時任可愛い
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朝、ブラインドから覗き見ると、窓の外が真っ白だった。


 


 


 


WHITE VALENTINE


 


 


 


 


今年雪が積もるのは二度目。
しかも、二十年に一度の大雪が二度目だ。
白一色っつーのは個性がなくてつまんない気もするけど、いつもの薄汚れた様な灰色の町並みが白くキラキラ光っている様は単純に綺麗だ。
綺麗過ぎて、少し目に痛いほど。
でも今日は雪の白さとは程遠い、むしろピンクの欲望が渦巻くバレンタインデー。
ある意味男としての真価を問われる日なので、世のヤロー共はそわそわ落ちつかなくなる。
むろん、恋心を内に秘める女の子達も。
ま、宇宙一の美少年を自負する俺様はチョコなんて貰えて当然だから、気にしてねーけどな。
俺が気にしてるのは。
チラリとベッドで眠ってる久保ちゃんに目をやる。
眠りが浅い久保ちゃんには珍しく、まだ夢の中だ。
雪って音を吸い取るらしーから、静かで良く眠れるのかもしれない。
俺が目を覚ましたのはなんでだろ?
雪の気配?
もしくは、今日を気にし過ぎて?


……久保ちゃんは俺のチョコ、欲しかったり、する、の、か、な。


俺、一応、恋人だし。バレンタインデーは恋人のイベントだし。
バレンタインデーに恋人からチョコを貰って嬉しくない男はいない、よな。
でも、いっくら恋人だっつっても、そもそも女が用意するモンだろ?
俺様があげるのがなんっか腑に落ちねぇ。
……でも、せめてスニッカーズの1つぐらいはあげるべきか?
つらつらそんな事を考えていたら、いきなり腕を掴まれた。
そしてそのまま布団の中に引きずり込まれる。
「うわっ」
「めずらしいねぇ。先に起きてるなんて」
 温かく薄暗い布団の中で、久保ちゃんと目が合う。
「外、雪降ってる」
「ああ、道理で静かだと思った」
「結構降ってんぞ」
「電車止まってるかもねぇ。学校休む?」
「やだ。俺を待つ全校の女子が可哀想だろ」
「あー。今日バレンタインだっけ?尚更行きたくないなぁ」
「なんでだよ。どーせ久保ちゃんいっぱい貰えんだろ?」
 俺よりもさっ。と膨れると、久保ちゃんは目を常よりも更に細くして、
「俺には時任の愛だけで十分だからさ。他の子のなんて要らないよ」
なーんて恥ずかしいこと言ってくれちゃったりする。
「……俺はチョコなんてやんねーぞ」
「えー。残念」
「俺様が女みてぇな真似するわけねーだろ。なー、それよりもメシッ!」
「ハイハイ」
久保ちゃんは小さな音を立てて俺に優しくキスすると、ベッドを抜け出して洗面所の方へ歩いていく。
俺も着替えるためにベッドを下りようとして、もう一度だけ窓を振りかえった。
ブラインド越しにちらつく白い影。
それがやけに、俺の網膜と脳裏に焼きついて離れなかった。


 


 


 


 


 


 


「うー、寒っみー」
「時任、髪に雪積もってる」
「って久保ちゃん!眼鏡に雪が……」
「あーホントだ。道理で見えにくいと思った」
「気づけよ……」
電車はなんとか動いていた。
新雪を踏みしめつつ俺と久保ちゃんは通学路を歩いている。
家を出た直後は結構吹雪いていたけど、今はちらりちらりと舞い散る程度だ。
傘をささないで歩いているせいで、俺達の髪やコートに雪が少しだけ積もっていた。
「久保ちゃん、何か白い」
「時任も。お揃いだね」
眼鏡をはずしたまま微笑む久保ちゃんに、気恥ずかしくなって俯く。
その顔でこっち見んな!笑うな!
左手に剥き出しの冷たい肌が触れる。
大きな手が俺の手を包み込む様にぎゅっと握る。
「何繋いでんだよっ!!皆見るだろっ!」
「いーじゃん。寒いし、ね」
睨みつける俺に構わず、久保ちゃんは笑って、繋いだ手を前後にぶらぶらと揺らした。
冷たかったお互いの掌にじわじわと体温が滲んでいく。
これ以上、嫌とは言えない自分が悔しい。
「……寒いからな」
まるで自分に言い訳するようにそう言って、俺も手をぎゅっと握り返した。


