時任可愛い
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朝目覚めると、知らない男と裸で寝ていた。
余りに受け入れがたい現実に直面すると、人はかえって冷静になれるものらしい。
先ず自分の状態を確認する。
裸だ。
どうしようもなく裸だ。
素っ裸で毛布に包まっている。
……俺には裸で寝る習慣なんてねぇんだけど。
次に、隣で呑気に寝息を立ててる男に目をやる。
裸だ。
もうどうしようもなく裸だ。
何故か二人で一つの毛布を共有している。
有り得ない。
眠る男をよくよく見れば、鬱陶しい前髪の隙間から覗く顔立ちは意外と端整だったがそんなモンなんの慰めにもならなかった。
誰がどう見ても、俺がどう見ても、この男が起きたら後はモーニング珈琲でも飲むしかないだろうってな状況だった。
ありえねぇ。
昨日の記憶ねーぞマジで。誰なんだコイツ。どうしたんだ俺様。やっちまったのかオイッ!
頭を抱えたその時、隣の男がパチリと目を開けた。
青い顔で冷や汗を流す俺の顔を見て、にこりと笑う。
「おはよ」
その場違いにのほほんとした一言に、俺は完全にブチ切れた。
「誰だよてめぇえええええええッ!!!!!!!」
叫ぶ俺を余所に、ソイツはベッドサイドに置いてあったセッタを一本取り出して悠々と吸い始めた。
随分余裕だなてめぇ……
「俺は久保田誠人」
「名前なんか聞いてねぇ!」
「昨日名乗ったんだけど」
「覚えてねぇよ!」
「……もしかして、昨日のこと全部?」
「綺麗さっぱりな!!」
半ばやけくそでそう返すと、久保田誠人の顔に自嘲の様な暗い感情の影が過った。
しかしそれは一瞬だった。
「忘れちゃったんだ。酷いなぁ」
空々しく嘆いて、含んだ様な視線を俺に向ける。
「何が酷ぇんだよ」
「だって……ねぇ?」
はぐらかす様な返しに、俺は二度目の噴火を起こした。
「なんで俺が裸で!あんたも裸で!大して広くも無い俺のベッドで一緒に寝てたんだよオイッ!
かわいー女のコならともかく男だぞ男!説明しやがれッ!」
理不尽極まりなく不本意なこの状況の真相を知るのはこの男ただ一人だ。
是が非でも俺を安堵させるような説明をして欲しい。
モーニング珈琲だけは……モーニング珈琲だけは……ッ!!
シーツの上に突っ伏して煩悶していると、
「ちゃんと説明するからさ、とりあえず服着ていい?」
「……どーぞ」
このまま野郎と裸でベッドの上なんて死んでも御免だ。
それは相手も同じだったらしい。
「別に俺はこのままでもいいんだけどね」
「服を着やがれッ!!!」
喚くと、はいはいと笑って久保田誠人が上体を起こした。
精悍な顔つきに違わず、筋肉が引き締まった俗に言うイイカラダが露わになって、俺は思わず目を背ける。
胸板の厚みの違いに負けてるとか思った訳では決してない。断じてない。
ぎしりと軋むスプリングの音と遠ざかる足音。
久保田誠人がリビングの方へ消えたのを耳で確認して、俺はやっと顔を上げた。
アイツ、見ず知らずの男ん家をマッパで歩き回ってるのか……
何故か、今更顔が赤くなった。
プルプルと頭を振って、久保田誠人がいない間に急いで服を身に着ける。
昨日の着てた筈の服は見当たらず、新しいシャツを羽織った。
ボタンを留めながら記憶の失われた一夜を思う。
俺……まさかホントに……いやでもそうならもっと色々痛くなってる筈……頭は痛ぇけど……
でも、一回程度ならそう変化もないのかもしれない。
身体が馴れたから。
……無意識に男を家に引き込んだとか?
身体が、馴れちまったから?
「別に俺は好きでッ……」


