時任可愛い
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扉を開けた滝沢は困惑した。
部屋の外に立っていたのは一人の少女。
レンズ越しに来客を確認した時は昨年知り合った知人だと思ったのだが、しかしその知人は少年だった筈だ。
少女は生き写しかと思うくらいその知人に良く似ていたが(トレードマークである右手の手袋まで)肉眼でハッキリ見る限り性別は女性にしか見えない。
「滝さん、泊めて!!」
彼女はまるで彼のような口ぶりでそう言った。
「えーっと、どちら様?」
「俺だって!時任!!」
「俺の知ってるトッキーは確か男の子だった筈だけど?」
「男だよ!!だけど今は女!!」
「まぁ確かに女の子だねぇ」
確かに女の子だ。
胸の膨らみ程度では女装の方を疑うが、骨格に顔立ち、背丈、声まで違うのだ。
彼女の言う通り恰も性別が逆転したような有様だが、しかしいくら何でもそんな非科学的なこと、すんなり納得しろと言われても無理な話だった。
しかし滝沢はふと思う。
確か彼の右手は人ではなく獣だ。
人から獣に成る事だって十分非科学的な話。
なら男が女に成る事だって彼なら有り得ない話ではないのではないか?
「ま、とにかく上がりなよ」
滝沢はとりあえず時任だという少女を部屋に通すことにした。
上がり込む背中を見ながら、こんな時間に女の子が男の部屋に上がり込むなんて無防備だねぇ、そんなことを思う。
そしてそんな無防備さも彼と良く似ている。
少女に珈琲を煎れてやった滝沢は、
「それでまた一体全体どーして女の子になっちゃったワケ?」
成り行きを問うた。
「分かんねぇ……」
少女はそう言ってうなだれる。
しょんぼりとした様は元気のない猫そのものだ。
それを可愛く思いながら、
「じゃあ、なんでウチに?」
さらに尋ねる。
途端に勢い良く顔を上げた少女は怒りに目を吊り上げ、
「だってさ!!」
憤怒に満ちた顔と声音で、
「俺がこーなった途端子作りしようとか言い出すんだぜ久保ちゃん!!」
滝沢は思い切り珈琲を吹き出した。
そして盛大に咳込む。
「あんまりしつこいから家出て来た……って大丈夫か?滝さん」
「~~ゴメンゴメン。……それは災難だったな」
辛うじて平静を装いそう返す。
正直、時任が女になったと聞いた時よりも衝撃は大きかった。
久保田が時任に尋常ならざる執着を抱いているのは感じているし、そういう関係なんじゃないかと勘繰ったこともある。
そんな冗談を言ったことだってあるが、しかし、それでも久保田が時任に子作りを迫っているところは俄に想像し難かった。
滝沢は改めて、久保田が時任に対して抱いているものは普通でないとそう思う。
「だからさ~今日泊めて貰ってもいい?」
「あ、あー別に構わんけど」
「サンキュー、シャワー借りるな!」
時任は(少女はもう時任で間違いなさそうだった)泊めて貰えると分かって安心したのか、喜々として浴室に向かったが、滝沢は新たな問題が浮上したのを感じた。
ずばり時任は滝沢の想い人だ。
元々ノンケである滝沢は男である彼を性的にどうこうしようと思ったことはないが、今の彼は女。
どうこうしようと思っているワケではなくても、どうこうしたいとは思ってしまうワケで、男として何も感じるなというのは不可能な話だ。
しかし久保田のことがある。
先の通り、久保田の時任への思いは常軌を逸している。
今現在の二人の関係についたレッテルなんて関係なく、久保田は時任に特別な感情を向ける存在を許さないだろう。
そして、時任だって。
滝沢は最早、時任の性別が何故逆転したのかという謎に対してはすっかり関心を失っていた。
ジャーナリストとしては由々しき事である。
滝沢が色々思いを巡らせ煩悶してる内に、シャワーを浴び終った時任が、
「シャワーサンキュ~」
部屋に戻ってきた。
何気なく振り返った滝沢は再び珈琲を吹きそうになった。
その辺にあった滝沢のワイシャツを拝借したのだろう、勝手に着ていたが、問題はそこではない。
時任が、その習慣がないが故に、下着を身に着けていないことだった。
下着、もっと厳密にいうとブラジャーだ。
髪から滴る雫にワイシャツが濡れて、非常に宜しくないピンク色の何かが透けて見えている。
以前部屋に泊めてやった時も上半身裸で部屋をうろつき回り、ピンク色がちらちら視界をちらついて目に毒なことこの上なかったが、この毒はその比ではなかった。
毒というか猛毒だ。
一瞬で理性が麻痺して壊死しそうになるのを辛うじて意思の力で押し留めたが、
「……それ、触っていい?」
欲望が言葉となって飛び出すのを押し留めることは出来なかった。
指は時任の胸を指している。
……ん?既に死んでない?俺の理性。
いやいや、襲い掛かって押し倒さなかっただけ表彰モンでしょ、と、自己完結しつつ時任の答えを待った。
時任は一瞬ポカンとすると、滝沢の顔と、指と、指が指しているものに視線を順に走らせる。
何の許可を求められているかを理解して、途端に真っ赤になってばっと両腕で胸元を隠した。
「~~駄目に決まってんだろ!!」
しかし、そんな初々しい反応に更に煽られてしまう。
滝沢は粘った。
「男同士なんだしいいじゃない」
滝沢は迫り、時任は後ずさる。
「いや、そりゃそーだけど今女だし」
「まぁまぁ。大事なのは本質ってね」
「別にむ……触りたいなら、俺じゃなくても……!!」
「いやいや、男から女の子になっちゃった奴の胸なんて貴重じゃない。触り心地とかどーなのかなぁって。ジャーナリスト魂が疼くってゆーの?」
嘘だった。
今、滝沢の中にあるのは雄の本能だけだ。
「ジャーナリストとして何もかも知りたいなぁってね」
時任の背が壁にぶつかった。
追い詰めた滝沢はとんっと壁に手を付いた。
羞恥と混乱で沸騰しそうな顔をしていた時任だが、
「あ……」
小さく声を漏らして、目を見開いた。
背後に向けられた瞳に過ぎる感情の色に、滝沢は何が自らの背後にいるかを悟る。
音も気配もないが、時任にこんな表情をさせる存在はただ一つだ。
「なーんてね、冗談冗談」
ぱっと手を上げて、身体を離す。
そして何気なく振り返った演技をし、空々しく驚いてみせる。
そこには案の定、久保田が立っていた。
「今晩は、滝さん」
彼の挨拶も白々しい。
「やぁ、くぼっち。奇遇だねぇこんなトコで会うなんてさ」
笑顔でそう言いつつ、内心でこっそり零す。
……鍵はどうした。
久保田は常と全く変わらない表情と声音だったが、彼の機嫌があまり宜しくないであろうことは何となく察せられた。
「帰るよ」
時任に一言そう言うと、抵抗を物ともせずにひょいと肩に担ぎ上げる。
そして肩の上で時任が喚き暴れるのを一切無視したまま、
「お邪魔しました~」
それだけ言って帰っていた。


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


一人残された滝沢は、家の鍵をピッキング防止の物に付け替えようと心に決めた。

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