時任可愛い
悟空の朝はとても忙しない。
目覚ましが鳴っても二度寝してしまうし、朝食もご飯は必ず大盛り三杯食べたい。
結果ギリギリになって、毎朝迎えに来てくれる時任にいつも文句を言われる。
時任は口も目つきも悪いのに、意外に真面目だし意外にちゃんとしているのだ。
今日も今日とて、愛機筋斗雲を駆り、時任と並んで通学路を爆走する。
今のところ事故は一度も起こしていないが、人を轢き殺しかねないので止めろといつも言われている。
毎朝反省しているのだが、今日もやっぱり始業ギリギリになってしまった。
同時にドラフトして駐輪場に自転車を停める。
先を争うようにして校舎に向かい、教室に駆け込むと、席に着いたタイミングでチャイムが鳴った。
セーフだ。
肩で息をしていると、同じくぜぇぜぇ息を切らしている時任に睨まれる。
ごめんの意味を込めて両手を合わせる。
時任は仕方ねぇなーという風に表情を緩めた。結局許してくれるのだ。
直ぐに教師が入室し、ホームルームが始まる。
悟空はふわぁと大きな欠伸をした。
今日の時間割はグラマー、数B、現文、世界史B、体育、古典だ。
得意教科は勿論体育だったが、古典もちょっと好きだった。
詩吟を嗜む祖父の影響だろう。
午前中の授業は何事もなく終わる。
数学が全くのチンプンカンプンだったので、帰宅したら八戒に聞かねばならない。
時任と一緒に久保田に教えてもらうという手もある。
授業の後、時任に、
「センセーが何言ってるか分かった?」
と問うと、
「全然」
という応えが返って来たので悟空は安心した。
時任も分からないのなら問題ないだろう。
得意教科は違うが二人の学力は似たり寄ったりだった。
時任が椅子と昼食を持って悟空の席にやって来る。
昼休憩は、体育と調理実習の次に好きな時間だ。
二人とも、休憩時間に購買で買ってきた焼きそばパンとカツサンドを齧る。
八戒が持たせてくれた弁当は二限と三限の間に食べてしまった。
「三日目の自由時間、どこ行くか考えて来た?」
時任の言う三日目とは、修学旅行の三日目のことだ。
「まだ~めっちゃ悩んでる。おきなわワールドでハブとマングースの戦い見てぇし、国際通りで食べ歩きしてぇし、パイナップルパークでパイナップル食べ放題してぇし」
「ハブとマングースはもうやってねぇよ」
「マジで!?なんで!」
「知らねぇよ。動物愛護とかじゃね?」
「そんなぁ~」
「ハブはいるらしいぜ。鍾乳洞は俺もちょっと見てぇかも」
片手でスマホを弄りながら時任が言った。
おきなわワールドについて調べているらしい。
「じゃあおきなわワールドは決定な。もう一ヶ所くらいどっか行きてぇよなー」
「海行こうぜ海。俺、サーフィンやりてぇ」
「10月って海入れんの?」
「最高気温、29度らしいぜ」
「夏じゃん」
「朝、海行ってどっかでソーキそば食って、午後おきなわワールド行くのはどーよ」
「完璧じゃん」
「さすが俺様」
「さすが時任。楽しみだなぁ~沖縄ってめっちゃ肉美味いんだろ!?」
「小遣い、食費で無くなりそうだな」
「二万じゃ足りねぇ~銭湯の手伝い増やしたら小遣い上げてくれるかなッ!」
「八戒さんなら交渉の余地はありそうだけどな」
「時任は小遣い足りんの?」
「どーかなー。お前ほどじゃねぇけど俺も食いたいものいっぱいあるし、お土産もいっぱい買いたいし」
「木刀買うのか?」
「買わねぇよ。京都で買っただろ」
「そういえばじーちゃんには紅いもタルト買ってこいって言われた」
「俺は久保ちゃんに変な味のちんすこういっぱい買う」
「フツーに喜びそう。久保田さん、食の趣味ちょっとおかしいもんな。ってか、またこっそり同じホテルに泊まってたりするのかな」
「心配性なんだよなぁ」
心配性ってレベルじゃないと、心の中で悟空はツッコミを入れる。
修学旅行先に隠れて着いてくる保護者など聞いたことがない。
久保田はその手の過保護エピソードに事欠かない。
「まぁ、それで安心するならいいんじゃね?」
時任は久保田のことになると偶に悟空も驚く程、度量が深いところを見せる。
釈然としない気持ちを最後の一口と共に悟空は飲み込んだ。
昔は、久保田は時任の兄のような存在なのだろうと思っていた。
でも、自分と悟浄の関係とはあまりにも違う。
どちらかといえば捲簾の方が近いように思えた。
久保田は時任の保護者だから当然と言えば当然なのかもしれない。
そして、最近は在りし日の八戒と花喃のようにも見える。
悟空は久保田との関係を時任に尋ねたことはない。
昔から時任は久保田と結婚すると言っているが、その真意を確かめたこともない。
二人が恋仲のような素振りをしているところを見たことはないが、きっと好きなのだろうし、結婚式をするのなら友人代表のスピーチは引き受けようと思っている。
だが、二人の間でもし何かあれば、その時は絶対に時任の味方をすると心に決めていた。
親友だからだ。
ダラダラ駄弁っていると直ぐに昼休みが終わる。
五限の体育は腹ごなしに丁度良いと思う。
マラソンが近いので、一時間ひたすら走り込みだった。
悟空は体が動かせれば何でも良いので苦ではないが、時任はタルそうだった。
時任は瞬発型なので持久走は合わないのだろう。
汗をかいて火照った体に秋風がとても気持ちいい。
体育の後の六限はとても眠かった。
古典が漢詩でなければきっと寝落ちしていただろう。
漢詩は好きだ。
以前習った『勧酒』という詩が心に特に残っていた。
井伏鱒二の訳も。
15:30には全ての授業が終了する。
ホームルームと掃除が終わればいよいよ放課後だ。
部活は、家の手伝いがあるので二人とも帰宅部だ。
腕っぷしを買われて生徒会執行部に、運動能力を買われて運動部に、彼ら二人は引く手数多で正直やってみたい気持ちもあるのだが、銭湯『最湯記』は家族経営なのだ。
娘婿の八戒やニートの兄貴に任せっきりにせず、家族で助け合わねばならない。
銭湯の業務は多岐に渡る。
毎日の浴槽・脱衣所の清掃は勿論、衛生管理、備品管理、ボイラーの整備、売上管理等々。
その内、悟空が手伝える業務は微々たるものだが、猫の手でもないよりはマシだ。
だが。
「悟空、時任、今日はうちの部に混じっていけよ。」
「1ゲームだけな」
やっぱり青春も謳歌したい。
誘われれば運動部の模擬戦に混ざることもある。
今日はバスケ部からのお誘いだ。
二人は別々の陣で睨みあう。
「絶対に負けないぜッ!」
「言ってろ!」
クラス対抗の球技大会でもなければ、悟空と時任が同じチームになることはない。
一度、二人が抜群に息の合ったコンビネーションで対戦相手にトラウマレベルの圧勝を見せつけた結果、二人は別々のチームに入ることが暗黙の了解となっていた。
運動能力の拮抗している二人なので、卓球やリレーなどは白熱したとても良い勝負になる。
そういうお膳立ても体育祭では積極的になされた。
どうせなら強い相手と勝負したいので二人に否やはない。
そうやって切磋琢磨してきた二人なのだ。
本気でゲームして1時間存分に汗をかく。
結果は、悟空の属するチームの勝利だった。
時任は物凄く悔しそうだ。
敗北が確定している状況でブザービートを決める負けず嫌いは流石だった。
「くそー!次は負けねぇッ!」
「次はサッカーかな」
いつの間にか集まって来たギャラリー(何故か漫研の女子部員が多かったが)の黄色い歓声に手を振り、体育館を後にする。
着替えて、家路を急いだ。
他愛もない話をダラダラしているとあっという間に家だ。
「今日はうちの店、行くわ。今日30%オフの日だから久保ちゃん忙しいだろうし」
「おう!じゃーなー」
昔はバイトと称して店でゲームをしていたが、最近はちゃんと店番を勤めている。
時任が店番をすれば、久保田はその分バックヤード作業に専念できるので助かると言っていたと時任は嬉しそうに言っていた。
普段、思うさま甘えているように見える時任が、肉親ではない久保田に一方的に庇護されていることを密かに思い悩んでいることを知っている。
だから久保田の役に立ちたいのだ。
しかし久保田は時任を世話し甘やかすことに生きがいを感じているので、加減が難しいと時任は真面目な顔をして悩んでいた。
悟空は親友のこういう惚気のような馬鹿馬鹿しい悩みを聞くのが好きだった。
手を振って、家の前で別れる。
直接銭湯に向かって、八戒に手伝いを申し出る。今日は番台に立った。
営業時間が終わると、一緒に後片付けをする。
そして大好きな家族と夕食を食べ、ジープの散歩に行って、ちょっとだけ宿題をして、眠くなって布団に入った。
悟空は目を閉じる。
目覚ましが鳴っても二度寝してしまうし、朝食もご飯は必ず大盛り三杯食べたい。
結果ギリギリになって、毎朝迎えに来てくれる時任にいつも文句を言われる。
時任は口も目つきも悪いのに、意外に真面目だし意外にちゃんとしているのだ。
今日も今日とて、愛機筋斗雲を駆り、時任と並んで通学路を爆走する。
今のところ事故は一度も起こしていないが、人を轢き殺しかねないので止めろといつも言われている。
毎朝反省しているのだが、今日もやっぱり始業ギリギリになってしまった。
同時にドラフトして駐輪場に自転車を停める。
先を争うようにして校舎に向かい、教室に駆け込むと、席に着いたタイミングでチャイムが鳴った。
セーフだ。
肩で息をしていると、同じくぜぇぜぇ息を切らしている時任に睨まれる。
ごめんの意味を込めて両手を合わせる。
