時任可愛い
馴染みの雀荘で久しぶりに誠人を見付け、飯を奢ってやると半ば無理矢理近くの定食屋に連れてきた。
カツ丼を頼むと、刑事がカツ丼食べてる姿ってシュールだよね、なんて言われる。うるせぇな。
並んで丼をつつきながら、うんにゃ、そーねぇ等とはぐらかす甥っ子の近況を聞き出そうと、
「時坊は最近どうなんだ。元気でやってるのか」
同居人の様子を尋ねた。
誠人は割り箸で天丼の海老天を口に運びながら、いつも通りの飄々とした調子で答える。
「元気だけど、押し倒したのに反応がなくて困ってる」
飲んでた煎茶を吹き出しかけて、盛大に噎せた。
「図らずもいい雰囲気になったからソファーに押し倒したんだけど……あいつ良く分かってなかったみたいでね、その後うやむやになっちゃって」
咳き込む俺に構わず誠人は訥々と続ける。
「鈍感にも程があるっていうか。普通は押し倒したら流石に分かるよねぇ」
そもそも時坊は男だろうが。
誠人は時坊に対して常日頃から接触過多な嫌いがあるからな。
押し倒したところで過剰なスキンシップと捉えられても不思議じゃない。
誠人は溜め息を吐いた。
存外深刻に悩んでいるようだった。心底どうでも良いがな。
「どうしたら良いのかなぁ。もういっそ無理矢理……」
「無理矢理はやめろ」
「嫌よ嫌よも……」
「性犯罪者の常套句だぞ」
甥っ子が性犯罪に走りかけていた。
口元を拭って、湯呑みと箸を置く。
どんぶりにカツ丼がまだ残っていたが、もう胃に入れる気にならなかった。
「でももう2年目だしそろそろ進展したいじゃない。いつまでもデートばっかじゃね」
「デートしてるのかお前ら」
「買い物行って映画観てゲーセン行ってお茶飲んで夜景見て帰ったよ、先週」
内容だけ聞けば完璧なデートだ。
でもしょっちゅう二人で出掛けてるらしいし、というかそもそもいつからそんな関係になってたんだ。お前ら。
それ以前に時坊は男だよな?
そろそろ突っ込んで良いか?
「デートしてる認識はあるのか?時坊は」
「あるよ。『デートする?』って聞いたら『え、全部奢ってくれるってことか?』って言われたから全部奢ってあげたし。『デート楽しい?』って聞いたら『うん』って言ってたし」
「カモられてんじゃねぇか」
「薄々気付いてたけど最近カモられるのも快感で」
手遅れだなこりゃ……。
時坊に執着してるのには気付いちゃいたが、ただの色ボケなんじゃねぇのかこりゃあ。
時坊も時坊だ。
完全に誠人への甘え方を心得てやがる。
これで天然なら時坊はつくづく誠人のツボを突く存在なんだろうな。
丼を空にした誠人は湯呑みを手にして、煎茶を啜っている。
色ボケ、か……。
コイツがなぁ。
人並みの欲求すら薄かった甥っ子が一丁前に恋をしてるのだと思えば、何だか微笑ましい気持ちにもなってきた。
相手は同居人で、身元も知れねぇ訳ありの、男だとしても。
ったく。恋愛相談なんて柄じゃねぇのによ。
「お前、言葉にはしたのか?」
「言葉って?」
「その……惚れてるとかよ……」
「俺と時任、そういう関係じゃないから」
「はぁ?」
「俺と時任、お前と俺だし」
湯気で眼鏡が曇り、その表情を伺うことは出来ないが、その声音は至極真摯だった。
真摯に言われてもその言葉の意味は全く理解できなかったが。
いやマジで何言ってんだコイツ。
お前と俺ってどんな関係だよ。
俺がおっさんだから分からないだけか?
それとも、誠人と時坊の間だけで通じる何かなのか?
「……時坊はそれ言われてなんて言ったんだ」
「クサッて言ってた」
「まぁ……そりゃな……」
「後、照れてた」
「……そうか……」
「可愛かった」
「……」
のろけたいだけなんじゃないのか、コイツ。
照れていたという誠人の言葉が真実なら、時坊に一応通じていたのだろう。
もしかしたら、それは時坊がその時一番欲しかった言葉だったのかもしれない。
ツーカーの仲というものは存在する。
そんな関係に、言葉を求めるのは野暮なことなのかもしれない。
だが、俺は誠人の言った『お前と俺』に、言葉にすることを怖れる誠人の弱さを垣間見た気がした。
大体、お前と時坊のソレはホントに同じなのか?
万人の思い浮かべる林檎の赤が全く同じわけねぇことくらい、お前だって分かってんだろ?