好きで男に抱かれているワケじゃないのに。


「好きで……何?」
「どわぁあッ!!」
背後から囁かれて、俺の心臓は飛び出そうなくらい跳ね上がった。
足音なかったし!気配もねぇしッ!
「な……なんでもねぇよ!!」
バクバク五月蠅い心臓を押さえてぶっきらぼうにそう言うと、久保田誠人はそう、とだけ言って俺に押し付けるように珈琲を差し出した。
「飲む?勝手に淹れちゃった」
モーニング……珈琲……ッ!!?
ああ、やっぱりッ!!
再び頭を抱えた俺を、面白がってるような顔をして見て、くいっとリビングの方を親指で指す。
「百聞は一見にしかず。案ずるより生むが易し。とりあえずこっちおいで」
生むが易しは違うと思いつつ、久保田誠人の後をついて行く。
「ホラ、ね」
久保田誠人がドアを開けた先には、ビールの缶が乱雑に散らばった悲惨な状況のリビングがあった。
よく見れば、俺の着衣一式もぐちゃぐちゃになって散らばっている。
……リビングで既に脱いでたのか……オレ……
人のことは言えなかった。
「結論から言うと、君が思っていたようなことは俺達の間では何も無かった。飲み過ぎ故の悲劇ってヤツ?」
山のようなビールの空き缶と脱ぎ捨てられた俺の服。
確かに、これを見た後では久保田誠人の言葉が素直に信じられた。
寧ろそれ以外の顛末はあって欲しくない。
「よかった~~~~!」
俺は盛大に安堵の息を吐き、へなへなその場に崩れ落ちた。
目覚めてから始まった悪夢の数分。
漸く本当に目が覚めた感じがする。
しかし安堵のあまり脱力しきった俺を意地の悪そうな笑みで見下ろして、久保田誠人はまたとんでもないことを言い出した。
「安心するのは早いかもよ?ベットに入ってからの記憶、実は俺もないんだよね~。もしかしたら……」
「だーッ!!何言い出すんだてめぇッ!?」
オソロシイことを抜かす久保田誠人の言葉を慌てて遮る。
「お前だってヤだろ!?見ず知らずの男と寝たかもしんねぇなんて!!」
「イヤ別に」
焦る俺とは対照的にしれっとしている久保田誠人。
「だって俺、バイだし」
「ば……ばいぃいッ!?」
ヤダ。もう嫌だ。
思いっきり引きまくってる俺の方を呑気に眺め、久保田誠人は珈琲を啜りつつしみじみと回想する。
「時任可愛いし、脱がれた時誘われてるのかなー?と思ったんだよねぇ……」
まぁ、酔ってる子に手ぇ出すような狼さんじゃないからね、俺。と締めくくったが、男は所詮皆狼だ。
俺様よく無事だったな……ッ!
思わず信じても居ない神に感謝する。
「酒入ったら脱いで脱がせる癖、改めなね。俺が良心的だったからよかったものの、アブナイおじさん相手だったら犯されちゃうよ?」
「だ……誰が!!」
脱がせるとか犯すとかいう生々しい単語に、不本意にも赤面してしまう。
ん?
ていうか……?
「結局あんた誰なんだよ。なんでうちで飲むことになったんだ」
その説明がまだ足りていない。
「君が昨日、俺のことを拾ってくれたんじゃない。裏路地で」
久保田が平然と語った言葉からは凡そ現実味というものが抜け落ちていた。
「はぁッ!?拾った!?捨て犬じゃあるまいし!!」
「捨て犬だったんだよ、俺」
微笑む久保田。
……捨て犬。
比喩でもなんでも、嫌な言葉だ。
「俺が拾われた時は既に君は酔ってたみたいなんだけどね。家に着いてからも『飲め~』って言って飲み始めるから付き合って俺も呑んで、『脱げ~』って言って脱ぎ始めるから付合って俺も脱いで」
脱ぐなよ!!
つっこみたいのを必死で堪える。
コイツ……ぜってぇおかしいだろ……
この際、酔うと露出狂になるらしい自分のことは置いておく。
「で、そのまま寝ちゃった時任をベッドに運んで、俺も一緒に寝てたってワケ」
納得できない点は多々あったけど、何も無かったというならそれに越したことはない。
「……酔って迷惑かけたみてぇだな。悪かった」
落ち着くと申し訳なさが湧いて出て、目の前の男に素直に謝る。
記憶鳴くす程に酔っぱらった俺がこの男の前でどんな醜態をさらしたのか想像もつかなかった。
気まずいにも程がある。
出来れば一刻も早く俺の前から消えて欲しい。
「でも、拾ったとかはホント覚えてねぇんだ。わりーけどもう出てってくんね?」
「ヤダ」
駄々っ子のような言葉にカチンと来て、むきになって言い返す。
「何で!?」
「君が俺のことを拾ったんだから、最後まで責任持ってくれなきゃ」
その久保田誠人という男は、斜に構えたシニカルな笑いを浮かべてこう言った。


 


「俺を飼ってくれない?……ペットとして」

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