 


 


 


 


 


「朝っぱらから仲が良いわね二人共」
教室に入るなり疲労感たっぷりの桂木にそう言われ、俺は激しくうろたえる。
久保ちゃんは平然としたままだ。
「な……なんだよ急に」
「クラスの女子が騒いでたわよ。『久保田君と時任君が雪の中、手を繋いで登校してた~』って」
頭痛を堪えるように桂木が額に手をやる。
「あれは久保ちゃんがっ!!」
「はいはい。分かってるから喚かないで!どーせ『寒いから』とか上手く丸め込まれたんでしょ」
「何でわかったんだ!?」
「……当たってたの。随分ベタね。久保田君」
「恋愛なんてベタでナンボっしょ」
億面もなくそう抜かしやがる鉄面皮眼鏡野郎。
頼むから桂木にそーゆーこと言うなっつーの!!
いや、桂木に限んねぇけど!!
お前鉄面皮すぎるんだよ!!
睨んでも、どこ吹く風で微笑まれた。
コノヤロ……!
「本気で頭痛くなってきたわ……ハイ」
向かい合う俺達二人に、桂木は何かを投げて寄越した。
危なげなく掴んで手の中のそれを見れば、綺麗にラッピングされた四角く小さな包み。
「これ……」
「ああ、ありがと」
所謂、バレンタインチョコ。
「言っておくけど義理だからね。執行部全員同じヤツ」
「本命いんのかよ」
「うっさいわねーっ!文句あるなら返しなさいよソレッ」
「ヤダ。貰った以上俺のもんだろ。ありがたく食ってやる」
桂木相手に素直に礼を言うのも照れくさくて思わずそんな風に言うと、桂木は呆れた様に笑って溜め息をついた。
「で、時任は久保田君にチョコあげたの?」
「はぁ!?なんで俺様が久保ちゃんにチョコあげなきゃなんねぇんだよ」
「手ぇ繋いでラブラブ登校して来る仲なんだからあげればいーじゃない」
「ね、くれればいいのにね」
久保ちゃんがのほほんと相槌打つ。
その様子からは、本気で欲しがっているのかどうかは良く分からなかった。
「何で俺が女みたいな真似」
「でも……」
何かいいたげな表情で俺達を交互に見た後、桂木はまた溜め息をついた。
「いじっぱりばっか」
一言言い置くと、
「じゃあ、私、相浦君たちにもチョコ渡してくるから。放課後ちゃんと顔出しなさいよね!」
教室から出ていった。
何なんだよ……
隣の久保ちゃんは相変わらず読めない顔で何も言わない。
「くれないの?」なんてしつこく言いはしない。
けど、『いじっぱりばっか』って言葉が俺の胸の中でいつまでも蟠っていた。
ぐずぐずと、残り雪みたいに。


 


 


 


 


 


