時任は一つ一つ、上から順番にボタンを外していく。
飢えているからだろうか?
その動きがやけにスローモーションに見えて、焦らされているような、そんな気になる。
咽喉の不快なざらつきが益々酷くなるように感じて、ともすれば力ずくで奪おうとざわめく体を久保田は気力で押さえつけた。
襟を引っ張って、時任が喉元を肌蹴させる。
無防備に晒され、差し出される咽喉。
月下に白く浮かび上がる肌とその下の赤い赤い血潮を見て、体の芯が疼くのを感じた。
これは人間で言うところの欲情、なのだろうか?
頭の隅ではそんなことを思いながらも、止められない衝動のままに細い体を引き寄せて、肩を掴むと柔肌に犬歯を突き立てた。
びくんっと時任が体を震わせ、
「痛……」
小さく呟く声も遠くに聞こえる程、夢中になって渇きを、飢えを満たした。
鉄臭い筈のその液体は、甘い。
特に時任の血は。
これ以上に甘く、芳醇に満たしてくれるものを久保田は知らない。
この甘さを知ってしまった今、時任以外の血を得ようとは思わなかった。
ごくりと咽喉を鳴らす。
喉が潤う確かな感覚を感じる。
染み込んだ時任の血に心身が満たされていく。
この充足に勝るものはない。
吸血鬼にとって吸血行動は性行為と同一の意味を持つ。
これ以上の快楽は存在しない。
が、時任は人間だ。
牙を刺され血を吸われ、搾取される、人間にはただそれだけの行為。
久保田にとっての特別な意味は、時任にはなかった。
お前は与えるだけ。
俺は奪うだけ。
首筋に埋め込んだ牙をゆっくりと抜く。
「んッ……」
時任はまたびくりと体を震わせて、久保田のシャツを掴む。
尚も傷口から流れる赤を舌で拭い、味わいながら舐った。
流血は直ぐに止まり、一つ口付けてから唇を離す。
赤く抉れた二つの噛み痕。
禍禍しい所有印。
「ごちそうさま」
「ん」
あーくらくらするとぼやきながらボタンを止める時任を眺めながら、血の飢えとは別の飢餓感が胸の内に巣食っているのを久保田は自覚していた。
血以上に自分を満たすものは、無い筈なのに。
時任から血を奪うだけではまだ足りない。
もっと。
もっと、欲しい。
時任の全てを。
際限のない欲求。
貪欲な己に自嘲の笑みを零すと、
「なんで時任は、いつも文句も言わずに俺に血をくれるの?」
そう言って時任を抱き寄せた。
血を抜かれた体は力なく久保田の腕の中に収まる。
時任は久保田の、赤い目を見上げた。
「だって、血ぃ飲まなきゃ久保ちゃん死ぬんだろ?ならしょーがねーじゃん」
何でもないことのようにそう言って、にっと笑う。
「俺、久保ちゃんが死ぬのヤダし」
その笑顔は、血よりもなお甘く、心を満たした。