時任は仕方ねぇなーという風に表情を緩めた。結局許してくれるのだ。
直ぐに教師が入室し、ホームルームが始まる。
悟空はふわぁと大きな欠伸をした。
今日の時間割はグラマー、数B、現文、世界史B、体育、古典だ。
得意教科は勿論体育だったが、古典もちょっと好きだった。
詩吟を嗜む祖父の影響だろう。
午前中の授業は何事もなく終わる。
数学が全くのチンプンカンプンだったので、帰宅したら八戒に聞かねばならない。
時任と一緒に久保田に教えてもらうという手もある。
授業の後、時任に、
「センセーが何言ってるか分かった?」
と問うと、
「全然」
という応えが返って来たので悟空は安心した。
時任も分からないのなら問題ないだろう。
得意教科は違うが二人の学力は似たり寄ったりだった。
時任が椅子と昼食を持って悟空の席にやって来る。
昼休憩は、体育と調理実習の次に好きな時間だ。
二人とも、休憩時間に購買で買ってきた焼きそばパンとカツサンドを齧る。
八戒が持たせてくれた弁当は二限と三限の間に食べてしまった。
「三日目の自由時間、どこ行くか考えて来た?」
時任の言う三日目とは、修学旅行の三日目のことだ。
「まだ~めっちゃ悩んでる。おきなわワールドでハブとマングースの戦い見てぇし、国際通りで食べ歩きしてぇし、パイナップルパークでパイナップル食べ放題してぇし」
「ハブとマングースはもうやってねぇよ」
「マジで!?なんで!」
「知らねぇよ。動物愛護とかじゃね?」
「そんなぁ~」
「ハブはいるらしいぜ。鍾乳洞は俺もちょっと見てぇかも」
片手でスマホを弄りながら時任が言った。
おきなわワールドについて調べているらしい。
「じゃあおきなわワールドは決定な。もう一ヶ所くらいどっか行きてぇよなー」
「海行こうぜ海。俺、サーフィンやりてぇ」
「10月って海入れんの?」
「最高気温、29度らしいぜ」
「夏じゃん」
「朝、海行ってどっかでソーキそば食って、午後おきなわワールド行くのはどーよ」
「完璧じゃん」
「さすが俺様」
「さすが時任。楽しみだなぁ~沖縄ってめっちゃ肉美味いんだろ!?」
「小遣い、食費で無くなりそうだな」
「二万じゃ足りねぇ~銭湯の手伝い増やしたら小遣い上げてくれるかなッ!」
「八戒さんなら交渉の余地はありそうだけどな」
「時任は小遣い足りんの?」
「どーかなー。お前ほどじゃねぇけど俺も食いたいものいっぱいあるし、お土産もいっぱい買いたいし」
「木刀買うのか?」
「買わねぇよ。京都で買っただろ」
「そういえばじーちゃんには紅いもタルト買ってこいって言われた」
「俺は久保ちゃんに変な味のちんすこういっぱい買う」
「フツーに喜びそう。久保田さん、食の趣味ちょっとおかしいもんな。ってか、またこっそり同じホテルに泊まってたりするのかな」
「心配性なんだよなぁ」
心配性ってレベルじゃないと、心の中で悟空はツッコミを入れる。
修学旅行先に隠れて着いてくる保護者など聞いたことがない。
久保田はその手の過保護エピソードに事欠かない。
「まぁ、それで安心するならいいんじゃね?」
時任は久保田のことになると偶に悟空も驚く程、度量が深いところを見せる。
釈然としない気持ちを最後の一口と共に悟空は飲み込んだ。
昔は、久保田は時任の兄のような存在なのだろうと思っていた。
でも、自分と悟浄の関係とはあまりにも違う。
どちらかといえば捲簾の方が近いように思えた。
久保田は時任の保護者だから当然と言えば当然なのかもしれない。
そして、最近は在りし日の八戒と花喃のようにも見える。
悟空は久保田との関係を時任に尋ねたことはない。
昔から時任は久保田と結婚すると言っているが、その真意を確かめたこともない。
二人が恋仲のような素振りをしているところを見たことはないが、きっと好きなのだろうし、結婚式をするのなら友人代表のスピーチは引き受けようと思っている。
だが、二人の間でもし何かあれば、その時は絶対に時任の味方をすると心に決めていた。
親友だからだ。
ダラダラ駄弁っていると直ぐに昼休みが終わる。
五限の体育は腹ごなしに丁度良いと思う。
マラソンが近いので、一時間ひたすら走り込みだった。
悟空は体が動かせれば何でも良いので苦ではないが、時任はタルそうだった。
時任は瞬発型なので持久走は合わないのだろう。
汗をかいて火照った体に秋風がとても気持ちいい。
体育の後の六限はとても眠かった。
古典が漢詩でなければきっと寝落ちしていただろう。
漢詩は好きだ。
以前習った『勧酒』という詩が心に特に残っていた。
井伏鱒二の訳も。
15:30には全ての授業が終了する。
ホームルームと掃除が終わればいよいよ放課後だ。
部活は、家の手伝いがあるので二人とも帰宅部だ。
腕っぷしを買われて生徒会執行部に、運動能力を買われて運動部に、彼ら二人は引く手数多で正直やってみたい気持ちもあるのだが、銭湯『最湯記』は家族経営なのだ。
娘婿の八戒やニートの兄貴に任せっきりにせず、家族で助け合わねばならない。
銭湯の業務は多岐に渡る。
毎日の浴槽・脱衣所の清掃は勿論、衛生管理、備品管理、ボイラーの整備、売上管理等々。
その内、悟空が手伝える業務は微々たるものだが、猫の手でもないよりはマシだ。
だが。
「悟空、時任、今日はうちの部に混じっていけよ。」
「1ゲームだけな」
やっぱり青春も謳歌したい。
誘われれば運動部の模擬戦に混ざることもある。
今日はバスケ部からのお誘いだ。
二人は別々の陣で睨みあう。
「絶対に負けないぜッ!」
「言ってろ!」
クラス対抗の球技大会でもなければ、悟空と時任が同じチームになることはない。
一度、二人が抜群に息の合ったコンビネーションで対戦相手にトラウマレベルの圧勝を見せつけた結果、二人は別々のチームに入ることが暗黙の了解となっていた。
運動能力の拮抗している二人なので、卓球やリレーなどは白熱したとても良い勝負になる。
そういうお膳立ても体育祭では積極的になされた。
どうせなら強い相手と勝負したいので二人に否やはない。
そうやって切磋琢磨してきた二人なのだ。
本気でゲームして1時間存分に汗をかく。
結果は、悟空の属するチームの勝利だった。
時任は物凄く悔しそうだ。
敗北が確定している状況でブザービートを決める負けず嫌いは流石だった。
「くそー!次は負けねぇッ!」
「次はサッカーかな」
いつの間にか集まって来たギャラリー(何故か漫研の女子部員が多かったが)の黄色い歓声に手を振り、体育館を後にする。
着替えて、家路を急いだ。
他愛もない話をダラダラしているとあっという間に家だ。
「今日はうちの店、行くわ。今日30%オフの日だから久保ちゃん忙しいだろうし」
「おう!じゃーなー」
昔はバイトと称して店でゲームをしていたが、最近はちゃんと店番を勤めている。
時任が店番をすれば、久保田はその分バックヤード作業に専念できるので助かると言っていたと時任は嬉しそうに言っていた。
普段、思うさま甘えているように見える時任が、肉親ではない久保田に一方的に庇護されていることを密かに思い悩んでいることを知っている。
だから久保田の役に立ちたいのだ。
しかし久保田は時任を世話し甘やかすことに生きがいを感じているので、加減が難しいと時任は真面目な顔をして悩んでいた。
悟空は親友のこういう惚気のような馬鹿馬鹿しい悩みを聞くのが好きだった。
手を振って、家の前で別れる。
直接銭湯に向かって、八戒に手伝いを申し出る。今日は番台に立った。
営業時間が終わると、一緒に後片付けをする。
そして大好きな家族と夕食を食べ、ジープの散歩に行って、ちょっとだけ宿題をして、眠くなって布団に入った。
悟空は目を閉じる。
今日も西に旅をする夢が見れるだろうか。
「……」
「……」
喫茶芸夢で二人の男が向かい合っていた。
一人は老舗銭湯のご隠居。年齢を感じさせない金髪を今日も美しく煌めかせている。
一人は銭湯の隣で営業するクリーニング店、店主。荒磯商店街唯一の雀荘の店主でもある。
無口なウェイターが珈琲を二つ運んで来た。
三蔵は会釈して受け取り、一口啜る。
向かいの久保田もそれに倣った。
「……」
「……」
三蔵は内心、気詰まりなこの状況に困惑していた。
相談があると久保田にこの喫茶店に呼び出されたが、当の久保田は中々用件を切り出さない。
三蔵も口数が多い方ではないが、しかし呼び出した張本人がだんまりはないだろう。
大体、何故俺なんだと三蔵は思う。
同じ主夫としての悩みや話題を共有する八戒とはそれなりの交流があるようだが、三蔵は極たまに雀荘に打ちに行く時か、久保田が玄奘家に顔を出した際に挨拶する程度だ。
三蔵が番台に立っていた頃の方がまだ顔を合わせていた程だ。
珈琲の湯気で眼鏡が曇り、絶妙に久保田の表情を隠している。
店の経営に関することか?
実務的な店の切り盛りは八戒に継がせたが、銭湯の主は三蔵だ。
業務提携?
……まさか。銭湯とクリーニング屋の業務提携にどんなシナジーが生まれるというのだ。
それとも、クリーニング店拡張の為に、土地の権利譲渡を迫る気だろうか。
いや、店を拡張したところでターゲットは商店街近隣の住人だ。
投資に見合うだけの来客は得られまい。
大体、経営拡大を目論むほど、久保田が仕事に熱心だとはとても思えなかった。
珈琲を半分に減らしたところで久保田はやっと重い口を開いた。
「悟空くん、最近反抗期じゃないですか?」
うちの馬鹿猿……?
