シガーレットチョコを買った。
見かけたから何となく買ってみただけ。
煙草を模した、百円もしない古臭い駄菓子。
ソファーに座って一本銜えてみる。
チョコの味がした。
当然だけど甘い。
人差し指と中指に挟んでから、すぅと息を吐いてみる。
何時もあいつがしてるように。
煙は出なかった。
当たり前だ。
指先のそれをぼんやりと眺めて、『昔』あいつにシガーレットチョコを買ってやったのを思い出す。
俺が煙いっつってんのにちっともあいつが禁煙しねぇから、いつものセッタを全部隠して、煙草のチョコにすり替えてやった。
一つだけポツンと置かれたそれを見付けて、最初奴は吃驚したような顔をして、それから一つ咥えて「甘い」って言って苦笑したっけ?
俺は甘い方がいいじゃんって笑った。
煙草を止めて偽物の煙草チョコを食べ続けたら、ヤツに染み付いた苦い香りも甘く変わったかもしれない。
甘い香りのあいつなんて想像出来なかったけど。
……それに、苦いのが嫌いってワケじゃない。
あいつは俺の悪戯に、しょうがないなぁって笑って、それからキスをしてきた。
軽く唇が触れ、何度も触れたり離れたりを繰り返した後、舌と舌を絡めて貪り合う。
そのキスは何時も通り苦くて、でもチョコなんかより全然甘かった。
あの苦くて甘い味はもう『過去』のものだ。
過去なんて俺にはなかった筈なのに。
煙いとか言い訳して、あいつの体の心配をすることも。
シガーレットチョコの悪戯をすることも。
あの、苦い笑いを向けられることも、もうない。
苦い笑いの中の甘い眼差し。
今はもう思い出すのも痛いほど、あんなに優しい目をしていたのは俺の意図を分かっていたから。
頬を伝い流れ落ちるものが何かなんて考えたくなかった。
シガーレットチョコを持つ手が小刻みに震え始める。
ポトリとそれが落ちたけど拾うこともできずにつっぷした。
ぎゅっと唇を結んで、辛うじて嗚咽を噛み殺す。
膝を抱え顔を埋めてただ小さくなった。
心臓の辺りを掴んで、どうしようもなく一人であることを思う。
世界に一人ぼっち。
てめぇのせいだよ。
久保ちゃんの馬鹿。
煙いっつってんのに禁煙しねぇから。
結局最期まで苦い香りだったあいつ。
俺からあいつを奪ったのは煙草じゃなくてたった一つの小さな弾丸だったけれど。
甘いはずのシガーレットチョコ。
口の中は何故かしょっぱかった。