久保ちゃんが珍しく、放課後買い物に行こうなんて言い出した。
休日に出掛けるのはよくあるけど、放課後に誘われるのは珍しい。
大体校務があるし。
でも今日はバレンタインだぜ?
放課後なんて、チョコを渡そうと俺様を待つ可愛い女の子がわんさか居るに決まってんじゃん!
何でよりによって今日!
けど俺様程じゃないにしろ、久保ちゃんにもチョコを渡そうと思ってる女子が居るだろうし、それはかなりムカつくから、文句も言わず久保ちゃんの買い物に付き合うことにした。
でだ。
着いた先は駅前のデパート。
の地下一階。
の、チョコ特設売場。
なっっっっんでよりによって今日こんなとこ来てんだよ!
男二人で!
さっきから周りの奴らにめっちゃ見られてるじゃん!
俺だってそんな奴ら居たら見るっつーの!
「何考えてんだ久保ちゃん!キワモノチョコ探しなら一人でやれ一人でっ!俺は帰るからな!」
小声で捲し立てる。
変な汗をかいて焦る俺様とは対照的に、人混みの中、久保ちゃんはのんびりショーケースのチョコを物色している。
当日でもこんなにチョコ買う奴いんだな…
久保ちゃんは俺の文句に、
「んー?」
「そーねぇ」
なんて生返事を返すばっかで絶対話聞いてねぇ。
本気で帰ろうと思った俺の口に、何を思ったのか久保ちゃんは試食のチョコを一つ放り込んだ。
「美味しい?」
濃厚な甘さが舌に溶ける。
後味も悪くない。
「旨い…けど」
「じゃ、こっちは?」
もう一つ差し出され、思わず口に入れる。
噛んだ瞬間にふんわり蕩ける生チョコレート。
シャンパン風味。
じゃなくて…
「なんっで俺に食わせんだよ。自分用なら自分で味見すりゃいいじゃねぇか」
「だって」
久保ちゃんは含んだ笑みを浮かべた。
「お前に渡すチョコなんだから、時任が一番美味しいと思ったのが良いっしょ?」
周囲のヒソヒソ話がピタリと止んだ。
視線という視線が俺の方を向いている気がする。
顔に血液が一気に上がって、そして一気に下がった。
返事次第で俺は、この衆目下、目の前ののっぽな眼鏡の男と、男と、バレンタインにチョコを贈り贈られる仲だって認めることになるのか。
一体何でこんなことに!?
バレンタインってこんなハードなイベントだっけ?
っていうかコイツ去年のバレンタインにチョコやらなかったのぜってぇ根に持ってやがる。今確信した!
ホワイトデーにもなんも渡さなかったのは流石に悪いかとは思ってたけど、まさかこんな形で報復食らうとは。
自分の唾を飲む音がやたら大きく聞こえる。
何やら写メを撮る音も聞こえる。
誰だ撮ってる奴は!金撮るぞ!
久保ちゃんは楽しそうに俺の様子を見ている。
ここで、冗談言ってんな馬鹿俺は帰る!と一蹴してしまうことは容易い。
俺のプライドはさっさとそうしろ!って怒ってるし、俺の男気もやむを得ないと頷いてる。
久保ちゃんだって結局は許してくれるだろう。
でも俺の中でたった一つ、それを許さない奴が居た。
試食のチョコを乱暴に手に取ると、久保ちゃんの口に突っ込む。
「……?」
「俺のもんはお前のもんだろ。……久保ちゃんの好きなチョコでいーよ!」
珍しく見開かれた細目を尻目に今度こそ背を向けて一人その場を後にする。
静かだった周囲は、悲鳴のような甲高い声が上がって一気に騒々しくなる。
背中に突き刺さる視線が痛い。
あーもう。
写真でもなんでも撮りやがれ。
今日日どんな恋人だってバレンタインのチョコ売り場でこんなバカップルなやり取りしねーだろ。
俺様はもう知らねぇ。後は一人で恥ずかしい思いしやがれ!
一人置いてけぼりの久保ちゃんが今どんな表情をしているのか少し気になったが、こんな赤い顔を晒せる筈もない。
あーもうマジはずい。
バレンタインなんて最悪だ!
この先何回何十回バレンタインを迎えたって、俺が久保ちゃんにチョコを渡すことはないだろう。
そんな必要なんてない。
久保ちゃんにはチョコより甘い俺様のこのコイゴコロで充分…の筈だ。