時任可愛い
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寝転んだ瞬間に顔がこっちを向いて、そんな些細なきっかけで僕はその唇に吸い付いた。
衝動的に唇をくっ付けて、やり方なんて分からないのにまた衝動的に舌を押し込む。
大人のキスに、ドキドキした。
けど、口の中はチョコレートの甘い子供の味がした。
兄ちゃんがスニッカーズを食べてたからだろう。
舌を絡ませようと躍起になっていたら、肩を掴まれ、無理矢理引き剥がされてしまった。
体格差はいかんともし難い。
「な、に、すんだよッ!」
兄ちゃんの顔は赤くて、強ちビックリしただけではないようだった。
まぁ、意味は分かってないみたいだけど。
「友達の挨拶」
僕はにっこりと、子供特有の邪気のない笑顔を浮かべる。
本当は心臓がバクバクとうるさくて死んじゃいそうな程だったけど、そんなトコは見せられない。
「久保田さんとはしちゃ駄目だよ」
なんで、と言いかけて、兄ちゃんは、
「……するワケねーだろ」
と言った。
その声は思ったよりも小さな声だった。
「久保田さんは友達じゃないもんね」
兄ちゃんは、返事をするのに逡巡しているように見えた。
でも、結局は頷いてしまう。
兄ちゃんと久保田さんは友達じゃないから。
兄ちゃんは、何も知らない。
僕より、世界を知らない。
自分と、久保田さんのことも。
でも、これからは知っちゃうんだろうな。
ああ、拐って行っちゃいたい。

「ねぇ、一緒に逃げようよ」

「は?」
兄ちゃんは、猫目を真ん丸にした。
「逃げよ」
「……なんで」
逃げない理由を探す兄ちゃんは、追い詰められた猫みたいに見えた。
「別に逃げる理由ねーし、それに、逃げるなって言ったのお前だろ」
「理由ならあるよ、兄ちゃん」

「追いかける人がいるからだよ」

「前まではさ、追っかけてくる人がいないのに逃げてたでしょ。でも今は、追いかけてくる人がいるから」
鬼ごっこは、一人じゃできない。
追いかける鬼が必要。
その鬼からは。
「遠くにさ」
逃げられないことを僕は知っていたけれど。
「魚が美味しいところに」
でもこのくらいいいよね?
だって兄ちゃんは僕の初めての、秘密の友達で、兄ちゃんの初めての友達も、僕だった筈なのに。
ズルい。
友達でも家族でも恋人でもない、それ以上の関係なんて僕は知らなかった。
そんなの叶いっこない。
もしかしたら、これが。
「……なんで、そんな顔してんだよ。翔太」
僕の初めての恋だったかも、しれないのに。



「引っ越すんだ」

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