「大量大量♪」
「そーね」
放課後、チョコの山を抱えてゴキゲンな俺様の横で、久保ちゃんが至極面倒そうに相槌をうった。
久保ちゃんが貰ったチョコの数はやっぱり俺様よりも多くて、両手に持つのも大変そうだった。
廊下を歩いていると、すれ違う男子生徒達から羨望の眼差しを浴びる。
今朝「時任の愛だけで十分」とか言ってた割には来る者拒まずだ。
まぁ、俺も拒んでないから人のこと言えないんだけど。
「久保田くーん!」
……げっ!この声は!!
「あ、どうも」
「出たなおかま校医!!」
「うるさいわよアメーバ!!」
「んだとぉっ!!」
保健室付近で案の定、五十嵐先生に遭遇した。
喚く俺は完全無視で久保ちゃんに抱きつこうとして、その両手に抱えられたチョコの山に悲鳴を上げる。
「まぁーっ!!もうこんなに貰っちゃったの!?流石久保田君ねぇ。すっかり先を越されちゃったわぁ」
そう言ってしなを作りながら、無闇にでかいチョコを久保ちゃん持つカラフルな山の上に置いた。
「うふッ、これが私の気持ちよぉ~受け取ってくれる?」
両手の塞がってる久保ちゃんはぼーっと突っ立ったまま、
「ありがとうゴザイマス」
棒読みで礼を言った。
「返事待たずに押付けてんじゃねぇか!」
「ふん!あんたにはコレで十分よっ!」
ぽいっと投げつけられたのは対照的にすっげー小さい……
……チロルチョコ?
「てめぇえ超絶美少年の俺様に!!なめてんだろっ!」
「貰えるだけ感謝なさいっ!」
「んだとー!!」
「大体、あんた久保田君にチョコあげたの?」
「なんで俺が久保ちゃんにチョコやんないといけねーんだっ!」
どいつもこいつも同じことばっか聞いてきやがって!
俺は久保ちゃんの彼女じゃねぇっつうーの!
「まぁーッ!!そんなこと言ってるようじゃ久保田君を独占する資格なんてないわよっ!」
「うっせー!!」
「はいはい。遅れると桂木ちゃんにどやされるよ?」
このままじゃ埒があかないと思ったのかオカマ校医と睨み合ったまま動かない俺のフードを掴んで、久保ちゃんが俺の身体をずるずると引きずって歩き出す。
大量のチョコはいつのまにか調達されていた紙袋に押し込まれていた。
「また来てね~久保田くーん!」
「二度と来るかぁ!!」
俺の叫び声は廊下に木霊せず、未だちらつく窓の外の雪に吸い込まれたかの様にシンとして消えた。


 


 


 


 


 


 「く・ぼ・た・センパ~イ」
一難さってまた一難。俺の不機嫌の元は尽きることなく沸いて来る。
部室に来たら予想通り、藤原がチョコと満面の笑みで久保ちゃんを待っていた。
「俺の愛を受け取ってくださーい!」
「久保ちゃんにはてめぇの愛なんかいらねぇんだよっ!!」
回し蹴りをお見舞いすると、派手にスッ転ぶ。
それでもめげないこのゴキブリ根性は賞賛に値すると言うべきか。
バルサン焚けば少しは弱るのか?
「野蛮ですっ!!久保田センパーイ、こんな乱暴者のチョコより、俺のチョコを貰って下さい!」
「俺は久保ちゃんにチョコなんかやってねぇよっ!!」
「ええぇーっ!!」
耳障りな叫び声をあげて藤原がオーバーリアクションで驚いてみせる。
「あげてないんですかぁ?時任先輩!」
「フツーにチョコ渡してるお前の方がオカシイだろーが!!俺は女じゃねぇっつーの!!」
「それは久保田先輩に対する愛が足らないからですっ!」
勝ち誇ったように言って、藤原は久保ちゃんの腕にしがみついた。
「久保田先輩はチョコ欲しいですよねー」
「ま、そりゃあねぇ」
久保ちゃんはいつも通りの読めない表情だった。
(何考えてんのかわかんねぇ)
声だっていつも通りのほほんとしてた。
(怒っててもそうだったりする)
雪の様な冷たさはどこにもなかった。
(白く覆われてて中身なんて見えやしないけど)
だけど、胸が痛い。
(ズキズキする)
「なんなんだよ……」
責めてるのは久保ちゃんじゃない。
(本当に?)
俺の罪悪感だ。
(だって一週間前からずっと気にしてた)
だって久保ちゃん、チョコ欲しかったって言ってんじゃん。
「……先に帰る」
持ってたチョコを全部相浦に押付けて部室を飛び出した。
後ろから桂木が何か叫んでたような気がしたけど、降り返らなかった。


