時任可愛い
その日は滅多に家に帰らない捲簾の大切な家族サービスの日だった。
悟空のリクエストでテーマパークに来ている。
「すみませんねぇ、親子水入らずを邪魔しちゃって」
入場口でゲートに通したチケットを懐にしまいながら、久保田は捲簾に声を掛けた。
悟空と時任は目当てのアトラクションに向かって走り出している。
園内は花が咲き乱れ、同じく遊園地をエンジョイする人々で賑わっていた。
空はからりと晴れ、絶好の行楽日和だ。
「いーや、気にしないでくれ。うちの子も時任君と一緒がいいって言ってるし」
捲簾は青空に負けない人の好い笑顔を浮かべて、久保田の肩を叩いた。
悟空と一緒に俺も遊園地に行きたいという時任の我が儘に端を発した久保田家の同行だったが、悟空も諸手を上げて賛成していたので、捲簾に否やがあろう筈がない。
「家族で遊園地って年でもねぇんだけど……」
唯一悟浄がこの場に居ることに不服顔だった。
今日何度目かの文句を零す。
「まぁいいじゃねぇか。滅多に来れないんだしよ。肩車でもしてやろうか?」
「いらねぇよ、クソ親父!」
「これが反抗期か……」
捲簾が泣き真似をすると、悟浄は露骨に嫌そうな顔をした。
「時任にも反抗期が来るのかなぁ」
二人のやり取りを眺めていた久保田はのほほんとそう零した。
一見平気そうな顔をしているが、久保田が子猫に対するが如く過保護に甘やかす様を傍で目撃している悟浄は、時任に反抗期なんて来たら久保田さんの心臓止まりそうだな、等と内心思う。
「息子の成長の証だぜ。楽しみましょうや」
「息子ね……」
その一言に妙な含みを感じて、捲簾が片眉を上げた。
しかし言及する前に、時任が大声で久保田を呼んだ。
「くぼちゃーん! 早くー!」
「はいはい、転ばないようにね」
最初に選んだアトラクションは、青空を背に鉄の蛇が蜷局を巻き、鉄の輪を幾つも作っている中々凶悪なジェットコースターだった。
「くぼちゃんはおれのとなりな」
「悟空くんと一緒じゃなくていいの?」
「くぼちゃんがこわくないように手をつないでないとだろ?」
要約すると、怖いから手を繋いでろ、だ。
「時任は優しいな~」
小さな手をぎゅっと握る。
「ごじょー、落ちるとき、バンザイしようぜ!」
「いーぜ、途中でビビッて止めんなよチビ猿」
「さるってゆーな!」
騒ぎながら乗り込み、思う存分振り回され、昇り、落ち、腹の底から悲鳴を上げる。
ジェットコースターを降りた先では写真を売っていた。
最初に落下した際に写真を撮られていたらしい。
モニターに映った自分たちの静止画を見て時任は吹き出した。
「ぎゃはははは!くぼちゃん、前がみ全部めくれてんじゃん!」
「お前もね」
時任が大笑いするのも無理はなかった。
普段と変わらない表情のまま微動だにせずに、前髪だけ全開にした久保田のその様は妙なユーモラスさを感じさせた為だ。
「ごじょー、ちょっとビビッてねぇ? バンザイなんかちっちぇし」
「ビビッてねぇよ! タイミングが合わなかっただけだ!」
「ははっ! これも思い出だな。写真買ってくか」
悟浄が止める間もなく二家族分の写真を素早く購入する。
「俺らの分まですみませんねぇ。ありがとうございます。」
「散々写真撮ってたじゃねーか。わざわざ買うなっつーの」
「こういうのは別だろ?」
しかし悟浄がそう言うのも無理はなかった。
遊園地に来る道中、そしてアトラクションの待ち時間で既に何十枚も捲簾は子供たちを激写している。
プロのカメラマンの腕を愛する息子の為だけに惜しみなく奮っていた。
対する久保田も素人ながらスマホでカメラを静かに連写している。
保護者は保護者としての楽しみを存分に満喫していた。
遊園地のキャラクター像が三体並んだフォトスポットを見つけ、捲簾が指さす。
「おっ、そこに三人で並べよ」
「まだ撮るのか……」
呆れたように溜息を吐きながらも悟浄は素直に従う。
その隣に悟空と時任が並んだ。
ハマっている戦隊のポーズをとる悟空と時任を、
「いーねいーね!」
等と褒めちぎりながらシャッターを切りまくる捲簾。
半分我を忘れていた。
そんな捲簾の肩を叩いたものがいた。
