時任可愛い
「喪った経験のある人間と」
煙草の煙をゆっくりと吐き出す。
「喪った経験のない人間」
暖房のついていないビルはとても寒い。
「どっちの方が、喪う恐怖に弱いと思う?」
時任は、答えない。
「より分かりやすく言えば、俺とくぼっち、どっちの方が弱いのかなってことなんだけど」
時任は、答えられない。
「くぼっちはまだ、君を喪ってない」
椅子に座らせたが、もしかしたら床に寝かせた方が楽だったかもしれない。
「俺のかみさまは、死んだ」
目隠しされ、猿轡を噛まされ、腕を、足を、全身を拘束された時任。
「トッキーは、どうなんだろうね」
身動ぎ一つしない。
彼がここを嗅ぎ付けるという確信でもあるのか。
知人に頼み込んで一晩だけ借りたビルのこの一室は、誰も知らない筈だ。
知らない筈だが。
「知ってるから強いんだろうね、君は」
時任が余りにも静かで呼吸をしているのか不安になる。
「君の記憶なんて戻らなければいいと思うよ、俺も」
だからか、滝沢は、時任の微かに上下する薄い胸元から目が離せなかった。
「喪った記憶とか喪う恐怖とか」
滝沢は独り言を続けた。
「まぁそんなこと関係ないんだけどねぇ実際のトコロ」
遠くで音がして、滝沢はドアの方を向いた。
「……あ、来たみたいだよ。彼が」
無反応だった時任が僅かに身動ぎした。
「君を、殺しに」
時任を、殺しに。
冗談でもなく比喩でもなくそのままの意味で現実。
久保田に銃口を向けられる時任を調達した車に無理矢理押し込み、逃亡した。
逃亡する隙があったということは、久保田に迷いがあったからなのか。
そう願いたい。
時任を銃口の向き先にした久保田も、戻ると言い張った時任も、何を考えているのか分からなかったし、分かりたくもなかった。
時任の方に向き直る。
猿轡を噛ませたのは、万が一、久保田の名を呼んで居場所を知らせるようなことがないようにするため。
時任は、絶対に、何がなんでも生きようとする。
そのことは滝沢も知っているが、それでも……久保田となら、死のうとするのではないか。
そんな恐怖は拭いきれなかった。
コツ、コツ、コツ。
足音がする。
普段は足音も気配も殺して歩く癖に。
逃げないのを……逃げられないのを知ってか。
そう、最初から、逃げられないことなど知っていた。
それでも時任を拐って逃げた滝沢を突き動かしたものは。
滝沢は、独り言ちる。
「これじゃまるで、喪うことに怯えてるのが俺の方みたいじゃない」
煙草の煙をゆっくりと吐き出す。
「喪った経験のない人間」
暖房のついていないビルはとても寒い。
「どっちの方が、喪う恐怖に弱いと思う?」
時任は、答えない。
「より分かりやすく言えば、俺とくぼっち、どっちの方が弱いのかなってことなんだけど」
時任は、答えられない。
「くぼっちはまだ、君を喪ってない」
椅子に座らせたが、もしかしたら床に寝かせた方が楽だったかもしれない。
「俺のかみさまは、死んだ」
目隠しされ、猿轡を噛まされ、腕を、足を、全身を拘束された時任。
「トッキーは、どうなんだろうね」
身動ぎ一つしない。
彼がここを嗅ぎ付けるという確信でもあるのか。
知人に頼み込んで一晩だけ借りたビルのこの一室は、誰も知らない筈だ。
知らない筈だが。
「知ってるから強いんだろうね、君は」
時任が余りにも静かで呼吸をしているのか不安になる。
「君の記憶なんて戻らなければいいと思うよ、俺も」
だからか、滝沢は、時任の微かに上下する薄い胸元から目が離せなかった。
「喪った記憶とか喪う恐怖とか」
滝沢は独り言を続けた。
「まぁそんなこと関係ないんだけどねぇ実際のトコロ」
遠くで音がして、滝沢はドアの方を向いた。
「……あ、来たみたいだよ。彼が」
無反応だった時任が僅かに身動ぎした。
「君を、殺しに」
時任を、殺しに。
冗談でもなく比喩でもなくそのままの意味で現実。
久保田に銃口を向けられる時任を調達した車に無理矢理押し込み、逃亡した。
逃亡する隙があったということは、久保田に迷いがあったからなのか。
そう願いたい。
時任を銃口の向き先にした久保田も、戻ると言い張った時任も、何を考えているのか分からなかったし、分かりたくもなかった。
時任の方に向き直る。
猿轡を噛ませたのは、万が一、久保田の名を呼んで居場所を知らせるようなことがないようにするため。
時任は、絶対に、何がなんでも生きようとする。
そのことは滝沢も知っているが、それでも……久保田となら、死のうとするのではないか。
そんな恐怖は拭いきれなかった。
コツ、コツ、コツ。
足音がする。
普段は足音も気配も殺して歩く癖に。
逃げないのを……逃げられないのを知ってか。
そう、最初から、逃げられないことなど知っていた。
それでも時任を拐って逃げた滝沢を突き動かしたものは。
滝沢は、独り言ちる。
「これじゃまるで、喪うことに怯えてるのが俺の方みたいじゃない」
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