「久保ちゃん、もう一本ッ」
燃え尽きた花火を足下のバケツに放り込んで、次を時任はせがんだ。
右手に持った手持ち花火の束へ目を移し、どれを渡そうか一瞬迷う。
迷って、左手に火の付いた自分の花火を持っていることを思い出し、更に迷う。
「早く早くッ」
「ちょっと待ちなさいって」
結局、束のまま花火を差し出すと、時任は迷うことなく一番大きい花火を引き抜いた。
赤い薄紙の付いた先端を頼りなく揺れる蝋燭の炎に翳す。
揺らめきながら火は時任の花火に燃え移った。
躊躇うようにちろちろと僅かな炎が二、三度身じろいだ後、盛大に白銀の火花が吹き出す。
明るい閃光がワクワクと輝く顔を照らした。
猫目に火花が映り込んで。
凄く綺麗。
見惚れていると、俺の持っていた花火がその短い生涯を閉じた。
未だ煙の燻る棒を水の中に突っ込む。
ジュッという音だけを残して、完全に消える熱。
新たな花火を手に取ることなく火花と戯れる猫をただ眺めた。
「昼間はあっちぃけど夜はちょーどいい感じだな」
「そーだね」
白銀の火花は赤から緑へとその色を変化させ、時任の顔もそれに伴って赤や緑に染まる。
飛び散る火花の不規則な動きに併せて陰影がその形を目まぐるしく変化させる。
勢力的に炎を吹き出していた花火が終演に近づき、徐々に勢いを弱めそして。
消える。
一瞬にして訪れた静寂と暗闇。
白い煙と火薬の臭いが滞り。
停滞する夜気の中、溶けかけた蝋燭の炎だけが風でゆらゆらと揺らめいて。
「……」
「……」
身動ぎもせず、相手の姿形も覚束ないのにお互いの視線が絡むのが分かった。
目が暗闇に慣れると、睨むように俺を見る時任がぼんやりと浮かび上がる。
「……なんだよ」
「俺と花火した思い出だけならよかったのに」
腹の底から正直に言う。
言っても仕方のないことだと分かっているからこそ。
砕いて。
散らせて。
終わらせて。
この思いを。
この心を。
「しょーがねぇじゃん。これでも少ねぇ方なんだし、我慢しろよ」
拗ねたようにそう言って、花火の残り滓をバケツに入れた。
中を覗き込んで、ジュッと音がするまで律儀に確認してる。
少ないって?
表層に浮かんでるのは無いに等しいよ。確かにね。
でも、結局、無いわけじゃなくて沈んでるだけでしょ?
ソレに雁字搦めに縛られちゃってるじゃない。お前。
時任は無言で手を差し出した。
俺は右手の束から一番大きいのを選んで手渡す。
新しい花火に火を付けながら、それに、さ、と時任は言葉を続けた。
「後ろで支えてくれるモンがあるからグラグラしないで頑張れんじゃねぇのー?人間とかゆーのはさ」
閃光が迸る。
白い光の線が流れ落ち、空中で火花が爆ぜる。
時任はそれでゆっくりと宙に円を描いた。
「グラグラしたくねぇんだよ、俺だって。突然取り乱したりとかさー嫌じゃん」
「それ以上強くなってどーすんの、お前。俺が支えるトコロなくなっちゃうじゃない」
「最強だからな、俺様は」
俺の方を向いて、時任は笑った。
俺も笑う。現れたのは多分苦笑だろうけど。
「ま、俺だって嫌だけどさー。俺の知らない久保ちゃんの過去とか」
くるくると花火が回る。
光の輪が闇に浮かぶ。
永遠にループするかのような錯覚。
でも消える。
「そーゆー俺の気持ち知ってても言わねぇんだよな、久保ちゃんは」
与えることはせずに全部欲しがる俺を、時任は責めた。
でも、その表情は柔らかな笑み。
諦観と許容の証。
許容されていることを知っているからこそ、甘える。
知っている。
そしてそれすらも許容されていることを分かった上で、俺は尋ねた。
「狡いかな?」
「ずるいっつーかさ」
時任がニッと悪戯っぽく笑った。
「卑怯」
「あんま変わんなくない?」
「そーかもなッ」
そう言ったところで、光が途絶えた。
終わった花火をバケツに放り込んで、時任はまた新しい花火を俺にねだる。
俺は新しい花火を手渡す。
永遠のループ。
でも永遠には続かない。
終わればいい。
綺麗に。
君が終わらせてくれればいい。
そう思ってる僕は。
確かに卑怯だね。