時任は手を止めて窓の外に目をやった。
ガラスの向こう側は猛烈に吹雪いている。
出掛けた久保田の身を無意識に案じている自分に気付くと、自嘲気な笑みを薄い唇に浮かべた。吹雪は俺と同じモノだ。
心配するなんて馬鹿げてる。
けれど、今、己が身に纏わりつく吹雪に似た冷たい何かもまた己と同じモノだとは思えなかった。
ソレに触れると刺すような痛みを胸の奥に感じる。
己と久保田との間にある壁を時任は明瞭に感じ取っていた。
二人の間にある『約束』という名の隔絶。
あの日、この出会いを決して喋ってはならないと己が約束させた。
その約束を久保田が守っている限り、二人の隔絶が溶けることはないだろう。
欺かれている現実。
欺いている現実。
しかしそんなもの、本当はどうでも良かった。
心を凍えさせているのは、久保田が時任を見る折に時々見せる、遠い眼差し。
久保田が一番大切に思っているのは人間の時任稔ではない。
あの日吹雪の中で出会った、顔も覚えてない筈の、雪の妖の時任稔だ。
久保田の中にあるその存在が、己と久保田の距離を決定的に遠いものにしている。
久保田の中に居る自分に嫉妬している。
やり場のない凍てつく様な感情。
感じる筈のない寒さに凍えそうでたまらない。
耐えるようにぎゅうぅっと強く拳を握った。
拳の中からガラスの砕けるような高い音が零れ、はっと我に返る。
指を開くと、中には粉々に砕けた氷があった。
時任の白い顔貌に広がったのは、悲しみと絶望がない交ぜになった色。
雪女が怒ると吹雪になる。
感情の高ぶりから生まれた氷。
雪の化身である証。
人間ではない。
久保田と同じモノではない。
突きつけられた現実。
いくら姿形が似ていても、似せていても、自分には温度すらない。
吐息も指先も肌も何もかもが冷たく、熱を奪うだけのモノ。
それなのに。
「久保ちゃん……」
寒ぃよ。
温めてくれるっつったのに。
てめぇのせいで寒ぃよ馬鹿。
涙すら身の内で凍りつき流れることのない己が久保田に惹かれたのは、一見、氷よりも冷たい瞳の奥にある温かな何かを、強く、求めているからだろうか。