 


 


 


 


 


「やっべー…鍵忘れた」
何も考えず帰ってきたものの、今日に限って家の鍵を忘れてるという間抜けな事態。
「さっぶ……」
玄関前で待ってる気にもなれず、雪の止んだ雪道をさくさくと一人歩く。
車輪と人の足跡だらけの道路。
白一色で覆われた朝の光景はあんなにも綺麗だったのに、今はお世辞にも綺麗とは言い難い。
ぐちゃぐちゃだ。
公園の入り口で雪だるまを作る近所の子供達をぼぉっと眺める。
ホントは、久保ちゃんにチョコあげたって別に良かったんだ。
綺麗に包装したヤツじゃなくても、軽いノリでスニッカーズあげるだけでもきっと久保ちゃんは喜んでくれただろう。
いつもより少しだけ目を細くして、優しい顔で笑って。
それが分かってて何もできなかったのは……桂木の言うとおり、俺が意地っ張りだから、なんだろう。
久保ちゃんとこういう関係になって、一年も経ってなくて。
どうあるべきか、まだ悩むことも多くて。
簡単に女の真似なんかできなかったんだよ。
俺はなれないし、女の代わりだってできないから。
久保ちゃんにそう思われんのも嫌だった。
ホント、それだけ。
だから、愛が足りないと言われれば、咄嗟に反論できなかった。
愛ってそんな何もかも超越できるもんなの?
「こんな所でなーにやってんの?」
後ろから、見知った腕に抱き込まれる。
「風邪引いちゃうよ?」
「久保ちゃん……」
帰ろ?って微笑まれて、俺は久保ちゃんのコートの袖をぎゅっと握った。
「久保ちゃんさ……やっぱりチョコ欲しかった?」
「うん。手軽だけどやっぱ一つの愛のカタチかも?って思うしね」
下らない意地を張った後悔に唇を噛む。
「でも、1ヶ月後にくれればいいよ。ハイ」
後ろから抱きついたまま、久保ちゃんは俺の手に綺麗に包装された包みを持たせた。
「俺の愛」
「久保ちゃん……コレ……」
「別にさ」
久保ちゃんが耳元で囁いた。
「俺達男女のカップルじゃないし?どっちがあげてもいーっしょ。
俺は時任を女の子の代わりだと思ったこと、一度もないよ」
「……ごめん」
小さく謝った俺を久保ちゃんは何も言わずに抱きしめてくれる。
久保ちゃんからのチョコを、俺は包装紙を破らない様に慎重に開けてみた。
中から出てきたのは、箱いっぱいに詰まった小さなハート形のチョコ。
予想以上の可愛さに俺は面食らう。
「……何処で買ったんだよ、コレ」
「ん?コンビニ」
「買うの恥ずかしくなかったか?」
「いんや、別に?」
とぼけた声を間近に聞きながら、俺はハートのチョコを一つ口に放り込む。
そして、そのまま振り向いて久保ちゃんにキスをした。
チョコよりもずっと甘いキス。
「……俺の愛で十分なんだろ?」
「うん。ゴチソウサマでした」
重ねた唇はひんやりと冷たくて、ただ甘かった。
「ま、続きは帰ってからというこで」
キスで赤くなった俺の顔を、妙に嬉しそうに見つめて久保ちゃんは意味深な言葉を吐いた。
「チョコがいっぱいあるから、チョコレートプレイでもしようか」
「久保ちゃんの変態っ!」
そう怒鳴ってから、掠めるようなキスをもう一度した。


 


 


好きだから、ぐちゃぐちゃ悩むんだよ。
好きだから、綺麗でいられない。
でもそれを久保ちゃんが分かっていてくれたら、それでいい。


 


 


 


 


 


 


「新雪を踏んで汚すのって楽しいよねぇ。俺は好き。
俺が好きでぐちゃぐちゃになる時任、可愛くて好きだよ」

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