思いがけない一言に、三蔵の脳裏に呑気そうな孫の顔が浮かぶ。
凡そ反抗とは無縁の表情だ。
今日も朝から元気に飯を三倍お替りしていた。
確かに、世間一般の男子高校生を鑑みれば反抗期でもおかしくない。寧ろ遅いくらいだ。
その分、兄の方はグレにグレていたが。
全く、あいつら足して二で割れば丁度良いものを。
心の中で毒づき、三蔵はハタと気づいた。
呼び出された趣旨は子育て相談という訳だ。
「いや、そんな素振りはねぇが」
煙草に火を付ける。意外と長い話になりそうだった。
「最近アイツ、学校の話を全然してくれなくなって。こっちから話を振っても無視するし」
久保田も懐からセッタを取り出し、火を付ける。
吐き出した煙は正しく溜息の形をしていた。
「何か隠してるみたいなんですよねぇ」
正直、家族だろうが秘密の一つや二つあって当たり前だと考えている三蔵には大した問題に感じられなかったのだが、存外久保田は深刻に悩んでいるようだった。
一見、飄々とした外面は崩れていないように見えるが、煙草を咥えたまま二本目に火を付けようとしている。無言で腕を掴んで止めた。
「ぶん殴って口を割らせればいいじゃねぇか」
そう言いつつも久保田はできないだろうなと三蔵は思う。
久保田はせいぜい宥める程度で、叱ることも怒ることも時任にはしなかった。
そしてねだられれば大抵のものは買い与え、せっせと甘やかしていた。
久保田がそんな調子で、時任はよくぞあそこまでマトモに育ったものだと思う。
確かに我が儘な嫌いはあるが、根は素直でどちらかといえば良い子だ。
しかし、思い返せば花喃か自分が代わりに叱っていたような気もする。
「俺は、ご隠居さんみたいにあいつを上手く叱れないんで」
三蔵が今まさに考えていたことを言い当てるようにして久保田は言った。
自覚はあったらしい。
「三蔵さんにも花喃さんにも、八戒さんにも感謝してるんですよ。悟空くんと分け隔てなくあいつを叱ってくれて。本来は俺の役割なのに……俺が駄目だから」
「なんで叱れねぇんだ、お前は」
「……いつでも時任が正しいと思ってるから、かな」
久保田の答えに、三蔵は片眉を上げる。
嫌われたくないから、好かれたいからではなく、時任が「正しい」から?
「ガキに大層な重荷を背負わすじゃねぇか。人間は誰しも間違うんだよ」
「神様でも?」
保護者として面倒をみている子供と引き合いに出すにはあまりにも相応しくない存在を引き合いに出して、久保田は問うた。
久保田の問いをを演繹法的に考えれば、それは。
「神でもだ」
三蔵は断言した。
久保田はへらりと笑う。
「流石、ご隠居が言うと説得力があるなぁ」
世辞は言うが同意はしない。嘘は吐かないが本当のことも言わない。
三蔵はこの短いやり取りの中で久保田の為人を掴みかけていた。
「あいつが間違ったら何か困るのか?」
「……困りますね。とっても。俺たちの関係の正しさを定義できるのはアイツだけだから」
「……おい、まさか手ぇ出しちゃいねぇだろうな。成人した後はとやかく言う気はねぇが、未成年とは合意の上でも犯罪だぞ。お前が逮捕されたら誰が時任の面倒をみるんだ?」
「……犯罪、か」
「あ?」
「いえ、モチロン手なんて出していませんよ。ただ……」
一々引っかかる言い方をする男だ。
「時任はすぐに俺がいなくてもやっていけるようになるんだろうなぁって」
ふと、三蔵は隣人の素性を殆ど知らないことに思い至った。
地震によって住む家を失ったという名字の違う大人と子供。
壊滅したその都市で二人がどう過ごしていたのか、何故一緒に暮らすことになったのか、時任のPTSDのこともあり、詮索するようなことはしていない。
だが、三蔵はずっと疑問に思っていた。
何故、久保田と時任は地震の一年後になってこの町へ引っ越して来た?
「子供の成長って早いですよねぇ。あっという間だ」
「それには同意するがな」
子の成長は早いというが、孫はになるとそれこそあっという間だ。
三蔵の中で、悟空はいつまでも幼稚園児の頃の印象のままだった。
今年、高校生などとは俄かに信じられない。
一本目の煙草が終わり、灰皿に捻じ込む。
このまま二本目に付き合うのは不毛な気がした。
「要は隠し事の内容がわかりゃいいんだろ。直接聞いてみりゃいいじゃねぇか」
三蔵は着物の袂から携帯電話を取り出した。勿論ガラケーだ。
短縮ダイアルボタンを押すと、直ぐに繋がる。
「悟空か、時任はいるか?……そうか、今すぐ二人で芸夢に来い。何でも食わしてやる」
勿論、相談の一環なので費用は久保田もちだ。異論はないだろう。
電話を切ると、久保田の隣に移動する。
尋問にはこの配置が良い。
強引な三蔵に久保田は何も言わなかった。
程なくして二人は現れた。
三蔵の隣に久保田の姿を見止め、時任は目を丸くする。
久保田が居るとは思わなかったようだ。
「座れ」
三蔵に促され、大人しく向かいに二人は座る。
ウェイターは二人の前に無言でお冷とおしぼりを並べた。
「注文の前に、聞きてぇことがある」
早速メニューを開こうとする悟空の手を押し留め、三蔵は単刀直入に聞いた。
「何を隠している。話せ」
二人の肩が揃ってビクリと揺れる。
これは何か思い当たる節がある反応だ。
「……」
「……」
二人は黙って目配せした。
お互いを慮っているような素振りだ。
どうやら隠し事は悟空にも関係するらしい。
「どうした?」
「大したことじゃねぇって……」
「大したことかは聞いてから判断する」
「……」
「そこのクリーニング屋はお前に隠し事されて、反抗期だって号泣してたんだぞ?ったく、迷惑ったらありゃしねぇ」
大分話を盛って喋ったが、隣に座る久保田は神妙な顔をして頷いている。
その言をそのままストレートに信じた訳ではないだろうが、高僧のような迫力と威厳のある三蔵に強く言われては抗えなかったのか、観念したように二人はぽつりぽつりと話し始めた。
「文化祭……」
「文化祭?」
「あるじゃん……来て欲しくなかったんだよ……」
悟空も時任ももじもじしている。心なしか顔がほんのり赤い。
「何故だ」
二人の反応で事の次第が三蔵には大体読めたが、敢えて尋ねた。
「クラスの出し物……女装喫茶だから……」
「しかもふりふりエプロンの……」
二人の語り口はまるで世界の終わりについて語っているかのようだった。
内心笑いを噛み殺す。
隠し事の内容があまりにもくだらな過ぎてだ。
だが、本人達にとっては男の沽券に関わる一大事だったのだろう。
やはりまだまだ子供だと思う。
その事実に安堵した自分を、悟空をまだまだ子供だと思っていたい自分を三蔵は自覚していない。
三蔵が笑っていることに気付いたのか、悟空が顔を真っ赤にして捲し立てる。
「だって絶対にじーちゃんも八戒も悟浄も天ちゃんも面白がって冷やかしに来るだろ!?流石に親父は来ないと思うけど!」
「そりゃあな」
「久保ちゃんに、女装した俺見て可愛いって思われんのも、気持ち悪ぃって思われんのも嫌だったんだよ……」
時任は悟空に比べてもう少し複雑な思いを抱いているようだった。
「見たくないと言えば嘘になるけどねぇ」
対する久保田は隠し事の内容に大したことではなかったと安堵しているのか、その内容を大事だと捉えているのかは、茫洋とした表情からは読み取れなかった。
「ともかくだ。ガキが一丁前に保護者に隠し事するんじゃねぇ。お前の反抗期でそこの保護者はこの世の終わりのような顔をしてたぞ」
「大げさなんだよな~久保ちゃんは」
妙に大人びた表情で時任は柔らかく笑った。
それ見て、久保田は何をビビッているのかと思う。
その笑顔は反抗期に尖る男子高校生の顔でも、ましてや離れて生きていくことを考えている人間の顔でもなかった。
「やっぱ、久保ちゃんには俺がいねーと駄目だな」
「かもね」
かもね、じゃねぇだろ。
渾身のツッコミを三蔵は辛うじて心の中に留める。
全く、こんなに疲れる相談料が珈琲一杯では割に合わない。
はた迷惑な隣人に、三蔵は高級マヨネーズを箱で贈らせることを心に決めた。
「……」
喫茶芸夢で二人の男が向かい合っていた。
一人は老舗銭湯のご隠居。年齢を感じさせない金髪を今日も美しく煌めかせている。
一人は銭湯の隣で営業するクリーニング店、店主。荒磯商店街唯一の雀荘の店主でもある。
無口なウェイターが珈琲を二つ運んで来た。
三蔵は会釈して受け取り、一口啜る。
向かいの久保田もそれに倣った。
「……」
「……」
三蔵は内心、気詰まりなこの状況に困惑していた。
相談があると久保田にこの喫茶店に呼び出されたが、当の久保田は中々用件を切り出さない。
三蔵も口数が多い方ではないが、しかし呼び出した張本人がだんまりはないだろう。
大体、何故俺なんだと三蔵は思う。
同じ主夫としての悩みや話題を共有する八戒とはそれなりの交流があるようだが、三蔵は極たまに雀荘に打ちに行く時か、久保田が玄奘家に顔を出した際に挨拶する程度だ。
三蔵が番台に立っていた頃の方がまだ顔を合わせていた程だ。
珈琲の湯気で眼鏡が曇り、絶妙に久保田の表情を隠している。
店の経営に関することか?
