「さっむ~~~~ッ!!!」
バンッ!!
騒々しい音を立てて時任はドアを開け、大袈裟に身震いをする。
頭に積もった雪がパラパラと落ち、滴となって玄関に散った。
「おかえり」
「うげッ!!!何だよ久保ちゃんそのカッコ!!!見てるコッチが寒いっつーの、服着ろ服!!!」
「って言われても、俺風呂上がったばっかだしねぇ」
腰にバスタオルを巻いただけの格好で久保田は小首を傾げ、よれよれになった雑誌で肩を叩く。
「何、照れてんの?恥ずかしがるよーな仲じゃないでしょ?俺達」
「て、照れてなんかねーよ!!ヤラシイ顔すんなッ!!」
肩に回された手を払いのけ、時任は久保田の体から素早く逃げると、
「風邪ひく前に服着ろよ!!エロ親父!!」
そう言い捨てて、リビングに去って行ってしまった。
残された久保田は、
「鍵閉めろって言ってんのにねぇ……」
溜め息を吐き、しかし酷く柔らかな顔で忘れっぽい同居人の代わりに鍵を閉めた。
「時任、コーヒー」
「んあ」
頭上から何時ものように声をかけられて、テレビ画面から目を離さないままに時任は右手を久保田がいるであろう方に伸ばす。
しかしソファー越しに伸ばされた手はマグカップの取っ手を掴むことなく、久保田の手に掴まれる。
それを訝しく思う間もなく、右手に嵌めた黒の手袋が取り去られ、また再び嵌められる感触。
「これって……」
まじまじと見つめる視線の先には、先程まで嵌めていたものとは違う、新品の手袋。
「サンタさんに貰ったヤツなんだけどね。俺は使わないからさ。時任にやるよ」
時任はポカンと久保田の顔を見つめ、それからハッとしたように目を見開くと、目の前の顔から眼鏡を取り上げた。
ぼやける視界。
しかし、久保田が時任の行動を不思議がる前に眼鏡は元通り時任の手によってかけ直される。
今度は久保田が驚く番だった。
「俺もさ、手品の上手いガキにそれ貰ったんだ。俺は使わねぇから久保ちゃんにやるよ」
その『手品の上手いガキ』は俺のトコロに来たあの子だろうな。
そう久保田は思ったが、時任には言わなかった。
例え彼が本当のサンタであったとしても、きっと時任が信じることはないだろうから。
生きる事だけに前向きな彼には、生きていく為の些細な夢など必要としていないのだ。
「でも、なんでコレにしたの?お前PSP欲しいって騒いでたのに」
CM見ながらさ。
二人並んで座りながら、ふと思った疑問を口にする。
時任は本当のことしか言わない。
だからPSPが欲しかったというのは紛れもなく本当のことだったのだろう。
なのに、彼が欲しいと願ったのは。
「……何でだろな、わかんね」
時任は苦笑にも似た彼には珍しい感情のはっきりとしない笑みを浮かべて、
「PSPだって欲しかったんだけどな。でも改めて聞かれると、コレだったんだよな」
らしくない曖昧な返答。
「久保ちゃんこそどーなんだよ」
「……さぁ。何でだろ?」
久保田にはその答えが明確に分かっていたけれど、はぐらかして、くしゃりと時任の頭を撫でる。
なんだよソレ、と時任は頬を膨らませて、しかし直ぐに表情を緩めた。
「なーんか俺ら、二人して馬鹿みたいだよな」
「そう?」
「別にあのガキに自分の欲しいモン貰ったって大して結果は変わらなかったろ?なのにさ……」
「変わらないんだったら、コッチの結果のがいいと思うけど?俺は」
頭を撫でていた手を頬に滑らせて、愛しげに輪郭をなぞる。
二人だから、きっと、コレでいい。
互いのことだけを想って、考えていれば綺麗に回る世界なのだ。
「……そだな」
擽ったそうに首を竦めて、それから思い出したように
「メリークリスマス。久保ちゃん」
「メリークリスマス。時任」
「ホワイトクリスマスだしさぁ、明日はどっか行こーぜ」
「携帯買う?お揃で」
「……野郎二人で不気味じゃね?ヤダ」
「そーかなぁ?」
雪は、灰色の街中を塗り潰すように、深々と。
些細な痛みをごまかすように、昏々と降り続ける。
「積もるだろーな、雪」
明日になっても溶けない雪が何もかも覆い尽くして。
「……そうだね」
溶ける時は一緒に、世界諸とも消えてしまえばいいのに。
暖かい中でそう、何かに願った。