快楽の奔流に溺れそうになり、喘ぐ。
摩擦熱は脳髄を掻き乱し、汗でぬめるお互いの肌は密着していてもすり抜けてしまいそうに頼りない。
背中に爪を立ててしがみ付いた。
翻弄され頼りなく揺れる自我は底のない闇の中に落ちていきそうだ。
時折瞼に触れる唇の優しい感触でさえ、自分をその中へ突き落とそうとしているようで。
まして激しく打ち付けられる腰の動きが理性の留まりを許容する筈もない。
ひくっと喉を反り返らせる。
内側を穿って、脆さを暴いて、急所さえも曝させて、その上。
――自我を残すことさえも許さないのか。
爪を、立てる。
縋るためじゃない。
その隔たりの所在を分からせるために。
久保田が時任の喉を強く吸い、赤く散った痕を舐めた。
同時に強く突かれて、漏れた声は嗚咽のようだった。
余裕なく貪られながら時任は脳裏にぼんやりと浮かんだ、つい先刻、久保田とベッドの中で交わした言葉をなぞる。
「久保ちゃん」
「んー?」
時任の腰の上に跨り、ゆっくりワイシャツのボタンを外しながら久保田は間延びした返事を返した。
白い素肌がワイシャツの隙間から露わになり、久保田の骨ばった大きな手がそれをゆっくりと撫でる。
されるがままの時任は幾分熱を帯びた瞳で久保田を見上げた。
「俺は生きたい」
耳元に久保田は軽くキスを落とす。
「そーだね」
知ってる。
低く、甘く、睦言のように耳朶で囁かれる。
対して時任の言葉には、瞳や体に見られる火照りはなくただ淡々としていた。
「生きてぇよ。死にたくねぇ」
睦言などではなく。
そんな甘い言葉ではなく。
真摯で切実な、真実。
「ぜってー生きたい。けど、久保ちゃんが」
静かに時任の体にキスを繰り返す久保田の肩を掴んで、視線を再び時任の瞳へと戻した久保田を真っ直ぐ捕らえて、ただ淡々と。
その響きに悲痛さはない。
「キスでもセックスでも満足できなくなったら」
この肌という隔たりにさえ耐えられなくなったその時には。
「その時は、久保ちゃんの好きにしていいから」
久保田が優しい目をして笑った。
「ありがと」
この優しい瞳の下に巣食う飢餓を時任は知っている。
何時の日か、満たされた色を湛えるのかもしれないが、それを時任が見ることはありえなかった。
満たされる、その時は。
「ごめんね」
零れた謝罪の言葉は何に対してなのか。
今度は唇に落とされた口付けに応えながら時任は思った。
人間であることに対してだろうか。
どこまでもを際限なく望むことに対してだろうか。
ならお互い様だ、と。
びくんっと痙攣した拍子に鋭い爪が久保田の皮膚を裂き、一筋垂れた血が汗と交じり合って剥き出しの体を伝った。
久保田はそんな些細な痛みに気づいていないかのように、貪って、貪って。
穿たれる熱の膨張に、時任も自身が限界に近づいているのを感じる。
喘ぐ合間に愛してると呟いて、快楽に全て飲み込まれる覚悟を決めた。
違うもの同士だから重なる。
重なるから摩擦する。
摩擦から熱が生まれる。
熱が快楽を引き出す。
違う存在を重ねるだけ。
混じり合うことはない。
生きたいと言う言葉に偽りはない。
けれど一方で、違う本能も血を吐くように叫ぶ。
一つになりたい。
あらゆる境界を飛び越えて。
物理的な隔たりの内側で交じり合いたい。
それは叶わない願いで。
お互いが別個の存在としてこの世にある限り。
だから。
汚して
壊して
殺して