向かいあって時任は久保田の目を見ていた。
常に硝子越しにしか見えないその細い目は、今は不明瞭な視界を享受して時任の唇に視線を置いている。
視覚の不足分を補うように、指が何度も唇を撫でた。
厚みの少ない、しかし柔らかな皮膚への愛撫はあくまで優しく、触れるか触れないかというギリギリの距離を保っている。
そんなもどかしい刺激の与えられ方でも頬や瞼の数段敏感に甘く響き、ここは間違いなく性感帯なのだと思う。
口付けの代替行為のようにそっと押し当てられた親指の腹を、舌先でちろりと舐めた。
久保田は、いつも苦い。
それは煽る意図や誘う意思が込められた行為ではなく思い付きのような戯れだったが、久保田にとっては十二分に扇情的だったらしい。
視線が絡んだ。
裸の視線は甘ったるさも、堕ちて逝きそうな凄みも熱さえも含んでいて媚薬じみている。
理性が溶かされる。
疼くのは本能。
逃げることは後頭部に置かれた手が許さない。
距離が一層縮まり、目線の圧力もより強まった。
「スッゴくキスしたいんだけど」
言葉が心の性感帯を舐め上げる。
「いい?」
許可なんて求めてない癖に。
頷く代わりに自ら唇を押し付けた。
感触は、ただ柔らかい。
そこにトビそうな刺激や快楽があるワケではなく、どちらかというと眠気を誘うような気持ち良さだ。
けれど粘膜とも皮膚とも違う、少しだけ薄い表面を擦り合わせる度に心の柔い場所が擦れて、痺れが全身に伝播していく。
脳までも痺れて、白く犯されていく意識は触れる熱だけを追った。
触れて、少し離れて、また触れて。
それしか知らないように口付けを繰り返す。
それしか知らない、そんな事はない。
求めているから繰り返すのだ。
また離れかけた唇に、突然久保田が食らいついた。
時任の頭を引き寄せ、下唇を甘く食み、挟んだ唇を濡れた舌がなぞり、吸う。
その刺激は直接的だった。
否応無しに劣情を引き出される。
ちゅぷりと音を立てて熱が離れた。
久保田の唇は互いの唾液で濡れて、僅かな光源にてらてらと光っている。
時任の視線に気付いたのか、久保田は己の唇を舌で拭って、笑った。
その仕草を妙にイヤラシく感じて、熱を帯びた頬が更に熱くなるのを時任は感じる。
今日は、
今日も、
俺の負けだと、
時任は素直に、
しかし睨み付けるのも忘れず、
目を閉じた。