「俺はおっさんだからよ……惚れた腫れたの駆け引きに気の利いたアドバイスなんざできねぇがな、どんな関係でも言葉にするってのは大事なことなんじゃねぇのか」
「そうだねぇ……」
空になった湯呑みを置いて、取り出した煙草に火を点けた誠人は、考え込むような眼差しで紫煙をじっと見詰める。
そして、ポツリと呟いた。
「とりあえずキスしようかな」
「聞けよ、人の話を」
カツ丼を頼むと、刑事がカツ丼食べてる姿ってシュールだよね、なんて言われる。うるせぇな。
並んで丼をつつきながら、うんにゃ、そーねぇ等とはぐらかす甥っ子の近況を聞き出そうと、
「時坊は最近どうなんだ。元気でやってるのか」
同居人の様子を尋ねた。
誠人は割り箸で天丼の海老天を口に運びながら、いつも通りの飄々とした調子で答える。
「元気だけど、押し倒したのに反応がなくて困ってる」
飲んでた煎茶を吹き出しかけて、盛大に噎せた。
「図らずもいい雰囲気になったからソファーに押し倒したんだけど……あいつ良く分かってなかったみたいでね、その後うやむやになっちゃって」
咳き込む俺に構わず誠人は訥々と続ける。
「鈍感にも程があるっていうか。普通は押し倒したら流石に分かるよねぇ」
そもそも時坊は男だろうが。
誠人は時坊に対して常日頃から接触過多な嫌いがあるからな。
押し倒したところで過剰なスキンシップと捉えられても不思議じゃない。
誠人は溜め息を吐いた。
存外深刻に悩んでいるようだった。心底どうでも良いがな。
「どうしたら良いのかなぁ。もういっそ無理矢理……」
「無理矢理はやめろ」
「嫌よ嫌よも……」
「性犯罪者の常套句だぞ」
甥っ子が性犯罪に走りかけていた。
口元を拭って、湯呑みと箸を置く。
どんぶりにカツ丼がまだ残っていたが、もう胃に入れる気にならなかった。
「でももう2年目だしそろそろ進展したいじゃない。いつまでもデートばっかじゃね」
「デートしてるのかお前ら」
「買い物行って映画観てゲーセン行ってお茶飲んで夜景見て帰ったよ、先週」
内容だけ聞けば完璧なデートだ。
でもしょっちゅう二人で出掛けてるらしいし、というかそもそもいつからそんな関係になってたんだ。お前ら。
それ以前に時坊は男だよな?
そろそろ突っ込んで良いか?
「デートしてる認識はあるのか?時坊は」
「あるよ。『デートする?』って聞いたら『え、全部奢ってくれるってことか?』って言われたから全部奢ってあげたし。『デート楽しい?』って聞いたら『うん』って言ってたし」
「カモられてんじゃねぇか」
「薄々気付いてたけど最近カモられるのも快感で」
手遅れだなこりゃ……。
時坊に執着してるのには気付いちゃいたが、ただの色ボケなんじゃねぇのかこりゃあ。
時坊も時坊だ。
完全に誠人への甘え方を心得てやがる。
これで天然なら時坊はつくづく誠人のツボを突く存在なんだろうな。
丼を空にした誠人は湯呑みを手にして、煎茶を啜っている。
色ボケ、か……。
コイツがなぁ。
人並みの欲求すら薄かった甥っ子が一丁前に恋をしてるのだと思えば、何だか微笑ましい気持ちにもなってきた。
相手は同居人で、身元も知れねぇ訳ありの、男だとしても。
ったく。恋愛相談なんて柄じゃねぇのによ。
「お前、言葉にはしたのか?」
「言葉って?」
「その……惚れてるとかよ……」
「俺と時任、そういう関係じゃないから」
「はぁ?」
「俺と時任、お前と俺だし」
湯気で眼鏡が曇り、その表情を伺うことは出来ないが、その声音は至極真摯だった。
真摯に言われてもその言葉の意味は全く理解できなかったが。
いやマジで何言ってんだコイツ。
お前と俺ってどんな関係だよ。
俺がおっさんだから分からないだけか?
それとも、誠人と時坊の間だけで通じる何かなのか?
「……時坊はそれ言われてなんて言ったんだ」
「クサッて言ってた」
「まぁ……そりゃな……」
「後、照れてた」
「……そうか……」
「可愛かった」
「……」
のろけたいだけなんじゃないのか、コイツ。
照れていたという誠人の言葉が真実なら、時坊に一応通じていたのだろう。
もしかしたら、それは時坊がその時一番欲しかった言葉だったのかもしれない。
ツーカーの仲というものは存在する。
そんな関係に、言葉を求めるのは野暮なことなのかもしれない。
だが、俺は誠人の言った『お前と俺』に、言葉にすることを怖れる誠人の弱さを垣間見た気がした。
大体、お前と時坊のソレはホントに同じなのか?
万人の思い浮かべる林檎の赤が全く同じわけねぇことくらい、お前だって分かってんだろ?
「俺はおっさんだからよ……惚れた腫れたの駆け引きに気の利いたアドバイスなんざできねぇがな、どんな関係でも言葉にするってのは大事なことなんじゃねぇのか」
「そうだねぇ……」
空になった湯呑みを置いて、取り出した煙草に火を点けた誠人は、考え込むような眼差しで紫煙をじっと見詰める。
そして、ポツリと呟いた。
「とりあえずキスしようかな」
「聞けよ、人の話を」
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