実務的な店の切り盛りは八戒に継がせたが、銭湯の主は三蔵だ。
業務提携?
……まさか。銭湯とクリーニング屋の業務提携にどんなシナジーが生まれるというのだ。
それとも、クリーニング店拡張の為に、土地の権利譲渡を迫る気だろうか。
いや、店を拡張したところでターゲットは商店街近隣の住人だ。
投資に見合うだけの来客は得られまい。
大体、経営拡大を目論むほど、久保田が仕事に熱心だとはとても思えなかった。
珈琲を半分に減らしたところで久保田はやっと重い口を開いた。
「悟空くん、最近反抗期じゃないですか?」
うちの馬鹿猿……?
思いがけない一言に、三蔵の脳裏に呑気そうな孫の顔が浮かぶ。
凡そ反抗とは無縁の表情だ。
今日も朝から元気に飯を三倍お替りしていた。
確かに、世間一般の男子高校生を鑑みれば反抗期でもおかしくない。寧ろ遅いくらいだ。
その分、兄の方はグレにグレていたが。
全く、あいつら足して二で割れば丁度良いものを。
心の中で毒づき、三蔵はハタと気づいた。
呼び出された趣旨は子育て相談という訳だ。
「いや、そんな素振りはねぇが」
煙草に火を付ける。意外と長い話になりそうだった。
「最近アイツ、学校の話を全然してくれなくなって。こっちから話を振っても無視するし」
久保田も懐からセッタを取り出し、火を付ける。
吐き出した煙は正しく溜息の形をしていた。
「何か隠してるみたいなんですよねぇ」
正直、家族だろうが秘密の一つや二つあって当たり前だと考えている三蔵には大した問題に感じられなかったのだが、存外久保田は深刻に悩んでいるようだった。
一見、飄々とした外面は崩れていないように見えるが、煙草を咥えたまま二本目に火を付けようとしている。無言で腕を掴んで止めた。
「ぶん殴って口を割らせればいいじゃねぇか」
そう言いつつも久保田はできないだろうなと三蔵は思う。
久保田はせいぜい宥める程度で、叱ることも怒ることも時任にはしなかった。
そしてねだられれば大抵のものは買い与え、せっせと甘やかしていた。
久保田がそんな調子で、時任はよくぞあそこまでマトモに育ったものだと思う。
確かに我が儘な嫌いはあるが、根は素直でどちらかといえば良い子だ。
しかし、思い返せば花喃か自分が代わりに叱っていたような気もする。
「俺は、ご隠居さんみたいにあいつを上手く叱れないんで」
三蔵が今まさに考えていたことを言い当てるようにして久保田は言った。
自覚はあったらしい。
「三蔵さんにも花喃さんにも、八戒さんにも感謝してるんですよ。悟空くんと分け隔てなくあいつを叱ってくれて。本来は俺の役割なのに……俺が駄目だから」
「なんで叱れねぇんだ、お前は」
「……いつでも時任が正しいと思ってるから、かな」
久保田の答えに、三蔵は片眉を上げる。
嫌われたくないから、好かれたいからではなく、時任が「正しい」から?
「ガキに大層な重荷を背負わすじゃねぇか。人間は誰しも間違うんだよ」
「神様でも?」
保護者として面倒をみている子供と引き合いに出すにはあまりにも相応しくない存在を引き合いに出して、久保田は問うた。
久保田の問いをを演繹法的に考えれば、それは。
「神でもだ」
三蔵は断言した。
久保田はへらりと笑う。
「流石、ご隠居が言うと説得力があるなぁ」
世辞は言うが同意はしない。嘘は吐かないが本当のことも言わない。
三蔵はこの短いやり取りの中で久保田の為人を掴みかけていた。
「あいつが間違ったら何か困るのか?」
「……困りますね。とっても。俺たちの関係の正しさを定義できるのはアイツだけだから」
「……おい、まさか手ぇ出しちゃいねぇだろうな。成人した後はとやかく言う気はねぇが、未成年とは合意の上でも犯罪だぞ。お前が逮捕されたら誰が時任の面倒をみるんだ?」
「……犯罪、か」
「あ?」
「いえ、モチロン手なんて出していませんよ。ただ……」
一々引っかかる言い方をする男だ。
「時任はすぐに俺がいなくてもやっていけるようになるんだろうなぁって」
ふと、三蔵は隣人の素性を殆ど知らないことに思い至った。
地震によって住む家を失ったという名字の違う大人と子供。
壊滅したその都市で二人がどう過ごしていたのか、何故一緒に暮らすことになったのか、時任のPTSDのこともあり、詮索するようなことはしていない。
だが、三蔵はずっと疑問に思っていた。
何故、久保田と時任は地震の一年後になってこの町へ引っ越して来た?
「子供の成長って早いですよねぇ。あっという間だ」
「それには同意するがな」
子の成長は早いというが、孫はになるとそれこそあっという間だ。
三蔵の中で、悟空はいつまでも幼稚園児の頃の印象のままだった。
今年、高校生などとは俄かに信じられない。
一本目の煙草が終わり、灰皿に捻じ込む。
このまま二本目に付き合うのは不毛な気がした。
「要は隠し事の内容がわかりゃいいんだろ。直接聞いてみりゃいいじゃねぇか」
三蔵は着物の袂から携帯電話を取り出した。勿論ガラケーだ。
短縮ダイアルボタンを押すと、直ぐに繋がる。
「悟空か、時任はいるか?……そうか、今すぐ二人で芸夢に来い。何でも食わしてやる」
勿論、相談の一環なので費用は久保田もちだ。異論はないだろう。
電話を切ると、久保田の隣に移動する。
尋問にはこの配置が良い。
強引な三蔵に久保田は何も言わなかった。
程なくして二人は現れた。
三蔵の隣に久保田の姿を見止め、時任は目を丸くする。
久保田が居るとは思わなかったようだ。
「座れ」
三蔵に促され、大人しく向かいに二人は座る。
ウェイターは二人の前に無言でお冷とおしぼりを並べた。
「注文の前に、聞きてぇことがある」
早速メニューを開こうとする悟空の手を押し留め、三蔵は単刀直入に聞いた。
「何を隠している。話せ」
二人の肩が揃ってビクリと揺れる。
これは何か思い当たる節がある反応だ。
「……」
「……」
二人は黙って目配せした。
お互いを慮っているような素振りだ。
どうやら隠し事は悟空にも関係するらしい。
「どうした?」
「大したことじゃねぇって……」
「大したことかは聞いてから判断する」
「……」
「そこのクリーニング屋はお前に隠し事されて、反抗期だって号泣してたんだぞ?ったく、迷惑ったらありゃしねぇ」
大分話を盛って喋ったが、隣に座る久保田は神妙な顔をして頷いている。
その言をそのままストレートに信じた訳ではないだろうが、高僧のような迫力と威厳のある三蔵に強く言われては抗えなかったのか、観念したように二人はぽつりぽつりと話し始めた。
「文化祭……」
「文化祭?」
「あるじゃん……来て欲しくなかったんだよ……」
悟空も時任ももじもじしている。心なしか顔がほんのり赤い。
「何故だ」
二人の反応で事の次第が三蔵には大体読めたが、敢えて尋ねた。
「クラスの出し物……女装喫茶だから……」
「しかもふりふりエプロンの……」
二人の語り口はまるで世界の終わりについて語っているかのようだった。
内心笑いを噛み殺す。
隠し事の内容があまりにもくだらな過ぎてだ。
だが、本人達にとっては男の沽券に関わる一大事だったのだろう。
やはりまだまだ子供だと思う。
その事実に安堵した自分を、悟空をまだまだ子供だと思っていたい自分を三蔵は自覚していない。
三蔵が笑っていることに気付いたのか、悟空が顔を真っ赤にして捲し立てる。
「だって絶対にじーちゃんも八戒も悟浄も天ちゃんも面白がって冷やかしに来るだろ!?流石に親父は来ないと思うけど!」
「そりゃあな」
「久保ちゃんに、女装した俺見て可愛いって思われんのも、気持ち悪ぃって思われんのも嫌だったんだよ……」
時任は悟空に比べてもう少し複雑な思いを抱いているようだった。
「見たくないと言えば嘘になるけどねぇ」
対する久保田は隠し事の内容に大したことではなかったと安堵しているのか、その内容を大事だと捉えているのかは、茫洋とした表情からは読み取れなかった。
「ともかくだ。ガキが一丁前に保護者に隠し事するんじゃねぇ。お前の反抗期でそこの保護者はこの世の終わりのような顔をしてたぞ」
「大げさなんだよな~久保ちゃんは」
妙に大人びた表情で時任は柔らかく笑った。