「お子さんと写真は如何ですか?」
振り返ると、着ぐるみのキャラクターとカメラを持ったスタッフが立っていた。
「おー、サンキューな」
深く考えず、三人に手招きする。
「カッコいいお父さんねぇ」
駆け寄ってきた時任にスタッフの女性が声を掛けた。
時任が捲簾の息子だと疑っていないようだった。
苦笑して、捲簾が訂正しようとする。
「いや、ち……」
「仲良し親子ですねぇ」
雷に打たれたように背中がびくりと強張った。
どっと汗が噴き出る。
戦場で銃口を向けられた時以来の冷や汗だった。
言葉の主は直ぐに分かったが、そちらに顔を向けることは何故か憚られた。
「いや、あんたらの方がな、めっちゃ親子だって、全然!」
しどろもどろに言い訳しながら横目で伺い見た久保田の顔は静かな笑顔を湛えていた。
……いや、怖ぇって。
二人のやり取りでスタッフは自らの誤りに気付いた。
親子には見えない久保田と時任を交互に見比べる。
「あら、ごめんなさい……」
「いえ」
短く応えを返した久保田は元の雰囲気に戻っていた。
時任が肘で悟空を突く。
「父ちゃんととってもらえよ」
「親父!」
「悟浄、悟空、一緒に撮ってもらうか」
着ぐるみの前にしゃがみ、捲簾が大きく手を広げる。
前に立った息子二人の肩に手を置く。
悟浄はそっぽを向き、悟空は満面の笑みを浮かべている。
完璧な親子の構図に見えた。
「おれたちもとってもらおーぜ」
「そうね」
入れ替わりに着ぐるみの前に立ち、時任は両手のピースを大きく掲げる。
久保田はその隣に立った。
「ハイチーズ」
フラッシュが光る。
スタッフからポロライドの写真を受け取った時任は満足げにそれ眺めると、久保田に手渡す。
「久保ちゃんもってて」
視線がつやつやとした紙の表面を滑る。
自嘲気に呟やかれたそれを捲簾は聞き逃さなかった。
「……似てないなぁ」
吐息に乗せた掠れた一言は、薫風に攫われすぐに掻き消える。
結局その後、ジェットコースターに五連続で攻めた辺りで捲簾が根を上げた。
「ちょっと休憩させてくれ、マジで……」
満身創痍でベンチにへたり込む。
時には戦場を駆け回る生活をしている捲簾は体力には自信があると自負していたが、育ち盛りの男子には完敗だった。
絶叫一択。
観覧車やメリーゴーランドなんて可愛らしいものには目もくれない。
最初は何のかんのと文句を言っていた悟浄も楽しんでいるようである。
まだまだ子供なのだ。
「子供は元気だ~」
「俺たちは年ですからねぇ」
「いや、あんたは若いだろ」
しかし、久保田の年齢を知っている訳ではなかった。
二十代だろうと思う。
だが、四十代と言われても違和感のない落ち着きがある。
隣近所になって何年も経ちこうやって家族ぐるみの付き合いをしているのに、依然として彼は謎の多い男だった。
「くぼちゃん、ポップコーン食いてぇ!」
「いいよ。買っておいで」
「おれもおれも!」
「買ってこい買ってこい。悟浄は?」
「俺はフランクフルト」
お小遣いを渡すと、彼らは大はしゃぎで買いに走った。
残された大人は揃って煙草を火を付ける。
暫く黙って煙を燻らせた後、捲簾は口を開いた。
「さっきは何か、悪かったな。もしかして地雷踏んじまった?」
捲簾は写真を見た時の久保田の表情が、零した言葉が気になっていた。
久保田は薄く笑う。
「うんにゃ、別に。俺は実際、時任の父親でも兄でもないですし」
ちょっと嫉妬しちゃいましたけどね。時任と家族に見られたことないんで。
冗談めかして言う久保田に違和感を覚える。
殆ど直観に近い。
だが言葉にするほど、久保田が時任の親に見られたいと思っているようには見えなかった。
「……なぁ、ホントはあんた、何になりたいんだ?」
まいったな、と捲簾は思う。
まさか平和な日本で地雷原を進むスリルを味わうことになるなど。
「そうだなぁ……恋人とか?」
何気ないように放たれた言葉に捲簾は噎せた。
息を整えながら真剣に、児相への通報案件かと思案する。
時任はまだ小学校四年生だ。
そういう扱いをしているなら虐待になる。
だが、仮にそうだとしたらこの場で馬鹿正直に匂わせるようなことを口にするだろうか?
