善し悪しの問題ではないのだろう。
葛西は目の前に並ぶ背中を何とはなしに見ていた。
ふらりと訪ねてきた葛西に振る舞う為の料理を甥っ子とその同居人がせっせと作っている。
最も、葛西が訪ねてきた時には既に料理の最中だったから、自分達のついでに葛西の分もと言った方が正しい。
久保田と時任が二人で料理をする姿を見るのは初めてだったが、時折こんな風に狭い台所で肩を並べているのだろうかと、葛西はそんな事を思った。
この二人は此方が呆れる程に仲が良い。
一見して背格好も受ける印象も全く違う、正反対と言ってもいいような二人が何故こうも仲が良いのか。
時任は真剣にジャガイモの皮を剥いている。
その危なっかしい手つきを気に掛け、チラチラと視線をやる久保田の横顔が時折見える。
甥っ子は彼に対してだけ過保護で心配症だ。
仲が良いのは良いことだ。
二人の境遇を考えれば尚更。
だが、久保田が、以前には見せたことのないような目で彼を見るその眼差しに、安堵と不安が同時に襲ってくるのも事実だった。
甥っ子は望むモノを得て、満足しているように見える。
たった一人の存在だけで。
たった、一人。
しかしそれ故に、そのたった一人を失いそうになった時、喪った時、甥っ子がどうなるのか考えたくもなかった。
時任の包丁が大きく滑った。
ビクリと細い背中が揺れる。
あぶねー!!という叫びと、あ。という呟きが同時に聞こえた。
体の隙間からチラリと赤く光る指先が見える。
どうやら、指を切りそうになった時任の様子に気を取られた久保田の方が指を切ってしまったようだった。
葛西が何かリアクションをする前に、久保田の手を掴んだ時任はその血の滲む指をパクリとくわえた。
ごく、自然に。
生温かい口内で、舌が血を拭い傷を舐め上げているのだろう。
葛西は何故か、ギクリとした。
久保田は動じた様子もなく、時任の行動を当然のものであるかのように見ている。
消毒液や薬などといった現実的なモノは、二人の間には見当たらない。
自分の傷を自分で舐めて治す、そんな発想すらもきっとない。
彼らは互いの傷を舐め合って、そうやって痛みを甘さに変えて二人だけで生きている。
そんなことを思わせる光景だった。
葛西はこの部屋に居ることが急に居心地悪く感じた。
居心地の悪さは息苦しさとなって、喉や胸部を圧迫する。
窒息するかのような閉塞感だった。