愛に味なんてないし、そもそも形すらないんだけどさ。
こんな日くらい、その甘さに酔って骨抜きに成りたいじゃない?
二月の行事といえば節分なんじゃないの?なんて思うけど、世間の興味はもっぱらチョコのアレに集中してるみたい。
賑々しいコンビニのチョコ売り場を見て、ふと思いつく。
俺がチョコあげたら時任もチョコくれるかも?
バレンタインの主役は恋する女の子。
俺達には関係ない……とまでは言わないけど、少なくともこのままでは男でにゃんこで可愛い恋人が、俺にチョコをくれる可能性は無きに等しかった。
さて、そうと決まれば。
近麻とビールとイカフライしか入ってなかったカゴの中に、板チョコを二枚放り込む。
バレンタインの約一週間も前の今日からスニッカーズやらポッキーやらダースやら、とにかくチョコで出来てるお菓子を毎日毎日せっせと与え続けてみよう。
鈍感な時任のことだから、それくらいあからさまにやらないと俺の意図に気づかないだろうし。
一週間あれば時任が気づいて、苦悶して、腹を決めてチョコを準備するのに十分だろう。
俺がバレンタインにチョコをあげてホワイトデーにお返しを時任から貰うって手もあるけど、どうせならバレンタインに欲しいじゃない?
それに、一ヶ月後なんてチョコあげたこと忘れ去られてそうだし。
楽しみだなー。二月十四日。
カゴの底に横たわった板チョコ見て、俺はニヤリと唇を歪めた。
んで、本番当日。
俺は溜め息をつきたくなった。
視線の先には、俺が献上したキットカットをもぐもぐ食べてる時任。
美味しそうに食べてるのはいーんだけどね。時任君。
今日、何の日か知ってる?
俺の意図にちょっとは気づこうよ。
あの日から毎日毎日チョコ製品を買っては渡していたのに、時任は俺のシタゴコロに気付く素振りもなくうまいよなーなんて言って消費するばかりで、俺のチョコ攻めを疑問にすら思わないみたい。
ショパンの黒すぐり、分けてもくれなかったしね。
新商品なのに。
今日だってキットカットをコンビニ袋一杯に詰めて黙って渡したんだけど、その量につっこむことなく、ごくごくふつーに食べてるし。
大体さ、何で甘いモノ好きじゃないのにチョコは好きなのかねぇ。
お子様味覚なんだろーけど。
お子様というなら俺の方こそ子供染みてるのだろう。
お菓子業界の陰謀に、思春期の女の子みたく踊らされて落ち込んでいる。
俺はただ、俺の為に(強調)恥を忍んでチョコを買う時任を想像して萌えたりしてみたいなー
……その程度の気持ちなんだけどね。
あんだけチョコ責めしたら気づかない?普通。
「時任ってすーごく鈍感だよねぇ…」
溜め息に白い煙を混ぜて吐き出しながら、ゲームに没頭してる時任にそう言うと、
「どっちが鈍感だよ」
なんてギロリと睨まれてしまった。
あら?
「俺が気付いてないとでも思ってたのか?あんなあからさまに仕掛けやがったクセして」
あらあら?
その後、切れた煙草を補充するために買い置きを入れた戸棚を開けると、一カートンの煙草の代わりにちょこんと一つ、煙草チョコが置いてあった。
一本くわえてみる。
甘いなぁ……
何だか胃も心も甘い何かで満たされていく気がして、俺は笑ってしまった。
三十円でこんなに幸せになれるなんて、俺ってすっごく安い男だよねぇ?