それに、息子の悟空はほぼ毎日のように時任と一緒に過ごしていると言っている。
何かあれば敏い悟空が気付いているだろう。
今そうでないのなら、変に騒ぎ立てる必要はないと捲簾は判断した。
時任が成長した後、彼らがどのような関係を選ぶかは彼らの自由なのだから。
「……いいんじゃねーの。そりゃ、今どうこうなっちまったら犯罪だけど……あんた、あの子の父親でも兄でもないんだろ? 何にだってなれるさ」
捲簾の言葉は久保田にとって予期しないものだったようで、細い眼を少しだけ見開く。
咎められると思っていたのだろう。
あるいはそれを望んでいたのかもしれなかった。
「……そうかな、そうかもね」
顔を伏せ、長さの残る吸い殻を携帯灰皿に捻じ込む。
独り言ちるように、
「本当は何だっていいんですけどね、傍に居れるなら。でも、決めるのは時任だから」
どういう意味か捲簾が問おうとした時、キャラメルの甘い匂いと共に息子たちが駆け戻って来たため口を噤む。
子供たちの前でこの話題を続けることは憚られた。
大人たちの微妙な空気を他所に、時任はバケツのようなポップコーンバケットを抱えて得意そうにニコニコしている。
悟空は既にポップコーンで頬を一杯にしていた。猿ではなくて栗鼠だと隣の悟浄が視線で語っている。
「くぼちゃーん!ポップコーン食おーぜ!」
「はいはい」
「食い終わったらもう一回ジェットコースターな」
「仰せのままにー」
彼らのやり取りは保護者と庇護者のそれで、色を含んだ空気はない。
けれど、久保田が時任に向ける眼差しは、その対象が恋人だと言われても違和感がない程の甘さに満ちていた。
既視感がある。こういうのをなんというんだったか。
……ああ。
捲簾は青空を仰ぐと、ため息のような白い煙をぷかぁと吐き出した。
悟空のリクエストでテーマパークに来ている。
「すみませんねぇ、親子水入らずを邪魔しちゃって」
入場口でゲートに通したチケットを懐にしまいながら、久保田は捲簾に声を掛けた。
悟空と時任は目当てのアトラクションに向かって走り出している。
園内は花が咲き乱れ、同じく遊園地をエンジョイする人々で賑わっていた。
空はからりと晴れ、絶好の行楽日和だ。
「いーや、気にしないでくれ。うちの子も時任君と一緒がいいって言ってるし」
捲簾は青空に負けない人の好い笑顔を浮かべて、久保田の肩を叩いた。
悟空と一緒に俺も遊園地に行きたいという時任の我が儘に端を発した久保田家の同行だったが、悟空も諸手を上げて賛成していたので、捲簾に否やがあろう筈がない。
「家族で遊園地って年でもねぇんだけど……」
唯一悟浄がこの場に居ることに不服顔だった。
今日何度目かの文句を零す。
「まぁいいじゃねぇか。滅多に来れないんだしよ。肩車でもしてやろうか?」
「いらねぇよ、クソ親父!」
「これが反抗期か……」
捲簾が泣き真似をすると、悟浄は露骨に嫌そうな顔をした。
「時任にも反抗期が来るのかなぁ」
二人のやり取りを眺めていた久保田はのほほんとそう零した。
一見平気そうな顔をしているが、久保田が子猫に対するが如く過保護に甘やかす様を傍で目撃している悟浄は、時任に反抗期なんて来たら久保田さんの心臓止まりそうだな、等と内心思う。
「息子の成長の証だぜ。楽しみましょうや」
「息子ね……」
その一言に妙な含みを感じて、捲簾が片眉を上げた。
しかし言及する前に、時任が大声で久保田を呼んだ。
「くぼちゃーん! 早くー!」
「はいはい、転ばないようにね」
最初に選んだアトラクションは、青空を背に鉄の蛇が蜷局を巻き、鉄の輪を幾つも作っている中々凶悪なジェットコースターだった。
「くぼちゃんはおれのとなりな」
「悟空くんと一緒じゃなくていいの?」
「くぼちゃんがこわくないように手をつないでないとだろ?」
要約すると、怖いから手を繋いでろ、だ。
「時任は優しいな~」
小さな手をぎゅっと握る。
「ごじょー、落ちるとき、バンザイしようぜ!」
「いーぜ、途中でビビッて止めんなよチビ猿」