それ見て、久保田は何をビビッているのかと思う。
その笑顔は反抗期に尖る男子高校生の顔でも、ましてや離れて生きていくことを考えている人間の顔でもなかった。
「やっぱ、久保ちゃんには俺がいねーと駄目だな」
「かもね」
かもね、じゃねぇだろ。
渾身のツッコミを三蔵は辛うじて心の中に留める。
全く、こんなに疲れる相談料が珈琲一杯では割に合わない。
はた迷惑な隣人に、三蔵は高級マヨネーズを箱で贈らせることを心に決めた。
無論、玄奘家と久保田家が一家総出で文化祭に押しかけ、真っ赤になってスネ倒した二人のフリルに包まれたメイド姿を、捲簾がプロの腕前でもって激写したことは言うまでもない。
ここは久保田クリーニング。
の地下。
知る人ぞ知る、荒磯商店街の隠れ雀荘だ。
オープンするのは店主の気が向いた時。
本日卓を囲むのは、玄奘家の三人と店主の久保田だ。
「受験勉強は大丈夫?」
手元の牌を積みながら久保田は尋ねた。店主の強い拘りにより、手積みの麻雀卓だ。
「まだ夏だぜぇ~?余裕余裕」
「不良だなぁ」
「保護者同伴で不良も何もねーだろ」
悟浄は渋い顔で、向かいと右隣に座る二人の顔を交互に眺める。
二人とも、お揃いの読めない微笑を浮かべている。
八戒と打つのは初めてだが、悟浄は本能的に手強そうだと感じていた。
久保田も初めて打つ八戒の腕前に興味があるようだった。
「八戒さんと花喃さん、どっちが強いんですか?」
「僕は花喃ほどじゃあないですよ。嗜む程度です」
「お手並み拝見」
「お手柔らかに」
牌が積み終わり、一局目が始まる。
起家は花喃、南家が久保田、西家が悟浄、北家が八戒だ。
手牌は、四萬、四萬、七萬、八萬、四筒、五筒、五筒、八筒、四索、五索、東、東、西、白。
……カスだな。
舌打ちしそうになり、心の中に留める。
他の三人の空気は勿論揺らがない。
粘れなくはないが、それを許してくれる面子だろうか。
白を捨てる。
「若旦那業には慣れました?」
「まだまだ修行中の身です。お義父さんにも怒られっぱなしで」
八戒は頭を掻いた。
クソジジイの下でまぁ良くやるよなぁ、と祖父と反りの合わない悟浄は心からそう思う。
実際、三蔵は昔気質の無口で頑固な老人だったが、八戒は健気に奮闘し、三蔵とまぁまぁ上手くやっているようだった。
「見た目ほど怒ってないのよ?内心、やっと跡取りが出来て嬉しいみたい。最近は腰の具合も良いみたいだし」
「それは良かった」
八戒は心からそう思っているようだった。
「親父もノブ兄も自由人だからなぁ」
久保田が捲った牌を捨てた。北だ。
悟浄も牌を捲った。五萬だ。
狙うは平和か、タンヤオか。
西を捨てる。
「人のこと言えないわよ」
「男には追うべきロマンがあるからな」
八戒が三索を捨てた。
「チー」
迷ったが、鳴く。東を捨てた。
「とかいって、悟浄くんは何だかんだずっと家に居たりして」
「いーや!あんな家早いところ出ていってやる!クソうるせぇ金髪ジジイと飯ばっか食うクソ猿と……」
「……と?」
花喃は笑顔を向けた。圧を感じる笑顔だ。
「……何でもないです」
祖父には常に反抗的な悟浄だが、逆らってはいけない人物くらいは弁えている。
發だ。捨てる。
「八戒さんって料理上手なんですよね?うちのが夕飯ご馳走になったとき、ウマかったって褒めてました」
「そうそう!八戒が来てからうちのQOLめっちゃ上がったわ。全般的に家事が上手いよな」
「恐れ入ります」
「カナ姉の料理、ウマいんだけど大味なんだよな。豪快っつーか、ざっくりっつーか……」
またしても無言の笑顔を向けられて悟浄は黙った。
「僕の料理の腕が上がったのは花喃のお陰ですけどね。味にうるさいから」
「自分はざっくりなのに……」
「悟浄?」
「……何でもないです」
失言が過ぎたようだ。そろそろヤバいかもしれない。
一筒。捨てる。
「うちのもそうだけどね」
「そりゃアンタが甘やかすからだろ」
「僕のもそういうことです」
「惚気かい」
ケッと毒づくと、久保田も八戒も同じような笑顔を浮かべた。
きっと惚気ている男の顔なのだろう。胸焼けがする。
四筒。東を捨てる。
花喃が四萬を捨てた。
「ポン」
悟浄はまた鳴いた。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索。
「久保田さんにご相談したかったんですけど」
捲った牌を捨て、おずおずと八戒が切り出した。
「商店街の大抽選会で景品を各店から提供しないといけないんですよね。ここはセオリー通りに一回無料券とかでしょうか」
「うちはクリーニングの割引券にしようかと思ってる。四等の景品だしね」
そういえばそんな時期かと思う。
荒磯商店街では年に一度、抽選会を実施している。
商店街を上げての一大イベントだ。
銭湯の切り盛りだけでなく商店街の雑務までやらねばならない八戒を気の毒に思う。他人事の様に。
八筒を捨てる。
「券を一緒に刷ります?パパッとやっちゃいますよ」
「本当ですか?助かります。まだ勝手が分からなくて」
八戒は久保田という協力者を得てほっとしたようだった。
今日の対局はこれを切り出す為にセッティングされたものなのかもしれない。
花喃から珍しく誘われたと思ったら、そういうことか。
昔から彼女は良く見ているのだ、自分の家族を。
一筒。捨てる。
久保田が三筒を捨てた。
「チー」
鳴いて、五萬を捨てる。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索、三筒、四筒、五筒。
殆どオープン麻雀だ。
何をそんなに鳴いているのかと花喃が目で語りかけてくる。
自棄のようだが、ここまで牌の巡りが悪ければなりふり構っていられない。
待ち牌は三筒か六筒。
引けば和了。
恐らく読まれているだろう。後は自力で引くしかない。
「毎年良くやるよなぁ~一度も一等当たったことないけどな」
「商店街の人間が当てちゃ駄目でしょ」
「時任が一昨年、二等のA5牛当ててましたけどね。俺はオマケしか当たったことないけど」
「それは運無さすぎじゃね?俺でも四等くらいはあるわ。麻雀の引きはいいのにな」
とはいえ今回の配牌はあまり良くなかったらしい。
久保田も、他の二人にも目立った動きはない。
淡々と牌が捨てられていく。
「麻雀は技術だから。俺の運はあの日に使い果たしちゃったんで」
「あの日?」
七萬。八萬を捨てる。
「地震の日」
「大きな地震でしたからね……」
二萬。捨てる。
「久保田さん、もう一つお願いがあるんだけどいいかしら」
「何なりとどうぞ?」
お願いの内容を聞く前に、久保田は二つ返事で了承する。
それにクスリと笑って、
「悟空に数学を教えてあげて欲しいの。そろそろ期末テストだけど、あの子、中間テストの結果が散々だったから……」
隣の八戒をそっと伺う。
「この人も教えるの上手なんだけど、暫くは自分の仕事を覚えるので手一杯だと思うから」
「いいですよ。悟空くんには返せない借りがありますからね」
「猿に?」
普段から世話になっている花喃にというなら分かるが、悟空にというのは何だか妙だと悟浄は思った。
五索。捨てる。
「リーチ」
やにわに花喃が宣言した。
場に一瞬、緊張が走った。
流石はカナ姉。もってるな。
悟浄は手強い叔母に感心しながら牌を捲った。
七索。
場の捨て牌を見る。七索はある。危険牌ではなさそうだ。
思い切りよく捨てる。
「時任くん、引っ越して来たばっかりの頃は全然喋らなかったじゃない?」
「ああ……失語症だっけ?地震の時のアレだろ?PTSD?」
五萬。捨てる。
「悟空くんと遊ぶようになってからまた喋るようになりましたからねぇ。思いきってここに引っ越して来て良かったです。俺だけじゃ駄目だったから」
「ああ見えて色々抱えてるんだなぁ~~アイツも」
何年も前、かくれんぼの最中にパニックになって泣いていた姿を思い出す。
失語症に閉所恐怖症。PTSD。
普段の、悟空とはしゃぐ元気いっぱいで生意気な姿に上手く結び付かない単語だった。
また七索。捨てる。
中々待ち牌は来なかった。先ほどリーチを宣言した花喃も沈黙している。
……こりゃあ、流れるか?
