俺は時任を再度横目で眺めた。
不機嫌MAXといった面持ちで、眉間に皴が何本も刻まれてる。
だけど、大きめの目のせいか、丸い輪郭のせいか、いつも程の険は感じられない。
顔の輪郭だけじゃない。
背丈だって10㎝は低いし、細く締まっていた身体も少し丸みを帯びて柔らかそうなフォルムになっている。
それに……そこまで自己主張してないけど……胸……の膨らみが確実に存在してるし……
椅子に座って不遜な態度で足を組んでる姿はどこからどう見ても時任だ。
けど、どこからどう見ても女の子だよな……
ぶすーっとしている時任(とぼーっと煙草吹かしてる久保田)に聞こえないよう、こっそり桂木に耳打ちする。
「なんでウチの制服じゃなくてセーラー服着てるんだ?」
「女子の制服が用意できなかったからですって。……セーラー服は家にあったそうよ」
幾分げんなりとした表情で、桂木は答えた。
何で家にセーラー服はあったのかはあんま考えたくないな……
しかし急に女の子になっちまうとか、相変わらず面白い奴だな、時任。
本人にはかなり切実な問題だろうけど、こっちに害がある訳じゃないし、時任にゃ悪いが他人事だ。
ついつい珍獣を見るような目で観察してしまう。
色々なパーツが女の子仕様に変化しているものの、髪の長さは変わっていない。
女の子にしては大分短いが、それでも男に見られることはないだろう。
良く見ると、俯きがちな顔の、前髪から覗く瞳には何時もの強気な光よりも不安げな色の方が強くて、不機嫌な表情はそれをごまかす為のものであることに気付く。
そりゃそうだよな……いきなり自分の性別変わったら、流石の時任でも不安になるよな……
そー思うとなんか……
きゅん。
な、なんか胸の奥で変な音がしたぞ!?
落ち着け俺の心臓!!
どんなに女の子の形しててもあれは時任なんだからな!!
けれど、一度可愛く見えてしまえば……
……訂正。
大分有害だ。
「久保田になんか変わった様子は?」
「別にー」
二人してちらちらと久保田に視線をやる。
手元の近麻に目を通すでもなく空を見上げている様は、思案に暮れているようにも見えるし、単にぼーっとしているだけにも見えた。
まぁいつも通りの久保田だ。
「時任の一大事に落ち着いてんなー」
「だって久保田君よ?男とか女とか関係なさそうじゃない?特に時任に関しては」
「それはそれで大いに問題な気がするけどな……」
その時、ふいに久保田は時任の方を向いて、
「時任」
と名前を呼んだ。
顔を上げた時任に手招きをする。
訝しげな表情を浮かべつつも素直に近付いてきた時任の手を軽く握ると、
「こうなってからずっと考えてたんだけどね……」
珍しく真面目な顔をして目の前の猫目を見上げた。
「うん?」
時任は首を傾げて次の言葉を待っている。
あーいつも通りに見えても、やっぱちゃんと時任のこと考えてんだなぁ、久保田なら元に戻る方法とかも思い付きそうだよな、等と思っていたら、
「子作りしよう」
真面目な顔のまま、久保田はそう言い放った。
桂木と俺、そして時任の目が点になる。
子……作…りぃぃいッ!?
「はぁあぁ!?」
数秒遅れて言われた言葉が脳に届いたらしい時任が、素っ頓狂な叫び声を上げた。
そりゃそーだ。
しかし久保田は何食わぬ顔で、
「だって今しかチャンスないじゃない、お前と子供を作る」
いけしゃあしゃあとそんな事を言う。
「そーゆー問題じゃねぇだろ!!俺様一刻も早く元に戻りてぇんだけど!!」
「子供作ってからでいいじゃない」
「アホかーッ!!」
ってかあんな涼しい顔で時任との子作りすること考えてたのか!久保田!!
お前とは結構付き合い長いけど……時々わかんねぇよ……
桂木は呆れ果てた顔して二人を視界から外していた。
関わりたくないらしい。元より時任しか見えていない久保田は、椅子から立ち上がって暴れる時任の腰を抱くと、耳元に顔を寄せる。
「だから、早くウチに帰って……ね?」
低い声で甘く囁いた。
「……」
急に暴れるのを止め、時任は俯いてしまった。
久保田は更に顔を寄せると、そんな時任の顔を覗き込んだ。
その瞬間、狙い済ましたかのように時任の右手の指が久保田の眼鏡を貫いた。
パリーンッ!!
小気味よい音が部屋に響く。
め、眼鏡が割れたぁぁぁってか割りおったぁぁぁっ!!!
動きの止まった久保田の腕からするりと抜け出ると、
「久保ちゃんの変態エロ親父ぃぃぃッ!!!」
捨て台詞を吐きながら、時任は勢い良く部室から飛び出しいずこへと走り去っていった。
「……」
残された久保田は、冷静に割れた眼鏡を顔から外して新しい眼鏡に変えると、特に焦った様子もなく時任を追ってのんびり出て行く。
俺らが何かリアクションする間もなかった。
二人きりになった部屋で俺と桂木は顔を見合わせ、深い深い溜め息を吐き出した。
お前ら……ホント見てて飽きねぇよ……