「さるってゆーな!」
騒ぎながら乗り込み、思う存分振り回され、昇り、落ち、腹の底から悲鳴を上げる。
ジェットコースターを降りた先では写真を売っていた。
最初に落下した際に写真を撮られていたらしい。
モニターに映った自分たちの静止画を見て時任は吹き出した。
「ぎゃはははは!くぼちゃん、前がみ全部めくれてんじゃん!」
「お前もね」
時任が大笑いするのも無理はなかった。
普段と変わらない表情のまま微動だにせずに、前髪だけ全開にした久保田のその様は妙なユーモラスさを感じさせた為だ。
「ごじょー、ちょっとビビッてねぇ? バンザイなんかちっちぇし」
「ビビッてねぇよ! タイミングが合わなかっただけだ!」
「ははっ! これも思い出だな。写真買ってくか」
悟浄が止める間もなく二家族分の写真を素早く購入する。
「俺らの分まですみませんねぇ。ありがとうございます。」
「散々写真撮ってたじゃねーか。わざわざ買うなっつーの」
「こういうのは別だろ?」
しかし悟浄がそう言うのも無理はなかった。
遊園地に来る道中、そしてアトラクションの待ち時間で既に何十枚も捲簾は子供たちを激写している。
プロのカメラマンの腕を愛する息子の為だけに惜しみなく奮っていた。
対する久保田も素人ながらスマホでカメラを静かに連写している。
保護者は保護者としての楽しみを存分に満喫していた。
遊園地のキャラクター像が三体並んだフォトスポットを見つけ、捲簾が指さす。
「おっ、そこに三人で並べよ」
「まだ撮るのか……」
呆れたように溜息を吐きながらも悟浄は素直に従う。
その隣に悟空と時任が並んだ。
ハマっている戦隊のポーズをとる悟空と時任を、
「いーねいーね!」
等と褒めちぎりながらシャッターを切りまくる捲簾。
半分我を忘れていた。
そんな捲簾の肩を叩いたものがいた。
「お子さんと写真は如何ですか?」
振り返ると、着ぐるみのキャラクターとカメラを持ったスタッフが立っていた。
「おー、サンキューな」
深く考えず、三人に手招きする。
「カッコいいお父さんねぇ」
駆け寄ってきた時任にスタッフの女性が声を掛けた。
時任が捲簾の息子だと疑っていないようだった。
苦笑して、捲簾が訂正しようとする。
「いや、ち……」
「仲良し親子ですねぇ」
雷に打たれたように背中がびくりと強張った。
どっと汗が噴き出る。
戦場で銃口を向けられた時以来の冷や汗だった。
言葉の主は直ぐに分かったが、そちらに顔を向けることは何故か憚られた。
「いや、あんたらの方がな、めっちゃ親子だって、全然!」
しどろもどろに言い訳しながら横目で伺い見た久保田の顔は静かな笑顔を湛えていた。
……いや、怖ぇって。
二人のやり取りでスタッフは自らの誤りに気付いた。
親子には見えない久保田と時任を交互に見比べる。
「あら、ごめんなさい……」
「いえ」
短く応えを返した久保田は元の雰囲気に戻っていた。
時任が肘で悟空を突く。
「父ちゃんととってもらえよ」
「親父!」
「悟浄、悟空、一緒に撮ってもらうか」
着ぐるみの前にしゃがみ、捲簾が大きく手を広げる。
前に立った息子二人の肩に手を置く。
悟浄はそっぽを向き、悟空は満面の笑みを浮かべている。
完璧な親子の構図に見えた。
「おれたちもとってもらおーぜ」
「そうね」
入れ替わりに着ぐるみの前に立ち、時任は両手のピースを大きく掲げる。
久保田はその隣に立った。
「ハイチーズ」
フラッシュが光る。
スタッフからポロライドの写真を受け取った時任は満足げにそれ眺めると、久保田に手渡す。
「久保ちゃんもってて」
視線がつやつやとした紙の表面を滑る。
自嘲気に呟やかれたそれを捲簾は聞き逃さなかった。
「……似てないなぁ」
吐息に乗せた掠れた一言は、薫風に攫われすぐに掻き消える。
結局その後、ジェットコースターに五連続で攻めた辺りで捲簾が根を上げた。
「ちょっと休憩させてくれ、マジで……」
満身創痍でベンチにへたり込む。
