時任可愛い
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久保ちゃんと二人だけでずっとずっと過ごしたい。


嫉妬で心がグチャグチャになるようなことを何も感じたくない、考えたくない。


二人だけの世界が、あればいい。


 


……あったけーなー
何かにぎゅっと抱き締められている感触。
すっぽりと包まれていて、触れているソコからじわりじわりと温かさが滲んでくる。
幸せな夢でも見ているような心地だ。
すり……っと頬をすり寄せると、嗅ぎ慣れた煙草の香が鼻先を掠めた。
うっすらと目を開ける。
開けるが、目の前にあるものが近すぎるのかピントが合わない。
視線を上に上げる。
そこには、目を瞑り寝息を立てる久保ちゃんの顔があった。
あ―――――久保ちゃんだ……
久保ちゃん……
久保……
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!」
吐息を感じる程に近い久保ちゃんの顔に驚いて、思わず叫ぶ。
眠気のすっ飛んだ頭で己の状態をよくよく認識してみれば、久保ちゃんの腕にぎゅっと抱き締められたまま寝ていたのだった。
し、しかも久保ちゃんマッパだし!
「……どしたの?時任」
叫び声で目覚めたらしい久保ちゃんが、開いているのかも定かじゃない糸目で俺を見た。
必死になって久保ちゃんの腕から抜け出そうとする俺に構わず、
「おはよう」
なんて言って額にちゅっとキスをした。
カッと体中の血液が猛烈な早さで顔に集まってくるのを感じる。
「な、何寝ぼけてんだよ久保ちゃん!!止めろって、離せっつーの!!」
「なーに今更照れてんの。可愛いなぁ」
今更ってなんだ!?
尚も、んー―とかいって顔を近づけてくる久保ちゃんに必死で抵抗しつつ、
「何で俺とお前が一緒に寝てるんだよ!!」
と怒鳴る。
「それはお前が先に寝てた俺のベッドに潜り込んできたからっしょ。忘れたの?」
……昨日は確かに久保ちゃんが先に寝て、ゲームやってた俺の方が後にベッドで寝た。
けど、久保ちゃんはゲームやってる俺の後ろで小説読んでて、そのままソファーで寝落ちてた筈……
「じゃ、じゃあ何でマッパで寝てんだよ」
「風呂上りで服着んのめんどくてそのまま寝たから」
う……久保ちゃんらしい……
らしいけど、拭えない違和感。
……だって、久保ちゃんは例え寝惚けてたって俺にキスしたことなんか、ない。
なんとか久保ちゃんの腕から脱出して、一息ついて、時計を見て再び絶叫した。
「い、一時ぃいいいいいッ!!?」
台風でも来てなきゃもう午後の授業が始まっている時間だった。
「今度は何?」
大遅刻決定だってのに、久保ちゃんは時計を一瞥して悠々と煙草を吸い出した。
今日休みだっけ?いや、昨日は日曜だったしそんなハズねぇよな。
「おまッ、ちょッ、煙草吸ってる場合じゃねぇだろ!!!ガッコ!!大遅刻!!もー昼じゃねぇかよ!!」
怒鳴りながら詰め寄ると、久保ちゃんは、
「……何言ってんの?時任」
突然宇宙の言葉を喋り出した人間を見る様な顔をした。
「久保ちゃんこそ何寝惚けてんだよ!執行部だけでも顔出すぞ!」
今からガッコに行っても午後の授業には殆ど出れねぇだろうけど、今日は俺らが巡回の当番だ。
サボると桂木がコワイ。
ノートはどーすっかなー。高くつきそうだけど、桂木に借りるしかねぇよな……
俺が悶々と悩む様を妙に感情のない目で見詰め、久保ちゃんは静かに言った。
「……時任、また記憶なくなった?いや、記憶が戻った?」
「……はぁ?」
また……っつったよな?俺、記憶喪失になったことなんか一度たりともねーぞ?
「久保ちゃんこそ記憶喪失なんじゃねぇの?大体、久保ちゃんのこと忘れてねーし」
「うーん」
「執行部とか、相浦とか桂木とか忘れてねぇし」
相浦とか桂木とか。
その名前を舌に乗せた瞬間、久保ちゃんは凄く珍しい表情をした。
眉根を顰め、口角を下げ、はっきりと不愉快そうな顔をしたのだ。
怒ってても笑ってるような顔をすることの多いコイツが、こんなあからさまに不機嫌そうな顔をすんのは珍しい。
っつーか、なんでその名前で不機嫌になんだよ。
それだけでもワケわかんねぇのに、
「誰ソレ。時任の友達だった人達?」
なんて、耳疑うよーなコトまでぬかしやがる始末。
「現在進行形で俺らのダチだろーが。大体、桂木を執行部に引きこんだの俺達じゃん」
「“俺ら”?」
久保ちゃんはソレを聞いて、考え込む様に口を閉ざした。
煙草が灰皿に強く押し付けられて、潰れる。
「……久保ちゃん?」
「……時任さ、ガッコでいつも何やってんのか、ちょっと言ってみてくれない?」
「いーけど、遅刻……」
「いーからいーから」
何がいーんだと思いつつ、変な久保ちゃん相手に俺は話した。
授業が眠いけど、俺はちゃんとノートをとってること。
久保ちゃんはいっつも眠ってて、俺様のノートをテスト前に見てること。
放課後は巡回したり喧嘩したり制裁したり、執行部として二人で事件を解決したりしてること。
桂木達のこと。
藤原やオカマ校医との戦い、大塚達の馬鹿な悪事のこと。
俺達の、それなりに楽しい日常を。
「……へぇ」
全部聞き終えた久保ちゃんの反応はそれだけで、
「じゃ、時任。右手見てみ?」
と、また妙な事を言った。
「一体なんなんだよ……」
ブツブツ言いながら、俺は手袋に指をかけた。
脱ぎ捨てて、


心臓が止まるかと思った。


「……な……んだよ……コレ……?」
手袋の下から現れたのは、人間の手、じゃなかった。
見慣れない、毛で覆われた右手。
毛は猫科の動物の様で、爪は肉食獣のように鋭く長い。
形が人間の手である分、余計に歪で気持ちが悪かった。
なんだこれは?
人間じゃ、ない。
こんなの、俺の手じゃない!
「う……ッ」
吐き気が込み上げてきて、口元を押さえる。
俯いた俺を、久保ちゃんが強く抱き締めた。
「……この手で時任の言ってたような、普通の学校生活ができると思う?」
「でも……ッ!!」
だって、でも、昨日までのあの日々は夢なんかじゃないのに。
絶対違うのに。
全てを否定するようなこの右手の存在。
「違う……ッ!!」
久保ちゃんの胸に額を押し付けて、何度も頭を振る。
「だからね、時任」
耳朶に唇を寄せ、久保ちゃんは低い声で囁いた。


「これは全部夢なんだよ」


「え……」
「だってそーでしょ?人間がこんな右手してるなんて、ありえないんだから」
夢……
こんなにハッキリしているのに?
俺を抱き締める久保ちゃんの腕の強さも、直に感じる肌の温もりも、鼓動も。
セッタの匂いでさえも。
全部、荒磯の記憶と同じくらいリアルなのに。
そんな言葉で、片付けていいのか……?
「俺は覚えてるんだよね」
久保ちゃんが念を押すように言った。
「忘れるワケ……ねぇじゃん……ッ」
「ならいーんだよ。他のコトは全部、どーでも」


 


混乱した頭に久保ちゃんの言葉がゆっくりと浸み込んで、麻薬のように甘く犯されていくような気がした。

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