八戒も牌を捨てる。
牌を捲って花喃は微笑んだ。
「ツモ。立直、門前清自摸和。……裏ドラ」
の地下。
知る人ぞ知る、荒磯商店街の隠れ雀荘だ。
オープンするのは店主の気が向いた時。
本日卓を囲むのは、玄奘家の三人と店主の久保田だ。
「受験勉強は大丈夫?」
手元の牌を積みながら久保田は尋ねた。店主の強い拘りにより、手積みの麻雀卓だ。
「まだ夏だぜぇ~?余裕余裕」
「不良だなぁ」
「保護者同伴で不良も何もねーだろ」
悟浄は渋い顔で、向かいと右隣に座る二人の顔を交互に眺める。
二人とも、お揃いの読めない微笑を浮かべている。
八戒と打つのは初めてだが、悟浄は本能的に手強そうだと感じていた。
久保田も初めて打つ八戒の腕前に興味があるようだった。
「八戒さんと花喃さん、どっちが強いんですか?」
「僕は花喃ほどじゃあないですよ。嗜む程度です」
「お手並み拝見」
「お手柔らかに」
牌が積み終わり、一局目が始まる。
起家は花喃、南家が久保田、西家が悟浄、北家が八戒だ。
手牌は、四萬、四萬、七萬、八萬、四筒、五筒、五筒、八筒、四索、五索、東、東、西、白。
……カスだな。
舌打ちしそうになり、心の中に留める。
他の三人の空気は勿論揺らがない。
粘れなくはないが、それを許してくれる面子だろうか。
白を捨てる。
「若旦那業には慣れました?」
「まだまだ修行中の身です。お義父さんにも怒られっぱなしで」
八戒は頭を掻いた。
クソジジイの下でまぁ良くやるよなぁ、と祖父と反りの合わない悟浄は心からそう思う。
実際、三蔵は昔気質の無口で頑固な老人だったが、八戒は健気に奮闘し、三蔵とまぁまぁ上手くやっているようだった。
「見た目ほど怒ってないのよ?内心、やっと跡取りが出来て嬉しいみたい。最近は腰の具合も良いみたいだし」
「それは良かった」
八戒は心からそう思っているようだった。
「親父もノブ兄も自由人だからなぁ」
久保田が捲った牌を捨てた。北だ。
悟浄も牌を捲った。五萬だ。
狙うは平和か、タンヤオか。
西を捨てる。
「人のこと言えないわよ」
「男には追うべきロマンがあるからな」
八戒が三索を捨てた。
「チー」
迷ったが、鳴く。東を捨てた。
「とかいって、悟浄くんは何だかんだずっと家に居たりして」
「いーや!あんな家早いところ出ていってやる!クソうるせぇ金髪ジジイと飯ばっか食うクソ猿と……」
「……と?」
花喃は笑顔を向けた。圧を感じる笑顔だ。
「……何でもないです」
祖父には常に反抗的な悟浄だが、逆らってはいけない人物くらいは弁えている。
發だ。捨てる。
「八戒さんって料理上手なんですよね?うちのが夕飯ご馳走になったとき、ウマかったって褒めてました」
「そうそう!八戒が来てからうちのQOLめっちゃ上がったわ。全般的に家事が上手いよな」
「恐れ入ります」
「カナ姉の料理、ウマいんだけど大味なんだよな。豪快っつーか、ざっくりっつーか……」
またしても無言の笑顔を向けられて悟浄は黙った。
「僕の料理の腕が上がったのは花喃のお陰ですけどね。味にうるさいから」
「自分はざっくりなのに……」
「悟浄?」
「……何でもないです」
失言が過ぎたようだ。そろそろヤバいかもしれない。
一筒。捨てる。
「うちのもそうだけどね」
「そりゃアンタが甘やかすからだろ」
「僕のもそういうことです」
「惚気かい」
ケッと毒づくと、久保田も八戒も同じような笑顔を浮かべた。
きっと惚気ている男の顔なのだろう。胸焼けがする。
四筒。東を捨てる。
花喃が四萬を捨てた。
「ポン」
悟浄はまた鳴いた。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索。
「久保田さんにご相談したかったんですけど」
捲った牌を捨て、おずおずと八戒が切り出した。
「商店街の大抽選会で景品を各店から提供しないといけないんですよね。ここはセオリー通りに一回無料券とかでしょうか」
「うちはクリーニングの割引券にしようかと思ってる。四等の景品だしね」
そういえばそんな時期かと思う。
荒磯商店街では年に一度、抽選会を実施している。
商店街を上げての一大イベントだ。
銭湯の切り盛りだけでなく商店街の雑務までやらねばならない八戒を気の毒に思う。他人事の様に。
八筒を捨てる。
「券を一緒に刷ります?パパッとやっちゃいますよ」
「本当ですか?助かります。まだ勝手が分からなくて」
八戒は久保田という協力者を得てほっとしたようだった。
今日の対局はこれを切り出す為にセッティングされたものなのかもしれない。
花喃から珍しく誘われたと思ったら、そういうことか。
昔から彼女は良く見ているのだ、自分の家族を。
一筒。捨てる。
久保田が三筒を捨てた。
「チー」
鳴いて、五萬を捨てる。
これで、四萬、四萬、四萬、三策、四索、五索、三筒、四筒、五筒。
殆どオープン麻雀だ。
何をそんなに鳴いているのかと花喃が目で語りかけてくる。
自棄のようだが、ここまで牌の巡りが悪ければなりふり構っていられない。
待ち牌は三筒か六筒。
引けば和了。
恐らく読まれているだろう。後は自力で引くしかない。
「毎年良くやるよなぁ~一度も一等当たったことないけどな」
「商店街の人間が当てちゃ駄目でしょ」
「時任が一昨年、二等のA5牛当ててましたけどね。俺はオマケしか当たったことないけど」
「それは運無さすぎじゃね?俺でも四等くらいはあるわ。麻雀の引きはいいのにな」
とはいえ今回の配牌はあまり良くなかったらしい。
久保田も、他の二人にも目立った動きはない。
淡々と牌が捨てられていく。
「麻雀は技術だから。俺の運はあの日に使い果たしちゃったんで」
「あの日?」
七萬。八萬を捨てる。
「地震の日」
「大きな地震でしたからね……」
二萬。捨てる。
「久保田さん、もう一つお願いがあるんだけどいいかしら」
「何なりとどうぞ?」
お願いの内容を聞く前に、久保田は二つ返事で了承する。
それにクスリと笑って、
「悟空に数学を教えてあげて欲しいの。そろそろ期末テストだけど、あの子、中間テストの結果が散々だったから……」
隣の八戒をそっと伺う。
「この人も教えるの上手なんだけど、暫くは自分の仕事を覚えるので手一杯だと思うから」
「いいですよ。悟空くんには返せない借りがありますからね」
「猿に?」
普段から世話になっている花喃にというなら分かるが、悟空にというのは何だか妙だと悟浄は思った。
五索。捨てる。
「リーチ」
やにわに花喃が宣言した。
場に一瞬、緊張が走った。
流石はカナ姉。もってるな。
悟浄は手強い叔母に感心しながら牌を捲った。
七索。
場の捨て牌を見る。七索はある。危険牌ではなさそうだ。
思い切りよく捨てる。
「時任くん、引っ越して来たばっかりの頃は全然喋らなかったじゃない?」
「ああ……失語症だっけ?地震の時のアレだろ?PTSD?」
五萬。捨てる。
「悟空くんと遊ぶようになってからまた喋るようになりましたからねぇ。思いきってここに引っ越して来て良かったです。俺だけじゃ駄目だったから」
「ああ見えて色々抱えてるんだなぁ~~アイツも」
何年も前、かくれんぼの最中にパニックになって泣いていた姿を思い出す。
失語症に閉所恐怖症。PTSD。
普段の、悟空とはしゃぐ元気いっぱいで生意気な姿に上手く結び付かない単語だった。
また七索。捨てる。
中々待ち牌は来なかった。先ほどリーチを宣言した花喃も沈黙している。
……こりゃあ、流れるか?
八戒も牌を捨てる。
牌を捲って花喃は微笑んだ。
「ツモ。立直、門前清自摸和。……裏ドラ」
時任が見知らぬ男性と連れ立って歩く花喃と会ったのは、肉屋にお遣いに行った帰り道だった。
お遣いの内容はコロッケが四つ。
夕飯にコロッケが食べたいと時任が急に我が儘を言い始めたためだ。
時任に甘い久保田はカレーからコロッケへの献立変更を二つ返事で了承した。しかし生憎準備はしていなかったので、未だ店に立つ久保田の代わりにひとっ走り買いに行ったのだ。
おまけにもらったメンチカツでご機嫌な時任は、正面から歩いてくる花喃に気付くと会釈をした。
「あら時任君、おつかい?」
花喃は立ち止まって、時任に声を掛ける。
頷きながら、花喃の隣に立つ男をちらちら伺う。
顔立ちの綺麗な、眼鏡を掛けた男だ。
背は高いが中肉で、良く言えば優しそう、悪く言えばなよっちい。
どちらかといえばやや柄の悪い玄奘家とは全く違うタイプだ。
「お隣の時任君よ」
「こんにちは……」
紹介されて挨拶するも、花喃は何故わざわざこの男に自分を紹介するのだろうと時任は不思議に思う。
まさか、恋人でもあるまいし。まさか。
「カナ姉の彼氏?」
そう聞いた声音には本気よりも冗談の色が濃かった。
「ええ、今度結婚するの」
さらりと返され、時任に電撃が走る。
目も口もまん丸に開いて直立不動に固まった。
「さっきの悟空と同じ顔をしてるわ」
花喃と婚約者だという男は可笑しそうに笑った。
聞けば、つい先ほど家族に挨拶をしてきたばかりだという。
悟空をはじめ家族全員引っくり返っただろうなと時任は思った。
恋人の存在も知らなかったのに結婚など晴天の霹靂も良いところだ。
「八戒といいます。よろしくお願いします、時任君」
花喃の婚約者は名乗って、丁寧にお辞儀をした。
八戒の口元にはずっと柔らかな微笑が浮かんでいる。
良く似た二人だと思った。好きな人には似てくるというが、表情や物腰柔らかな態度、特に雰囲気が驚くほど良く似ている。
前世は双子だったのかと思うほどだ。
それだけで深く想い合った二人であることが分かってしまう。
これは反対できなかっただろうな、と時任は再び玄奘家の面々を思い浮かべた。
「では、僕はこれで」
「ええ、今日はありがとう」
二人は一瞬だけ指を絡めると、八戒は一人、駅の方へと歩いて行く。
