テレビでそのような言葉を言っていたからだろう。
「時任はさ、体と心、汚れるならどっちがいい?」
心が汚れた!!
出演者が甲高い声で言っていたのをちらりと耳にした気がする。
時任は読んでいた漫画雑誌から顔を上げて久保田の方を見た。
久保田はつけっぱなしのテレビではなく、時任をじっと見つめている。
口の端は上がっており笑みを形作ってはいたが、反射する硝子に阻まれて目は見えない。
故に、久保田が何を思ってそんな発言をしたのか分からなかった。
「……意味分かんねぇ。心ってどーやったら汚れんだよ。体は、そりゃ、泥とかで汚れるけど」
時任は思ったことをそのまま言う。
彼の認識の中では、心は汚れるようなものではなかった。
「汚れるの意味が違うかな」
「どー違ぇんだよ」
時任はむくれる。
しかしその言葉には答えず、久保田はぐっと身を寄せてきた。
思わず時任は体を引いたが、構わず更ににじり寄り、時任の細い体をソファーの背に押し付けるようにして、久保田はやっと止まった。
この位の至近距離になると久保田の目も良く見える。
久保田は、微笑んでいた。
いつもの表情で。
優しくて、暗くて、餓えている、いつもの目。
「心はね、簡単に汚れちゃうよ」
例えば。
久保田は囁く。
「好きな子の体、頭の中で汚しちゃったりしたら」
時任にはやはり、久保田の言う『汚す』の意味が分からなかった。
しかし嫌な含みは感じて、キッと睨み返しながら、
「久保ちゃんは、どーなんだよ」
問い返した。
「俺?そーねぇ……」
「汚れるより、汚す方がいいかな」
「……それ、答えになってねーだろ!」
「かもね」
時任が憤慨しても、久保田は飄々としている。
「時任は、どっち?」
久保田は再び問い掛けた。
汚れる、それそのものの意味を分かっていないのかだから、答えようがない。
しかし時任はとっさに、
「俺は汚れない。心も体も」
そう言っていた。
多分、汚れる意味を知っても同じように答えるのだろうと久保田は思う。
だからこそ、余計に(しかし予定調和に)
そのまま、ごく自然に顔を近付けて、
時任に口付けた。
唇を離すと、ポカンとした、およそ色気とは無縁な時任の表情が見えた。
しかし唇は吸われて不自然な程に赤く、唾液で濡れている。
久保田は自嘲気に笑った。
「汚れちゃった」