時には戦場を駆け回る生活をしている捲簾は体力には自信があると自負していたが、育ち盛りの男子には完敗だった。
絶叫一択。
観覧車やメリーゴーランドなんて可愛らしいものには目もくれない。
最初は何のかんのと文句を言っていた悟浄も楽しんでいるようである。
まだまだ子供なのだ。
「子供は元気だ~」
「俺たちは年ですからねぇ」
「いや、あんたは若いだろ」
しかし、久保田の年齢を知っている訳ではなかった。
二十代だろうと思う。
だが、四十代と言われても違和感のない落ち着きがある。
隣近所になって何年も経ちこうやって家族ぐるみの付き合いをしているのに、依然として彼は謎の多い男だった。
「くぼちゃん、ポップコーン食いてぇ!」
「いいよ。買っておいで」
「おれもおれも!」
「買ってこい買ってこい。悟浄は?」
「俺はフランクフルト」
お小遣いを渡すと、彼らは大はしゃぎで買いに走った。
残された大人は揃って煙草を火を付ける。
暫く黙って煙を燻らせた後、捲簾は口を開いた。
「さっきは何か、悪かったな。もしかして地雷踏んじまった?」
捲簾は写真を見た時の久保田の表情が、零した言葉が気になっていた。
久保田は薄く笑う。
「うんにゃ、別に。俺は実際、時任の父親でも兄でもないですし」
ちょっと嫉妬しちゃいましたけどね。時任と家族に見られたことないんで。
冗談めかして言う久保田に違和感を覚える。
殆ど直観に近い。
だが言葉にするほど、久保田が時任の親に見られたいと思っているようには見えなかった。
「……なぁ、ホントはあんた、何になりたいんだ?」
まいったな、と捲簾は思う。
まさか平和な日本で地雷原を進むスリルを味わうことになるなど。
「そうだなぁ……恋人とか?」
何気ないように放たれた言葉に捲簾は噎せた。
息を整えながら真剣に、児相への通報案件かと思案する。
時任はまだ小学校四年生だ。
そういう扱いをしているなら虐待になる。
だが、仮にそうだとしたらこの場で馬鹿正直に匂わせるようなことを口にするだろうか?
それに、息子の悟空はほぼ毎日のように時任と一緒に過ごしていると言っている。
何かあれば敏い悟空が気付いているだろう。
今そうでないのなら、変に騒ぎ立てる必要はないと捲簾は判断した。
時任が成長した後、彼らがどのような関係を選ぶかは彼らの自由なのだから。
「……いいんじゃねーの。そりゃ、今どうこうなっちまったら犯罪だけど……あんた、あの子の父親でも兄でもないんだろ? 何にだってなれるさ」
捲簾の言葉は久保田にとって予期しないものだったようで、細い眼を少しだけ見開く。
咎められると思っていたのだろう。
あるいはそれを望んでいたのかもしれなかった。
「……そうかな、そうかもね」
顔を伏せ、長さの残る吸い殻を携帯灰皿に捻じ込む。
独り言ちるように、
「本当は何だっていいんですけどね、傍に居れるなら。でも、決めるのは時任だから」
どういう意味か捲簾が問おうとした時、キャラメルの甘い匂いと共に息子たちが駆け戻って来たため口を噤む。
子供たちの前でこの話題を続けることは憚られた。
大人たちの微妙な空気を他所に、時任はバケツのようなポップコーンバケットを抱えて得意そうにニコニコしている。
悟空は既にポップコーンで頬を一杯にしていた。猿ではなくて栗鼠だと隣の悟浄が視線で語っている。
「くぼちゃーん!ポップコーン食おーぜ!」
「はいはい」
「食い終わったらもう一回ジェットコースターな」
「仰せのままにー」
彼らのやり取りは保護者と庇護者のそれで、色を含んだ空気はない。
けれど、久保田が時任に向ける眼差しは、その対象が恋人だと言われても違和感がない程の甘さに満ちていた。
既視感がある。こういうのをなんというんだったか。
……ああ。
捲簾は青空を仰ぐと、ため息のような白い煙をぷかぁと吐き出した。
「光源氏計画か……」
「何言ってんだ親父」
「何言ってんだ親父」
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