その背中を見送る花喃の横顔を見ていると、急に大きな感情が心臓の奥から洪水のように溢れて氾濫しそうになる。
「……ちゃうの……」
「え?」
「カナ姉、結婚したらあの家、出てっちゃうの……?」
花喃は、久保田を除けば最も世話になっている人物である。
隣に越してきた当初から、玄奘家へ遊びに来ている時は勿論、そうでない時もずっと気にかけ、何くれとなく面倒をみてくれた。
隣に行けばいつでも優しい笑顔で迎えてくれた。
毎日のように顔を合わせていたのに、そんな存在が遠くに行ってしまうかもしれない。
自分でも手に負えない凶暴な寂しさに顔を歪ませる。
花喃は膝に手を置いて身を屈め、近い距離で時任の顔を覗き込んだ。
「出ていかないわ。旦那様と私があの銭湯を継ぐのよ」
優しい笑みを湛えたまま、まだ幼い頃の時任に言い聞かせる時のような口調で断言する。
「ほんと……?」
ほっと緩めた表情は時任が自覚するよりもずっと安堵に満ちていた。
「これからもよろしくね、時任君」
「おう!」
満面の笑みを浮かべ、力強く頷く。
「結婚式にも招待するから久保田さんと来てね」
「結婚式、初めてだ」
それから初めて気づいたように、
「カナ姉、おめでと!」
祝いの言葉を伝えた。
「ありがと」
時任の素直な気性を花喃は改めて可愛く思う。
「いつか、私も時任君の結婚式に招待してね」
それは何気ない一言だった。
しかし、時任が次に発した言葉は花喃の予想を大きく逸脱していた。
「俺、久保ちゃんと結婚するんだけど……結婚式していいのかな」
時任は至極真面目な顔をしている。
花喃は一瞬、回答の『正解』を探して言葉に詰まった。
だが、すぐに思い留まる。
『正解』は時任が定義すべきものだ。
男同士では、ましてや養い親と結婚できないなどと、他人や社会が定義すべきではなかった。
「結婚式は結婚したい人とするものだから、駄目だなんてことはないわ。時任君は久保田さんと結婚したいの?」
時任は迷いなく頷いた。
「うん。俺が責任取らないと、だから」
何の責任かしら。
何となく聞けない花喃だった。
「ウェディングドレスはどっちが着るのかしら」
「俺も久保ちゃんも似合わないと思う……」
「じゃあタキシードね」
「結婚式って何すんの?」
「神様と集まってくれた皆にこの人と幸せになりますって誓うのよ。後は友達が余興でお祝いしてくれたりするわ」
「じゃあ俺、悟空に頼んどく!」
「とびきり派手にお祝いしてもらいましょ」
花喃は想像する。
緊張しながら友人代表でスピーチをする悟空を。
それを冷やかす悟浄を。
捲簾はカメラマンだろう。
信人は来るかわからないが祝儀は弾みそうだ。
乾杯の挨拶は父がして、お祝いと称して酷いムービーを流すに違いない。
脚本と演出はきっと天蓬だ。
自分の結婚式でも、家族はきっと同じように主役そっちのけでどんちゃん騒ぎをするに違いない。
「楽しみね、時任君の結婚式」
心からそう言って、私は泣いてしまうかも、等と思う。
「それにしても、声ガラガラねぇ。声変わり?」
「……うん」
指摘され、時任は渋い顔をした。
聞き苦しい声が一番、気に障っているのは当の本人なのだ。
その顔が可愛がっている甥っ子にあんまりにも似ているものだから、花喃は嬉しそうに笑った。
「悟空と一緒だわ。本当に仲良しね、あなた達」
お遣いの内容はコロッケが四つ。
夕飯にコロッケが食べたいと時任が急に我が儘を言い始めたためだ。
時任に甘い久保田はカレーからコロッケへの献立変更を二つ返事で了承した。しかし生憎準備はしていなかったので、未だ店に立つ久保田の代わりにひとっ走り買いに行ったのだ。
おまけにもらったメンチカツでご機嫌な時任は、正面から歩いてくる花喃に気付くと会釈をした。
「あら時任君、おつかい?」
花喃は立ち止まって、時任に声を掛ける。
頷きながら、花喃の隣に立つ男をちらちら伺う。
顔立ちの綺麗な、眼鏡を掛けた男だ。
背は高いが中肉で、良く言えば優しそう、悪く言えばなよっちい。
どちらかといえばやや柄の悪い玄奘家とは全く違うタイプだ。
「お隣の時任君よ」
「こんにちは……」
紹介されて挨拶するも、花喃は何故わざわざこの男に自分を紹介するのだろうと時任は不思議に思う。
まさか、恋人でもあるまいし。まさか。
「カナ姉の彼氏?」
そう聞いた声音には本気よりも冗談の色が濃かった。
「ええ、今度結婚するの」
さらりと返され、時任に電撃が走る。
目も口もまん丸に開いて直立不動に固まった。
「さっきの悟空と同じ顔をしてるわ」
花喃と婚約者だという男は可笑しそうに笑った。
聞けば、つい先ほど家族に挨拶をしてきたばかりだという。
悟空をはじめ家族全員引っくり返っただろうなと時任は思った。
恋人の存在も知らなかったのに結婚など晴天の霹靂も良いところだ。
「八戒といいます。よろしくお願いします、時任君」
花喃の婚約者は名乗って、丁寧にお辞儀をした。
八戒の口元にはずっと柔らかな微笑が浮かんでいる。
良く似た二人だと思った。好きな人には似てくるというが、表情や物腰柔らかな態度、特に雰囲気が驚くほど良く似ている。
前世は双子だったのかと思うほどだ。
それだけで深く想い合った二人であることが分かってしまう。
これは反対できなかっただろうな、と時任は再び玄奘家の面々を思い浮かべた。
「では、僕はこれで」
「ええ、今日はありがとう」
二人は一瞬だけ指を絡めると、八戒は一人、駅の方へと歩いて行く。
その背中を見送る花喃の横顔を見ていると、急に大きな感情が心臓の奥から洪水のように溢れて氾濫しそうになる。
「……ちゃうの……」
「え?」
「カナ姉、結婚したらあの家、出てっちゃうの……?」
花喃は、久保田を除けば最も世話になっている人物である。
隣に越してきた当初から、玄奘家へ遊びに来ている時は勿論、そうでない時もずっと気にかけ、何くれとなく面倒をみてくれた。
隣に行けばいつでも優しい笑顔で迎えてくれた。
毎日のように顔を合わせていたのに、そんな存在が遠くに行ってしまうかもしれない。
自分でも手に負えない凶暴な寂しさに顔を歪ませる。
花喃は膝に手を置いて身を屈め、近い距離で時任の顔を覗き込んだ。
「出ていかないわ。旦那様と私があの銭湯を継ぐのよ」
優しい笑みを湛えたまま、まだ幼い頃の時任に言い聞かせる時のような口調で断言する。
「ほんと……?」
ほっと緩めた表情は時任が自覚するよりもずっと安堵に満ちていた。
「これからもよろしくね、時任君」
「おう!」
満面の笑みを浮かべ、力強く頷く。
「結婚式にも招待するから久保田さんと来てね」
「結婚式、初めてだ」
それから初めて気づいたように、
「カナ姉、おめでと!」
祝いの言葉を伝えた。
「ありがと」
時任の素直な気性を花喃は改めて可愛く思う。
「いつか、私も時任君の結婚式に招待してね」
それは何気ない一言だった。
しかし、時任が次に発した言葉は花喃の予想を大きく逸脱していた。
「俺、久保ちゃんと結婚するんだけど……結婚式していいのかな」
時任は至極真面目な顔をしている。
花喃は一瞬、回答の『正解』を探して言葉に詰まった。
だが、すぐに思い留まる。
『正解』は時任が定義すべきものだ。
男同士では、ましてや養い親と結婚できないなどと、他人や社会が定義すべきではなかった。
「結婚式は結婚したい人とするものだから、駄目だなんてことはないわ。時任君は久保田さんと結婚したいの?」
時任は迷いなく頷いた。
「うん。俺が責任取らないと、だから」
何の責任かしら。
何となく聞けない花喃だった。
「ウェディングドレスはどっちが着るのかしら」
「俺も久保ちゃんも似合わないと思う……」
「じゃあタキシードね」
「結婚式って何すんの?」
「神様と集まってくれた皆にこの人と幸せになりますって誓うのよ。後は友達が余興でお祝いしてくれたりするわ」
「じゃあ俺、悟空に頼んどく!」
「とびきり派手にお祝いしてもらいましょ」
花喃は想像する。
緊張しながら友人代表でスピーチをする悟空を。
それを冷やかす悟浄を。
捲簾はカメラマンだろう。
信人は来るかわからないが祝儀は弾みそうだ。
乾杯の挨拶は父がして、お祝いと称して酷いムービーを流すに違いない。
脚本と演出はきっと天蓬だ。
自分の結婚式でも、家族はきっと同じように主役そっちのけでどんちゃん騒ぎをするに違いない。
「楽しみね、時任君の結婚式」
心からそう言って、私は泣いてしまうかも、等と思う。
「それにしても、声ガラガラねぇ。声変わり?」
「……うん」
指摘され、時任は渋い顔をした。
聞き苦しい声が一番、気に障っているのは当の本人なのだ。
その顔が可愛がっている甥っ子にあんまりにも似ているものだから、花喃は嬉しそうに笑った。
「悟空と一緒だわ。本当に仲良しね、あなた達」
酒屋の一人息子である斉藤は、この頃良く父親の配達を手伝っていた。
といってもビールケースなど重くて持てないので、殆ど付いて回っているだけだ。
父親としては息子に店を継がせることを見越して、配達先と息子を顔馴染みにさせることが目的なのだろう。
お手伝い代などは勿論ないが、商店街の色んな店、色んな家庭が垣間見れて斉藤はこの手伝いが好きだった。
今日の配達先はお得意様の玄奘家だ。
銭湯を営んでいる為、牛乳(フルーツ牛乳、コーヒー牛乳含む)の配達が多い。
昔は家主の嗜むビールの配達も多かったらしい。今はビールより茶のようだが。
父親が牛乳瓶のケースを銭湯に運ぶ間、斉藤は調理酒を一本、家の方に届ける。
家の裏に回ると勝手口のドアをノックした。
「ごめんくださーい」
少し待つが、反応はない。
普段は花喃という女性が直ぐにドアを開けてくれるのだが、留守だろうか。
玄奘家は家族が多いので全員出払っているとは考え辛い。
ドアノブを回すと、鍵は掛かっていなかった。
