時任可愛い
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「……夢……なのか?」
「そ」
「……ガッコは?行かなくていいのか?」
「勿論」
夢だって言ってるのにねぇ。
律儀にそう確認してくる時任が可愛くて、俺は心の中だけでひっそりと笑う。
「時任のしたいことしていいんだよ。どっか遊びに行く?」
今だ混乱の抜けきらない時任に優しく微笑んで、絡め取るような甘い言葉を囁く。
腕の中で身じろいで、時任は揺れる瞳を俺に向けた。
「俺の……したいこと?」
「そ」
「……じゃあ」
派手な電子音が鳴り響く。
「っだーッ!!また負けたッ!!」
「これで時任の10連敗。気ぃ済んだ?」
「くっそーッ!!俺の夢だろ!?なんっで俺が勝てねぇんだッ!!」
時任は喚いて大の字に引っくり返った。ボスンと音を立てて後頭部がソファーにぶつかる。
コンティニューする気も失せたらしい。
せがまれるままゲームに付き合った俺は、苦笑してコントローラーを隅にどけた。
「っていうかなんでゲームなの?こんなのいつもやってるっしょ」
「だってさぁ……夢ん中だったら久保ちゃんに勝てるかなってさ……」
悔しそうにブツブツと呟いている。
どうにもこうにも俺に勝ちたくて仕方がないらしい姿が、全く、お前らしくて笑ってしまう。
余りにも時任らしい時任の姿。
胸ポケットから煙草を引っ張り出しながらそれっぽく聞こえる推測を述べる。
「お前がもう俺に勝てないって、深層心理の中に刻み込んじゃってるからじゃない?」
「んなわけあるかーッ!!いつかぜってぇ勝ーつ!!」
「はいはい」
喚く声に宥めるように相槌を打って、黄ばんだ天井に向かって苦い煙を吐き出す。
『夢』なんていつまでも誤魔化し続けることは出来ないだろうけど、今はこれでいい。
そう。これは夢じゃない。
夢なワケない。
お前が居るから。
最初は、時任が記憶を取り戻して混乱しているのかと思ったが、直ぐにそれが間違いであることに気付いた。
時任の認識に一貫して『俺』がいるから。
俺と学校に行って、同じクラスで、生徒会に在籍して、他の仲間ともわいわい一緒に日々を楽しんでいる。
そんなありえない、空想のような俺達の話。
虚妄か冗談かとも思ったけれど、それにしては話に矛盾がなく精密で出来すぎていたし、なによりコイツは嘘がつけない。
俺は、時任の話が全て嘘ではないと仮定した上で無理矢理こう結論付けた。
『この時任はパラレルワールドからきた別の時任だ』、と。
パラレルワールド、俗に言う多重世界。
平行宇宙論なんかと縁の深い概念だけど、はっきり言って絵空事の類だ。
記憶喪失の方が余程、現実的ではある。
そんなあるかどうかも分からない平行宇宙から来た?時任が?
馬鹿馬鹿しい。
馬鹿馬鹿しいけれど、時任の話を信じるならこうだとしか考えられなかった。
正直、事象も原因も俺には興味がないしねぇ。
お前が居る、俺が居る、他はどうでもいいじゃない。
「…………」
煙草を吹かしながら思考に沈んでいると、時任が俺の顔をじぃーっと見上げていることに気付く。
さっきまでの仏頂面じゃない、眉根を少し寄せて、なんだか切なげな表情。
そそるね。
「どした?」
吸いかけの煙草を携帯灰皿に捻じ込んで、顔を覗きこむ。
床に寝転がったままの時任。
「夢……なんだよな?」
おずおずとこちらに手を伸ばして、そのまま俺の首に手を回して強く引き寄せた。
抵抗することなく覆い被さる様に倒れこんで、体重で時任を潰さないよう咄嗟に右手で身体を支える。
そんな配慮に構わず時任はぎゅうぎゅうと俺を抱き締めた。
強く、強く。
「夢だから」
それはまるで自分に言い聞かせているような口ぶりだった。
夢じゃなきゃこんなことできない、そんな風にも聞こえる。
何度も、俺達はこうして抱き合ってる筈なのに。
そんな時任の様子に違和感と、微かな疑惑が胸裏を過る。
……まさか。
いや、そんな筈ない。
だって、『俺』は傍に居たんでしょ、ずっと。
「今日はやけに甘えんぼだね、時任は」
空いている左手で艶やかな黒髪を撫でる。
性的な意味合いは込められてないのが分かるから我慢してるけど、これって結構辛い姿勢。
「ん……なんかさ、ここでこうしてずっと久保ちゃんと二人っきりだって、実感したかった。例え夢でも」
夢じゃないよ。
その言葉を飲みこんで、甘い言葉だけ、都合良い言葉だけを吐き出す。
「ここには俺とお前しかいないよ」
首に縋りついたままの時任の顔は見えない。
「だって久保ちゃんには五十嵐センセとか藤原とか……いるじゃん」
時任にしては珍しく、やけに自信なさげに誰かの名前を口にした。
あちらの関係者の名前だろう。
俺の知らない誰かの名前。
「お前だけだよ」
真っ赤な耳に囁いて。
更に力の込められた腕と同じくらい強く抱き締める。
温かな体温は愛しさと、確かな満足を喚起させた。
時任に『これは夢だ』と吹き込んだのは俺のためだ。
夢の中なら、右手や自分の正体について探ろうと思わないだろうから。
付きまとう手間や危険が嫌なわけじゃない。
一緒に死地に立つ高揚感もないではないし、何より俺は常に時任の望みを叶えたいと考えている。
そう、時任が望むのなら。
でも、それが時任の望みではなかったら?
時任の過去は離別のリスクでしかない。本当は知りたくなんてないんだよ。
だから俺は時任がソレを望まない状況に誘導した。
時任には夢だと言ったけど、夢なんかじゃない。
現実は、夢じゃない。
夢であればと願っているのは――俺の方だ。
俺に都合のいい状況に満足する一方で、こう思わずにはいられなかった。
昨日までの時任は、何処へ、と。

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