怪盗が逃亡してから間もなくのこと。
まだ大勢の警察官が現場検証などで大わらわな中、きょろきょろと辺りを見回しながら走る小柄な影が一つ。
「全く……毎回毎回」
ぶつぶつと文句を言いながら、久保田探偵を探しているのは時任少年です。
探偵は事件の後、姿を消す妙な癖があり、その度に時任少年は久保田探偵の姿を探すハメになるのでした。
建物の外でも探してみるかと階段を下りかけたところで、2階から上ってきた新木さんとばったり出会います。
丁度新木さんは時任少年のことを探していたようで、呼び止めるように声を掛けられます。
「ああ、いたいた。時任君。あっちで久保田君が呼んでいたよ?」
「え、久保ちゃん?」
立ち止まって、新木さんを見上げます。
「何処に?」
「東館に来てって伝えてくれって」
それを聞いて、時任少年は首を傾げました。
東館は封鎖してるっていってなかったっけ?
不思議に思いましたが、深く考えることなく、
「ふーん。サンキュッ」
新木さんに礼を言って駆け出しました。
階段を下りて、2階に向かいます。
2階にある連絡通路はシンとして、奥に人の気配はありません。
しかし臆することなくスタスタと進み、閉ざされた東館の扉を力一杯押し開けます。
重厚な樫の扉は妙にすんなりと開きました。
時任少年はひょいっと中を覗きます。
西館と同じレイアウトの空間には、やはり誰も居ません。
「久保ちゃーん?」
大きな声で久保田探偵の名を呼びながら、扉を閉めてぐるりと2階を回ります。
探偵ののっぽな姿は相変わらず見当たりません。
「どこだよ……」
とりあえず上から探すか、そう思った時任少年は3階のフロアへと続く階段を駆け上りました。
果たして、久保田探偵はそこにいました。
ステンドグラスを背に、大きなガラスケースに凭れかかってこっちを見ていました。
色硝子から洩れる淡い月明かりが七色に着色されて、床に色々な色を飛び散らせています。
それを背にした探偵の表情は逆光で暗く、暗い部屋の中では殆ど伺うことができません。
「久保ちゃん!探したんだぞ!なんでこんなトコいるんだよ……ッ!」
時任少年がぷりぷりと文句を言いました。
しかし、久保田探偵は黙って微笑を湛えているようでした。
時任は傍に駆けより、ひょいっと探偵の背後にあるガラスケースを覗きこみました。
中には金の鎖に繋がった大きな緑色の宝石が、スタンドグラスの光を受けてキラキラ輝いています。
「これが『暁の緑涙』か?」
不思議な魅力を湛えたそれに惹き付けられるように見ていると、ふいに久保田探偵が、
「おいで、時任」
と言って両手を広げました。
時任少年は誰も見ていない時にいつもしているように、バスンッと思いきり抱き着いて甘えるようにぐりぐり頭を押し付けます。
そして。
ある事に気付いて。
不思議そうに時任少年は探偵を見上げました。
この距離では暗くとも表情が良く見えます。
「……久保ちゃん」
「何?」
返事をする久保田探偵は、いつもと同じ柔らかい笑み浮かべています。
いつもと同じだけど……
でも……
「なんで煙草の匂いがしねーんだ?」