ドアを開くとそぉっと顔を覗かせる。
「……すみませーん」
ダイニングには誰もいなかったが、奥の部屋には人の気配がする。
身を乗り出して眺めると、和室で斉藤と同じ年頃の子供二人が、顔を寄せ合ってゲームに熱中していた。
一人が携帯ゲーム機を操作して、一人がその手元を覗き込んでいる。
操作している方は、確か玄奘家の次男で名を悟空といった筈だ。
もう一人は隣の久保田クリーニング店の子だろう。
玄奘家で遊ぶ二人を配達の度に何度も目撃している。当初は二人を兄弟だと誤解していた程だ。
斉藤は年の近い二人のことが気になっていたが、話したことはない。
ニコイチの空気に割って入り辛かった為だが、今日はいつもと様子が違っていた。
何やら空気が険悪である。
「あ~~~~!また落ちた!」
「何回目だよ!だから指はなすの早すぎんだって!」
「だってさっき行き過ぎて落ちたじゃん!」
「あーもー貸せよ!」
「やだ!前のステージ時任やっただろ!」
「そこやったらすぐに返すから!」
「さっきもそう言って結局できなかったじゃん!」
「コツ分かったんだって!いーからおれ様に任せろよ!」
しぶしぶ悟空がゲーム機を渡す。
時任は自信満々にプレイをしたが、結果は芳しくなかったようだ。
「やっぱりダメじゃん!時任のへたくそ!」
「んだと~~~~悟空のがへたくそだろ!」
「ばか!」
「ばかって言ったヤツの方がバカ!」
「そういうヤツの方がバカ!」
「はぁ~~?バカバカバカバカ!」
「バカバカバカバカバカバカ!」
悪口のボキャブラリーが少ないのか、バカの応酬となっている。ゲシュタルト崩壊しそうだ。
「……ちょっといいっスか?」
語彙の貧相な口論を見かねて、斉藤は小さく手を上げた。
二人は全くこちらを見ない。
「すみませーん!」
大声を出すと、黒と琥珀、二人の双眸が、情けない顔で手を上げ懸命に自己主張する姿を映した。
「……だれ?」
「酒屋の斉藤っス!配達に来ました。後、ちょっとソレ貸してください」
上げた手をそのまま差し出す。
二人は顔を見合わせた後、斎藤に近寄り素直にゲーム機を渡した。
画面を見、それが既知のゲームであることを確認する。
そして、ものの数秒でクリアした。
「「すっげ~~~~~~~~!」」
感嘆と賞賛がユニゾンとなる。
先ほどまで喧嘩していたとは思えない息の合い方だ。
二人のキラキラした眼差しに照れながらゲーム機を返す。
「飛ぶコマンドで飛きょりをかせぐときは途中でこうげきコマンド入れないとダメっすよ。船のステージでも飛ぶコマンド必要になるんでがんばって下さい」
早速、時任が斎藤の助言を試している。
「ホントだ!できた!」
「マジで!おれにもやらして!」
「ほら」
「おお~~~~~~~~」
すっかり元の仲良しだ。
その時、
「ガキ共、時間だぞ。そろそろ手伝え」
一家の家長が姿を現した。
悟空の祖父だが金髪のせいか異様に若く見える。
三蔵は斎藤に目を止め、たれ目を眇める。その鋭い眼光に斉藤は子犬の様に縮こまった。
「酒屋のか。配達ご苦労」
短く労られ、ほぅと息を吐きだす。
強面という訳ではなく、どちらかといえば若い頃はさぞかしモテただろう美丈夫の面影が残る顔立ちなのだが、不愛想なせいか斎藤は三蔵のことが少し怖かった。
「手伝いしたらおやつ食えるんだ」
悟空は斎藤に小さく耳打ちすると、祖父に無邪気に問う。
「じーちゃん、今日のおやつ何?」
「……焼き芋だ」
「やったー!」
「食いたきゃ早く来い」
「行こーぜ、時任」
「おー!またな、斎藤」
「またなー!」
三蔵の後を追いかける二人に手を振ると、勝手口のドアを閉める。
いいなぁ、と斉藤は思った。
お手伝いの報酬の焼き芋が、ではない。
一緒にお手伝いできる友達がいることが酷く羨ましかった。
といってもビールケースなど重くて持てないので、殆ど付いて回っているだけだ。
父親としては息子に店を継がせることを見越して、配達先と息子を顔馴染みにさせることが目的なのだろう。
お手伝い代などは勿論ないが、商店街の色んな店、色んな家庭が垣間見れて斉藤はこの手伝いが好きだった。
今日の配達先はお得意様の玄奘家だ。
銭湯を営んでいる為、牛乳(フルーツ牛乳、コーヒー牛乳含む)の配達が多い。
昔は家主の嗜むビールの配達も多かったらしい。今はビールより茶のようだが。
父親が牛乳瓶のケースを銭湯に運ぶ間、斉藤は調理酒を一本、家の方に届ける。
家の裏に回ると勝手口のドアをノックした。
「ごめんくださーい」
少し待つが、反応はない。
普段は花喃という女性が直ぐにドアを開けてくれるのだが、留守だろうか。
玄奘家は家族が多いので全員出払っているとは考え辛い。
ドアノブを回すと、鍵は掛かっていなかった。
ドアを開くとそぉっと顔を覗かせる。
「……すみませーん」
ダイニングには誰もいなかったが、奥の部屋には人の気配がする。
身を乗り出して眺めると、和室で斉藤と同じ年頃の子供二人が、顔を寄せ合ってゲームに熱中していた。
一人が携帯ゲーム機を操作して、一人がその手元を覗き込んでいる。
操作している方は、確か玄奘家の次男で名を悟空といった筈だ。
もう一人は隣の久保田クリーニング店の子だろう。
玄奘家で遊ぶ二人を配達の度に何度も目撃している。当初は二人を兄弟だと誤解していた程だ。
斉藤は年の近い二人のことが気になっていたが、話したことはない。
ニコイチの空気に割って入り辛かった為だが、今日はいつもと様子が違っていた。
何やら空気が険悪である。
「あ~~~~!また落ちた!」
「何回目だよ!だから指はなすの早すぎんだって!」
「だってさっき行き過ぎて落ちたじゃん!」
「あーもー貸せよ!」
「やだ!前のステージ時任やっただろ!」
「そこやったらすぐに返すから!」
「さっきもそう言って結局できなかったじゃん!」
「コツ分かったんだって!いーからおれ様に任せろよ!」
しぶしぶ悟空がゲーム機を渡す。
時任は自信満々にプレイをしたが、結果は芳しくなかったようだ。
「やっぱりダメじゃん!時任のへたくそ!」
「んだと~~~~悟空のがへたくそだろ!」
「ばか!」
「ばかって言ったヤツの方がバカ!」
「そういうヤツの方がバカ!」
「はぁ~~?バカバカバカバカ!」
「バカバカバカバカバカバカ!」
悪口のボキャブラリーが少ないのか、バカの応酬となっている。ゲシュタルト崩壊しそうだ。
「……ちょっといいっスか?」
語彙の貧相な口論を見かねて、斉藤は小さく手を上げた。
二人は全くこちらを見ない。
「すみませーん!」
大声を出すと、黒と琥珀、二人の双眸が、情けない顔で手を上げ懸命に自己主張する姿を映した。
「……だれ?」
「酒屋の斉藤っス!配達に来ました。後、ちょっとソレ貸してください」
上げた手をそのまま差し出す。
二人は顔を見合わせた後、斎藤に近寄り素直にゲーム機を渡した。
画面を見、それが既知のゲームであることを確認する。
そして、ものの数秒でクリアした。
「「すっげ~~~~~~~~!」」
感嘆と賞賛がユニゾンとなる。
先ほどまで喧嘩していたとは思えない息の合い方だ。
二人のキラキラした眼差しに照れながらゲーム機を返す。
「飛ぶコマンドで飛きょりをかせぐときは途中でこうげきコマンド入れないとダメっすよ。船のステージでも飛ぶコマンド必要になるんでがんばって下さい」
早速、時任が斎藤の助言を試している。
「ホントだ!できた!」
「マジで!おれにもやらして!」
「ほら」
「おお~~~~~~~~」
すっかり元の仲良しだ。
その時、
「ガキ共、時間だぞ。そろそろ手伝え」
一家の家長が姿を現した。
悟空の祖父だが金髪のせいか異様に若く見える。
三蔵は斎藤に目を止め、たれ目を眇める。その鋭い眼光に斉藤は子犬の様に縮こまった。
「酒屋のか。配達ご苦労」
短く労られ、ほぅと息を吐きだす。
強面という訳ではなく、どちらかといえば若い頃はさぞかしモテただろう美丈夫の面影が残る顔立ちなのだが、不愛想なせいか斎藤は三蔵のことが少し怖かった。
「手伝いしたらおやつ食えるんだ」
悟空は斎藤に小さく耳打ちすると、祖父に無邪気に問う。
「じーちゃん、今日のおやつ何?」
「……焼き芋だ」
「やったー!」
「食いたきゃ早く来い」
「行こーぜ、時任」
「おー!またな、斎藤」
「またなー!」
三蔵の後を追いかける二人に手を振ると、勝手口のドアを閉める。
いいなぁ、と斉藤は思った。
お手伝いの報酬の焼き芋が、ではない。
一緒にお手伝いできる友達がいることが酷く羨ましかった。
後日、母親の遣いで久保田クリーニングに行くと、店内の椅子に座って時任がゲームをしていた。
のっぽの店主に洗濯物の詰まった袋を渡し、時任に話し掛ける。
「何してるんスか?」
時任はちらりと斉藤を見て、直ぐに画面に視線を戻す。
「バイト」
「……ゲームが?」
「店に居ることが」
ゲームに集中しているのか、上の空だ。
「おれがいたらくぼちゃんやる気が出るんだってさ」
店主がにこりと微笑んだ。否定はしないようだ。
斉藤は嫌な予感を覚える。
「バイト代、いくらっスか?」
画面から目を離さず時任は答えた。
「5000円」
額を聞いた斉藤は何だか気が遠くなるのを感じた。
のっぽの店主に洗濯物の詰まった袋を渡し、時任に話し掛ける。
「何してるんスか?」
時任はちらりと斉藤を見て、直ぐに画面に視線を戻す。
「バイト」
「……ゲームが?」
「店に居ることが」
ゲームに集中しているのか、上の空だ。
「おれがいたらくぼちゃんやる気が出るんだってさ」
店主がにこりと微笑んだ。否定はしないようだ。
斉藤は嫌な予感を覚える。
「バイト代、いくらっスか?」
画面から目を離さず時任は答えた。
「5000円」
額を聞いた斉藤は何だか気が遠くなるのを感じた。
甘すぎっス……。