時任可愛い
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「お前のはただの自己満足だろ」

その通りだったから、俺は弁解もせずに黙って微笑んだ。
時任は、きつく眉根を潜め、眼光を更に強める。
相変わらず迫力があるその目に、俺は笑みを深くした。
時任はそれが気に入らないとでも言いたげに(実際今の時任には何もかもが気に入らないのだろう)頭を振って、

「それに一方的だ」

そんなことは百も承知。
俺の身勝手さは充分に自覚している。
今更言われなくてもね?
だから、そんな俺のことを、愛してるなんて言われても信じられないんじゃない。
それくらい、お前にも分かってんでしょ?

「俺の身にもなれよ」

それは無理。
当たり前だけど。
お前の気持ちが分かるヤツなんて世界中どこ探したって居るワケがない。
お前こそ、自分がどれだけ特殊なのか分かってないでしょ。
しかも俺が、お前の気持ちなんて、分かるワケがない。
考えは読めても、心なんて見えないよ。

「お前は……ッ!!」

言葉が途切れる。
喉の奥に何かが詰まっているかのように、時任は首を押さえる。
どんなに責めたところで、お前は俺から離れられないし、俺だってお前から離れられない。
なら、こんなの不毛だ。現状に満足していればいい。
でも、そんな風に言うと時任がもっと怒るのが分かっているから、やっぱり俺は黙っている。
諦めんなと、時任は怒る。
前しか見ない時任には、それこそ俺の気持ちは分からないでしょ。
前に進むための足場すらない俺のことなんて。

「愛してる」

恨めしげに吐き捨てられる。
好きだ、愛してる。
その言葉が空中にふよふよと漂い、微かな輝きを伴って浮かんでいるのを、俺はただ見ている。
それが何なのか観察している内に、霧散して消えてしまうのだ。
受け取ろうと、手を伸ばす前に。
或は、手を伸ばす気なんて最初からないのかもしれない、時任の言うように。
不意に瞼の裏が白く点滅して、ぐらりと世界が揺れる。
上も下も分からない。
大海に放り出された木片のごとく。
時任の両の眼から透明な雫が零れ落ちていた。
痩躯に内包されていた大海が決壊したかのように。
顔を歪めて、しかし音もなく。
詰られていた時よりも俺はうろたえる。
胸の底から湧き出た感情は、恐怖だ。
硬く強い時任が、俺が愛を信じない、ただそれだけの泣く、その事実が途方もなく恐ろしい。

「愛してる」

咄嗟に零れた言葉は何の効力も持たず、時任が泣き止むことはなかった。

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