は毛むくじゃらの獣の手で、彼の中には過去もなくて、記憶も、家族も、戸籍もない。
普通の人が最低限持っているものさえ満足にない。
こんな屈託なく笑えるような境遇ではないのだ。俺は感傷的になってしまい、思わず時任君を見つめたが、当の本人はソフトクリームに夢中で俺の様子には気付かない。
その時、時任君の携帯がぶるぶると震えた。
「久保ちゃんだ!」
勢い良く立ち上がって走り出そうとした彼の服の裾がブランコの鎖に引っ掻かって、大きくつんのめる。
「うぉッ!」
「わッ!」
抱き留めた身体は男にしては華奢で、肩は細かった。
この逞しいとは言えない身体で、彼は重くしんどい運命を背負ってる。
そう思うと、なんだか守ってあげなければならない気がして、たまらなくなって、つい腕に力が入りぎゅううッと抱きしめてしまった。
「新木さん?」
「わ、ゴメンゴメン!」慌てて手を離すと、キョトンとした顔をしてこちらを見上げていた。
彼のそういう顔は酷くあどけなくて、また、強く、守ってあげなければ、そう思う。
「俺、もう行くけど」
「あ、あー……俺はまだここにいるよ」
「そっか。おっちゃん居たら新木さん公園に居るって行っとくな!」
「うん。頼むよ」
駆け出した彼は、振り返ることなく目的の人物の元へ、駆けて行く。
俺はその背中をただ見送った。
そして、溶けかけたソフトクリームを胃の中に収めてしまう。
ブランコから見上げた空は高く青い。
「~~よしッ!!」
なんだか急に仕事がしたくなった。
ブランコから勢い良く立ち上がる。
泥まみれになって、身体を動かして、市民を守る為に働かなければ。
刑事で良かった。
守るのが俺の仕事だ。
けれでもそれは、俺の、ただの独りよがりな思いでしかないのだ。
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